第3話 仕組まれた決闘

 午後五時。


 ポラリスはノックスとの約束通り第二闘技場に訪れた。

 ポラリスの目の前にはノックスが立っている。


「本当に来るとは思わなかったぜ。ポラリス?」


 ポラリスは鋭い眼光で挑発してくるノックスを睨む。


「おぉ、怖い。それじゃあ決闘を始めるか」


 ノックスは両手に持っている木剣二本のうち一本を自分の傍の地面に突き刺し、もう一本をポラリスの方に投げた。

 ポラリスは足元にノックスが投げて転がってきた木剣を拾った。


「それは汎用型の魔装だ。お前は魔装術も使えるんだろ?」

「何でお前がそれを知っている?」


 ポラリスは一度も実技演習や試験に参加していないはずのノックス。そんな彼がなぜ魔導だけでなく魔装術も使える魔装使いである事を知っているか訝しげに尋ねた。


「俺はこのためにお前を調べただけだ。それくらいで睨むなよ」


 三白眼で睨んでくるポラリスにノックスはなだめるように話しかけた。


「決闘のルールだが、相手に魔導または魔装術を使用し一本取った方の勝利でどうだ?」


 ノックスはポラリスに決闘のルールに異議がないか尋ねた。


「あぁ、問題ない。早速始めるか」


 ポラリスは拾った木剣を構えた。ポラリスの握っている手から魔力が木剣に流れ込み、木剣に宿る魔力と同期して淡い光を纏い出す。


「こっちの準備はできた。お前もさっさと戦う準備をしろ」


 淡い光を纏った木剣を構えたポラリスは丸腰のノックスに早く戦う準備をするように忠告する。


「俺は魔装術が使えない。この木剣は予備で持ってきただけだ」


 ノックスは傍に突き刺した木剣を見た後、ポラリスに事情を説明した。


「そんなに決闘を始めたいなら早くかかって来いよ?」


 ノックスは片手をポラリスに向けて挑発した。するとポラリスは隙だらけの懐へ突進する。

 ノックスの間合いに入った瞬間、ポラリスは光をまとった木剣を振るう。

 ポラリスが振るう木剣をノックスは後ろに退いて躱す。

 後ろに退いて躱したノックスの着ている制服に鋭利な刃物で切られた跡ができた。


「これで分かっただろう? 本気で戦わないならオレが勝たせてもらう」


 ポラリスは木剣を握ったまま印を結んだ。

 印を結んだ瞬間、ポラリスの目の前に大量の水が生成された。

 ポラリスが生成した水は瞬時に槍の形に変形した。

 水が槍の形に変形した直後、一瞬で凍結して水が氷に状態変化した。


 ポラリスの目の前に生じた氷の槍はノックスの方へ飛んでいく。

 ノックスは飛んでくる氷の槍を避けようと動く。その瞬間、ポラリスは先程と違う印を結ぶと同時に飛んでいく氷の槍が瞬時に爆発した。

 氷の槍から高熱の爆風が巻き起こるとノックスは爆風から身を守るように体勢を変えて爆風の衝撃を受け流した。


「やはりお前の水の魔導は称賛に値する腕だ」


 受け身を取ってすぐに体勢を立て直したノックスはポラリスを見てポラリスの魔導の力量を語り出した。


「喋る暇があるなら攻撃してきたらどうなんだ!」


 ポラリスは体勢を立て直したばかりのノックスに近付き淡い光を纏った木剣で斬りかかった。

 ポラリスが連続で繰り出す剣戟にノックスは体捌きで躱す。

