第13話 魔装強盗事件

 第七演習場から寮に戻っていくポラリスはセリアとアイリスの姉妹関係について考えていた。


 仲は良く見えなかったが特に険悪そうでもなかった。二人共、何か言いたい事を言えないまま我慢しているような気まずい空気だけが漂っていた。


「まあ、家族間のわだかまりに踏み込むのはなー」


 ポラリスは孤児院で赤子の頃から育てられたため、家族の顔を知らない。

家族の仲を実体験した事のないポラリスが身勝手に入り込むべきではないだろう。

 そんな事を考えながら寮へ戻っていくと一人の男子学生がポラリスの方へ歩いてきた。


 金髪に翡翠色の瞳の好青年然とした男子学生がポラリスの方に近づくとポラリスの目の前で足を止めた。


「本科一回生のポラリスだね?」


 目の前の男子学生がポラリスの名前を呼んで確認した。


「そうですが、あなたは?」

「僕は本科二回生のフィルライン・ゲルフだ。学生総代補佐兼秘書を務めている」


 自己紹介をする目の前の男子学生——フィルラインはポラリスに会釈をした。

 フィルラインの左腕には『学生会』の腕章をつけていた。


「その補佐殿がオレに何の用ですか?」

「学生総代が君を呼んでるのさ」


 ポラリスは警戒心を抱きながらフィルラインを見ると、フィルラインは用件を簡潔に伝えた。

 フィルラインから用件を聞いた瞬間、ポラリスは驚愕の表情を浮かべた。


「君の相棒バディーも学生総代室に呼ばれている。君達に大事な話があって呼びに来た」


 ポラリスは関わりがないと思っていた学生総代から声をかけられた事に驚くが、それ以上に何が目的で自分とノックスが呼ばれるのか見当がつかなった。


「それでは付いて来てくれるかな? ポラリス?」

「……分かりました」


 ポラリスは返事を返すと黙ってフィルラインの後に付いていき学院の校舎へ入っていく。

 フィルラインの後を追って学院の中をしばらく歩いていくと学生総代室の前に着いた。


「失礼します。フィルライン・ゲルフです」

「中へ入ってくれ」


 フィルラインが学生総代室の扉をノックして名前を名乗ると、部屋から中へ入るよう指示する声が聞こえる。

 フィルラインは扉を開けると手の仕草で先にポラリスが入るように指示する。


 ポラリスは学生総代室に入ると、部屋の中央に大きなローテーブルとソファが置かれていて、その奥に重厚な机と椅子が置かれている。

 ローテーブルの傍にある一方のソファには一人の男子学生と一人の女子学生、その女子学生の脇で立っている女子学生が一人いる。

その向かいのソファには見慣れた人物が座っていた。


「やっと二人が揃ったね。ありがとうフィルライン」

「いえ、これも仕事の内です」


 フィルラインに労いの声をかけた黒髪と黒い瞳が印象的な男子学生はこちらに来るポラリスとフィルラインに笑顔を向けた。


「さあ、ポラリス。そこのソファに座ってくれ」


 黒髪の男子学生は向かいのソファに座るよう指示した。


「失礼します」


 指示された通り、ポラリスは先にソファへ座っている見知った人物——ノックスの隣に座る。


「では改めて自己紹介を。俺は本科三回生のラインハルト・オルター。学生総代をしている」


 目の前のソファに座っている黒髪の男子学生——ラインハルトは自己紹介をした。


「私は本科三回生のエミリー・マルコニコフと申します。風紀委主幹を任されています」


 ラインハルトの隣に座っている髪の先にウェーブのかかった茶髪の女子学生——エミリーは端整な顔立ちが台無しになる程の鉄仮面な無表情と丁寧な口調で自己紹介した。


