第12話 兄弟弟子

 男子寮の裏にある芝生の地面にノックスは仰向けになって寝ていた。


 ポラリスが部屋から出た後、マンゲツに部屋の留守番をさせてノックスも部屋から出た。

 マンゲツの存在を利用した事が原因でポラリスが出て行った状況でマンゲツはノックスと同じ部屋にいるのが気まずい雰囲気を出していた。

 その様子に気付いていたノックスはマンゲツに部屋の留守番を頼み誰も来ない寮の裏へ来た。


「まだ相棒バディーを完全に手懐けられなかったようだね? ノックス?」


 ノックスが芝生の上で横になっているとノックスの近くから声が聞こえた。

「何の用で俺に会いに来たんだよ? ルーク?」


 芝生の上で横になっているノックスは近くで話しかけた人物——ルークと目を合わせずに用を尋ねた。

 ノックスの近くに来たルークは見るからに不機嫌な表情を浮かべて空を仰ぐノックスに依然と優しい表情を浮かべてノックスの隣で同じく仰向けで横になった。


「用がなくては会ってはいけないのかい? 同じ師匠から学んだ仲じゃないか。兄弟子?」

「次期学生総代候補の優等生で学院最強の二回生の二人組デュオのあんたが学院最下位の俺を兄弟子と呼ぶ時は何か企んでる事ぐらい理解できてる。弟弟子」


 互いに機嫌の異なる二人は空を仰ぎ、同じ師匠の下で修練した事を思い出した。

 ノックスは師匠から他人の力を使って戦う戦術と戦略、他人を思い通りに行動させる心理学を磨いた。

 その隣にいるルークもノックスと同じで他人を使う戦術や戦略、思い通りに人を行動させる心理学を磨いた。


 同じ師を仰ぎ、同じ学院に入学し、互いにそれぞれ二人組を組んで本科へ進級した二人が唯一違うもの。


 それは魔導の素質センス


 ノックスは魔導による戦闘において一人では何もできない。

 だからこそ人を使う戦術や戦略、思い通りに人を行動させる心理学を学んだ。

 それしか自分の目的を叶えるための方法がなかった。


 それに比べてルークはノックスの持っていない魔導の素質も持っていた。それも本科進級審査で学年次席の成績を記録する程の素質だ。

 ノックスにとって自分が持っているものだけでなく自分が持ち合わせていないものまで持っている才能と素質の塊で目障りな存在だ。


「可愛い弟弟子にひどい言い様だね。あなたらしいと言えばあなたらしいけどね」

「さっさと本題を言え」


 ルークは余計に機嫌の悪くなったノックスの態度を受け流すと、ノックスはすぐに本題を話すように急かした。


「ノックスの相棒、相当腹を立てて寮を出て行ったね?」

「それがどうした? お前には関係ないだろ?」


 ルークはポラリスがすごい剣幕で寮を出て行った事をノックスに話すとノックスは依然と不機嫌な口調で返事を返した。


「ノックスにしては相棒に詰めの甘い対応をしたね?」

「何が言いたいんだ?」


 ルークの言葉にノックスは眉をひそめて尋ねた。


「僕と同じで他人の感情を操る言動を学んだノックスも相棒との仲が険悪になるのは避けるのが複数で戦う時の基本だ。それを十分理解しているあなたがその対応をおこたった——」


 複数で戦う時の基本。味方同士で険悪な空気になる事は絶対に避ける。そうでなければ司令塔が出す命令に従わなくなり機能しなくなる。

 そんな事はノックスも十分に理解していた。しかしノックスはポラリスが激昂して出て行くまでポラリスに言いたい事だけを言ってしまった。


「——それはノックス自身も感情的になって対応を怠ってしまった。そうではないのかい?」

「…………」


 ルークが口にした推測にノックスは無言になった。

 ルークの言う通り、ノックスはポラリスが激昂して部屋から飛び出すまで言いたい事を言わなければこの状況になっていないと理解していた。


 けれど口が止まらなかった。


 自分と同じ目的を持って、自分と同じで決定的な力の欠如で周囲から見下されていた。しかし、目的を叶える手段、それぞれの持つ才能や素質は全く違った。

 それを理解したからこそ、ノックスはポラリスを相棒バディーに選んだ。


 お互い同じ目的のために互いの足りないものを補い合えば自分の目的を叶える手段を体現できると考えた。

 唯一失念していた点は他者との関係の持ち方に見解の相違があった事だ。


 それが原因でノックスは自分が意識しないうちに感情的になっていた。

 ノックスは自分の目的を叶えるためなら他者がどうなるか、どう思うかなどどうでも良かった。そのため他者が自分に向ける感情など気にしなかった。


 けれどポラリスは他者の思いを尊重できる人種のようで、最初はその考え方も制御してそつなくこなせると思っていた。

 けれどノックスはポラリスの考え方を制御しきれず、つい感情的になってしまった。


「僕としては兄弟子の人間らしいところが見れて安心したよ」

「あんたは俺の事をどう思ってたんだよ?」

「人の顔を被った悪魔が可愛く見える程の外道と思ってました」

「弟弟子からの誉め言葉として受け取ってやる」


 ルークがノックスの印象について、普通の人が聞けば誹謗中傷としか思えない言葉を聞いたノックスは鼻で笑うだけだった。


「そう思っているなら早く相棒をそそのかして機嫌を直した方が良いんじゃないのかい? 外道の極みの兄弟子の目的のために」

「そうだな。こんなところで躓いてる暇はない。弟弟子にしては気の利く挑発をした事だけは褒めてやる」


 ルークからの親切な挑発にノックスは鼻で笑い横になっていた芝生から立ち上がった。


「今度、俺とチェスの相手をしろ。これは兄弟子からの命令だ」

「本当に自分勝手なところは相変わらずだ。良いですよ。僕もしばらく手応えのあるチェスができなくて退屈してたから助かるよ」


 ルークは芝生に横になったまま寮に戻っていくノックスを見送った。

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