 ノックスは光の刃に触れなかったが紙一重で躱しているせいで着ている制服はあちこち切られた跡ができていく。


「汎用型の魔装なのにこの切れ味。魔装術も大した腕だ」


 汎用型魔装の木剣で斬りかかるポラリスにノックスは躱しながら魔装術の腕を評価した。


「喋る暇があるなら本気で戦えって言ってんだよ!」


 魔装術で切れ味を上げた木剣で斬りかかると同時に印を結んだ。印を結ぶと木剣の先に水が生成される。

 生成された水はノックスの足元へ射出される。足元の地面に水が衝突する寸前、射出された水が一瞬で高温の水蒸気に変化した。


 ノックスは水蒸気の爆風で飛び散る土の破片を避けると、すでにノックスの間合いに飛び込んでいたポラリスが木剣を振るっていた。

 ノックスが土の破片を避けると、一瞬の隙をついてポラリスは木剣の切っ先を首元に突きつけた。


「これでオレの勝ちだ。ノックス・イングラム」


 首元に光の刃を纏った木剣の切っ先を突きつけられたノックスにポラリスは勝利を宣告した。

 ポラリスが勝利を宣告した直後、ノックスは口角を上げて笑い声を殺していた。


「何がおかしい?」


 ポラリスは目の前で首元に木剣を突きつけられて敗北したはずが笑いを堪えているノックスを鋭い眼光で睨む。


「……いや、だって……そりゃおかしいだろ……! まさか本当にこれで勝ったと思っているんだからな……!」


 ノックスは笑いを堪え切れず腹を抱えて笑い声を上げた。

 腹を抱えて笑っているノックスは片手を横に伸ばして指を差す。

 ノックスが指差した方は最初にポラリスとノックスが顔を合わせて木剣を渡した場所だ。


 ノックスの指差した方を視界に入れるとポラリスは驚嘆した。

 ノックスはポラリスに魔装術が宿った木剣を投げ渡す前に自分が握っていた木剣を地面に突き刺していた。その木剣がどこにも見当たらなかった。

 いつの間にか木剣が消えた事に気付くとポラリスの目の前のノックスは煙が散っていくように姿を消していく。


「これで俺の勝ちだ。ポラリス」


 ポラリスの背後から声が聞こえた。ポラリスは振り返ろうとした瞬間、首元に木剣があった。

 ノックスは魔装術が宿る木剣を構えポラリスの首元に突きつけていた。


「もし、お前が進級審査の結果を見てギリギリ不合格だった時に偶然俺が現れた。そう思っているんだったらお前は正真正銘のバカだ。俺はお前の行動なんて手に取るように分かる」


 ポラリスの背後から話しかけるノックスの声は他の学生達と比べ物にならないくらい冷淡な声音だった。


「お前は傍にいたセリア・ジオグランから聞いた噂で俺が不戦敗の最下位だと聞いて俺の能力ちからを知らずに自分に劣ると判断した。だから俺は条件付きの決闘を挑んだ」


 ノックスは数時間前のポラリスと掲示板の前で起きた出来事を話し出す。

そしてポラリスはその時に感じた違和感の正体が徐々に明白になっていく。


「そしてお前は俺の計画プラン通り、俺の挑んだ決闘を承諾してろくに俺の能力を調べず、その上魔力の視る眼がないお前が何の準備をなく勝負した。だからお前は後手に回って俺の魔導を対策できずまんまと俺の幻影と戦って本物の俺に後ろを取られて負けた」