「私の傍で立っている彼女は本科二回生のカミラ・シューゼインです。風紀委主幹補佐を任せています」


 エミリーは傍で立っている赤茶色の髪を後ろで結び黒縁の眼鏡をかけた女子学生——カミラに手を差し伸ばして名前と役職を紹介した。


「カミラ・シューゼインです。よろしくお願いします」


 カミラはポラリスとノックスを見て端的に挨拶をした。


「僕は本科二回生のフィルライン・ゲルフ。学生総代補佐兼秘書をしています」


 フィルラインはラインハルトの傍に立つとまだ挨拶をしていないノックスに自己紹介をした。


「それで、俺達を呼び出した用件は何だ?」

「学生総代と風紀委主幹にその言葉は何ですか?」


 呼び出した側の人間が自己紹介を終えるとノックスはすぐに用件を話すように急かすと、カミラはノックスの失礼な言葉遣いを注意した。


「急に呼び出したのは私達の方です。時間を取らせては彼らに迷惑がかかります」


 ノックスを注意したカミラを制止するエミリーはノックスの発言を擁護した。


「私達、学生会と風紀委はあなた達に協力してほしい案件があり、ここへ呼び出しました」

「協力?」


 エミリーは無表情のままポラリスとノックスに呼び出した理由の協力してほしいという用件を口にした。


「君達は約二ヵ月前から起きている、学生が襲われている事件を知っているか?」


 ラインハルトは真剣な表情をしてポラリスとノックスを見ながら起きている傷害事件について質問した。


「あぁ、耳にしただけだが。魔装使いの学生だけが襲われているらしいな」


 ラインハルトの話にノックスは耳にした程度と言いながら襲われた学生の共通点を知っていた。


「そうなんだ。しかも襲われた魔装使いの使っている魔装に大きな傷があり、宿っているはずの魔力が失われていた。そして犯人の手掛かりを俺達はほとんどを手に入れていない」


 ラインハルトは学院で起きている傷害事件の詳細な情報をポラリスとノックスに伝えるとカミラが卓上に事件に関する書類の束を置いた。

 カミラが置いた事件の書類をポラリスとノックスは手に取って目を通す。


「俺達、学生会と風紀委はこの事件を魔装強盗事件と銘打って総動員で犯人を捜索している」

「事件に名前つけてどうなるってんだよ? 大事なのは犯人が誰かって事だけだ」


 ラインハルトが学院で起きている事件に関する書類に目を通しながらノックスが口を出した。

ノックスが口を出した瞬間、カミラはノックスを睨んだ。


「魔装強盗ってどういう事ですか?」


 カミラがノックスを睨む空気に居心地が悪くなったポラリスはラインハルト達が銘打った名前の意味を尋ねた。


「通常、魔装に宿る魔力を移動させるには魔装使いが別の武具に移動させるしか手段がないからです。しかも移動した魔力の宿る魔装が移動された魔装よりも親和性が高い場合、移動させた魔装術を使用できるようになります」


 ポラリスの質問にエミリーは丁寧に説明した。それを聞いてポラリスは納得した。

 学院の魔装使いの誰かが他の魔装使いの魔装の魔力を自分と親和性の高い魔装に移動して奪っている。

 それで『魔装強盗』事件というわけか。


「被害者から犯人の目撃情報がないはずはないだろ?」

「私達もそう思い被害者から聞き込みをしました。ですが現在まで起きた全十八件の被害全て加害者は背後から襲ってきた上、フードを被っていて被害者は全員顔を見ていないという事でした」


 ノックスの指摘にエミリーは丁寧な口調で被害者に聞いた情報を伝えた。伝えられた情報にノックスは息を吐いて目を通した書類を置いて目の前に置かれていた紅茶の入ったティーカップを取って飲んだ。