 ポラリスは強くなっていく違和感の正体に近付いていく感覚を覚え、冷や汗が頬を伝う。

 ノックスの言う通り、ポラリスはセリアから聞いた噂でノックスの実力を過小評価した。

 そしてノックスの魔導の力量を調べずノックスが挑んだ決闘を受諾した。


「これで分かっただろ? お前は俺と出会って決闘を承諾した時点でお前の負けは決まってたんだよ」


 ポラリスの背後にいるノックスは心を凍てつかせる冷徹な声音でポラリスの敗北を告げた。

 ポラリスの背後に回り込み人間の急所の一つである首元に木剣を添えている。

もしノックスが木剣に宿る魔装術を使えていたらポラリスの首は今頃斬り飛ばされている。

 ポラリスは屈辱的な敗北に頭の中が支配されていた。


「……オレの、負けだ」


 唇を噛むポラリスが負けを認めるとノックスはポラリスの首元に添えていた木剣を放した。


「負けを認めたんだ。俺との契約は守ってもらう」


 ポラリスはノックスに圧倒的な敗北を味わい地面に膝を付いた。

 ノックスは地面に膝を付いたポラリスの目の前に回り込んだ。

 ポラリスは正面に立っているノックスを見上げると、ノックスはポラリスに手を伸ばす。


「本科に進級するため俺の相棒バディーになれ」


 手を伸ばしたノックスはポラリスの目を見て契約内容を口にした。


「……相棒?」


 ポラリスは反射的にノックスの言葉を繰り返していた。


「そうだ。基本的に進級審査に不合格の学生は退学になる。しかし例外も存在する。それが不合格の学生の救済処置、二人組デュオとなって一蓮托生の存在として共に進級する制度が魔導学院に存在する」


 ノックスが学院の救済処置の詳細を説明し始めると、ポラリスは頭の中に疑問が浮かぶ。


「確かに本科の一回生に二人組の学生はいる。だがその人達は進級審査に合格できないような魔導師じゃない」


 ポラリスの言う通り、本科一回生の先輩に二人組デュオを組む学生がいる。

その二人組デュオの魔導師としての技量は一人だけでも他の学生に引けを取らない。

 その二人は現在本科一回生の中で序列一位の実力を持つ。

 進級審査に不合格の学生達とは次元が違う。


「そんなの簡単な理由だ。貴族出身の学生の中では二人組を組むのが汚名以外の何物でもないからさ。他者の力を借りてまで進級する姿は見苦しいと思われている。だから他の不合格だった学生達は二人組を組んで進級するよりもそのまま退学していくのを選ぶんだ」


 ノックスは貴族出身の学生達の間に広がる因習を話す。

 ノックスが話す因習を聞いてポラリスは奥歯を食いしばった。


「本当にくだらない。お前もそう思うだろ? 非合理的で学院本来の目的から逸れている」


 ノックスはポラリスの思っている貴族の学生達に感じていた感情を一言代弁した上、学院本来の目的から逸れている事も述べる。


「この魔導学院は魔導大国マギノリアス統一国の軍事力拡大のために優秀な魔導師を輩出するために設立された。しかし二十年前に大国同士の大戦が終戦を迎え統合されてから爵位を得た魔導師は世代を重ねるごとに他の貴族に自身の力を誇示する事を重視するようになった。だから誰も進級するために他の学生と二人組を組まなくなった」


 ノックスは貴族の中に根付く自身の存在を誇示する在り方を伝えるとポラリスは虫唾が奔った。


「生憎、俺は魔導の素質センスはない。そしてお前には魔力を視る眼がない。だから俺達は進級審査で不合格になった。けど俺には魔導師を使う才能と魔力を視る眼がある。俺がお前の頭脳と目になる。代わりにお前は俺の手足になれ」


 ノックスは口元が邪悪な弧を描き、伸ばした手をポラリスの顔の前に差し伸べる。


「これが最後の交渉だ。俺と二人組を組んで進級するか。俺と組まずにこのまま退学するか。さあ、どちらを選ぶ?」

「悪魔が……!」


 ポラリスは一瞬、思わず漏れた言葉通り、目の前にいるノックスが本当の悪魔に見えた。けれどポラリスは何が何でも本科に進級しなければならない。

自分ポラリスの目的のために。


「お前の口車に乗ってやる! オレはこれ以上負けられない! 勝つためならお前の手足だろうがどうでもいい! お前の相棒バディーになってやる!」


  ポラリスはノックスに鋭い眼光を向けて差し伸べた手を払った。


「交渉成立だ。これからは一蓮托生の二人組デュオとして俺の言う事を聞いてもらう」


 差し伸べた手を払ったポラリスにこれ以上ない悪魔のような笑みを浮かべた。

 ノックスの手を払ったポラリスは自力で立ち上がった。

 こうしてポラリスとノックスは一蓮托生、運命共同体の二人組として共に本科に進級する事になった。

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