「それでオレ達に協力してほしい事って何ですか?」

「そんなの囮になれって事だろ? 学生総代殿?」


 ポラリスが協力内容について質問するとノックスが協力内容を口にして正解かどうかラインハルトに問いかけた。


「やはりポラリスとポラリスの霊獣に適切な指示を出すだけの学生だ。頭の回転が速い」


 驚きの表情を見せるポラリスと、隣にいるノックスは表情一つ変えずに紅茶を飲んでいた。

 ラインハルトの言葉は決闘中、ノックスがポラリスとマンゲツに指示を出している事を知っているかのような言い様だった。


「この事件は魔装使いが狙われる。俺達を指名する理由も俺達の魔装が次に狙われる可能性が高いと踏んで囮になるよう協力を要請した、ってところだろ?」

「俺達が説明しなくてもすぐに理解してくれるのは助かる」


 ノックスはここに来て初めて事件について話しを聞いたはずなのに、この事件にポラリス達を囮にする理由をすでに理解して先に話す。

 ラインハルトは自分が説明の話をすぐに理解してしまうノックスの理解の速さに感服する。


「それでこんな危険な役目をするんだ。まさか善意で協力しろっていうわけじゃないだろ?」

「そこまで分かっているから君もすぐに話を断らなかったんだろ? ノックス・イングラム?」


 ノックスは事件に協力する際の報酬について間接的に尋ねると、ラインハルトは笑みを浮かべた。ラインハルトもすぐに話を断らなかったノックスの意図に気付いていたようだ。


「俺達が君達の報酬を話し合った結果、この事件に協力して解決できれば君達に今年度の総合得点に事件解決の貢献度分の加点、そして学院の魔装工房の一つを提供する。という条件になった。どうだい?」


 ラインハルトの口から出た条件を聞いたポラリスは目を大きく見開く。自分が囮になるとはいえ流石に提示された条件は旨味が多すぎる。


「その条件ではだめだ」


 ポラリスからすれば十分すぎる報酬の条件にノックスは文句をつける。


「魔装工房の提供はそのままで、まず前払いとしてあんた達が想定する貢献度の得点を先に渡す。そして事件解決後に実際の貢献度の差点分を俺達から加減する。その報酬条件なら受けてやる」


 ノックスが目の前の学生会と風紀委に新たに変更した報酬条件を提示するとラインハルトとエミリーの傍で立っているフィルラインとカミラが顔をしかめる。


「いくら何でも横暴すぎる! 君一人の意見で変えられると思ってるのか⁉」

「この報酬条件はあなた方にとって破格の条件のはずです! それを一人の意見で変更できるはずありません!」


 フィルラインとカミラはいきなり報酬条件を変更してくるノックスに声を荒げた。


「別に報酬の変更内容に追加報酬を求めてないだろ? 先に点をくれと言っただけだ。それも解決後の結果より多い場合その分を引いて結構だと言ってるんだ。報酬量は何も変わってない」

「「……」」


 抗議する補佐二人にノックスは悪びれもせず報酬の前払いを申告しただけで追加報酬を申告していないと主張した。

 ノックスの説明に補佐二人は渋面しながら口を閉じた。


「ハハハッ! やはり君は曲者だ。先に俺達が君達の貢献度分の点数を提示させて君達の信用度と貢献度の点数の換算法を知るために点数の先払いを申告した。後で譲渡する点数不正の可能性を潰すために。そうだろ? ノックス・イングラム?」

「そう思うならそう思ってればいい」


 大声で笑いながらノックスの抜け目ない考えに心底感服するラインハルトはノックスの考えを口にして説明した。

 それを聞いたノックス以外の部屋中の人間はノックスの用心深さと周囲の人間が信用できるのか確かめるための策に驚愕する。


「ではノックスの言った報酬条件で話を進めよう。用心しなくても大丈夫。もちろん契約書も用意している。これで不満はないだろ?」

「だったら早く契約書を出せ。さっきも言ってたが俺達は急に呼び出された側だ。ここからすぐに出て自分達の部屋に戻りたい」


 ラインハルトは素直にノックスが申告した報酬内容で了承すると、フィルラインは急かしてくるノックスとラインハルトの間に契約書を出した。


「そういえば、加害者の目撃情報がないのは分かりましたが、容疑者の目星はないんですか?」


 契約書に記入欄に記入事項を書いていく二人をよそにポラリスはふと頭によぎった質問を口にする。


「私達も何人か容疑者の目星は立てていたのですが、その多くは事件の時刻にアリバイがありました。アリバイのない容疑者はこの二名だけです」


 エミリーは二枚の書類をテーブルの上に並べた。


「一人は本科二回生、フォールス・ミルージュ。学年序列十一位の戦斧型の魔装使い。もう一人は——」


 エミリーが並べた容疑者リスト二枚の内フォールス・ミルージュの情報を指差して説明した後、もう一枚の容疑者リストを指差す。

 ポラリスはエミリーの指差した容疑者リストに載っている写真に目を大きく見開いた。


「——本科一回生、アイリス・ジオグラン。学年序列一位の、どの魔装でも使いこなす魔装術の天才です」

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