ワースト・デュオ 最弱の魔導師二人の邪道な成り上がり方

中野砥石

一幕 最低最悪な二人の出会い

第1話 ポラリス

「これから実践演習を始める! 複数人一組で攻守に分かれろ!」


 学院の第三演習場に集合している基礎科の学生達は講師の指示を聞いてそれぞれ互いの顔を見合わせて数言会話して組を組み始める。

基礎科に入学してから約十ヶ月経過して学生達の仲はそれなりに築かれているおかげですぐに複数人の組を組んだ。


 その中でただ一人、他の学生達から声をかけられない学生を除いて。

 他の学生達から物理的に距離を置かれている灰色の髪をした男子学生——ポラリスは距離を取る他の学生達から冷たい視線を向けられる。


「まだこの学院にいるぞ。あの平民」

「本当ですね。私達と住む世界が違うと思わないのかしら?」

「そんな簡単な事も習っていないとは、憐れでなりません」


 周りの組を組んだ学生達は一人になっているポラリスに聞こえる声で周りの学生達と会話をしていた。

 周りの学生達から距離を取られているポラリスは露骨に自分を疎外する言動に対して何も言わずそのまま立ち尽くしていた。

 そんな中、組み終えた複数人がポラリスの元へ進んでいく。


「一人だと演習にならないですよね? ポラリス殿?」


 ポラリスは声をかけてきた人物を見る。


「何の用でしょうか? ノーリット殿?」


 ポラリスより細身で若干背の高い明るい茶髪の男子学生——ノーリット・デリットはポラリスを見る。


「良ければ僕達と一緒に演習をしませんか?」


 ノーリットはポラリスに笑みを浮かべて演習の誘いを申し出た。


「おぉ。平民出身の者に慈悲の言葉をかけるとは。流石はノーリット殿だ」

「やはり三等爵位のデリット家の嫡男だけはある。平民にも手を差し伸べるとは御心が広い」


 周りの学生はノーリットの言動に感動や尊敬の意を述べた。

 手を差し伸べられた当の本人であるポラリスは猛禽類のように鋭い三白眼でノーリットの表情を見た。


 確かにノーリットはポラリスに笑みを浮かべている。けれどノーリットの浮かべる笑みは人を見下す嘲笑であるのはポラリスが一番理解している。

 そして他の学生達から疎外されて一人になっているポラリスに声をかけて周りから称賛を受ける算段である事も理解している。


「オレで良ければノーリット殿の組に入れさせて下さい」


 ポラリスはノーリットの誘いを受け入れた。

 ノーリットと組んだ学生達を見ると、周りの学生はまるで汚物を見る視線をポラリスに向ける。そんな視線にポラリスは我関せずの態度で学生の輪の中央へ歩く。


「それでは実践演習を始めましょう。僕達が攻撃側、ポラリス殿が守備側でどうでしょうか?皆さん?」


 ノーリットは組の学生達を指揮すると、学生達はノーリットの言葉に頷いて賛成する。


「皆さんは僕の意見に賛成していますが、ポラリス殿はどうでしょうか?」


 ノーリットはポラリスに嘲笑を浮かべながら逃げ場のない質問をした。


「分かりました。他の方がノーリット殿の意見に賛成しているのであればオレが口出しする事はないです」


 ポラリスは元々目つきの悪い瞳をノーリットに向けた。ポラリスの鋭い瞳がノーリットを睨んだ瞬間、ノーリットを含めた学生達はポラリスから距離を取った。

 ノーリットは片手をポラリスに向けた。ポラリスを囲む組の学生達も片手をポラリスに向けた。


『全てを焼き払う劫火よ! 魔を貫く槍となり敵を焼き払え!』


 ノーリットは魔力を込めて詠唱した瞬間、ポラリスに向けた手から炎が生じる。生じた炎はノーリットの手の前で形を変えて槍に変形してポラリスに向かって直進する。


 ポラリスは掌に魔力を集中させて両手で印を結ぶ。印を結ぶとポラリスの目の前に大きな水の塊が空中に生成した。

ノーリットが放った炎の槍がポラリスの目の前に生成した水の塊に衝突した。ポラリスが生成した水の塊にノーリットが放った炎の槍が衝突すると炎の槍は水を蒸発させるがポラリスに命中せずに鎮火した。


 ノーリットの炎の槍を阻んだ水の塊はポラリスの周囲を囲み、徐々に水の量が増えていく。

 水を操作して自分の周りを囲み出したポラリスにノーリットは舌打ちをした。


「皆さん! 演習ですので思う存分ポラリス殿に攻撃して下さい!」


 ノーリットの指示を聞いたポラリスの周囲を囲む学生達は手で印を結ぶ者や詠唱をする者などさまざまだが全員揃ってポラリスに向けて魔導を放とうとしている。

周囲の学生達は魔力を魔導に変換してポラリスに向けて顕現した炎や風、鉱物を放った。


 ポラリスは印を結び、周りを囲いながら漂っている水が一瞬で凍結する。

 漂っていた水が凍結して氷の壁に変化すると周囲の学生達が放った魔導を阻んだ。

 ポラリスの氷の壁に魔導を全て阻まれた学生達は口元を歪ませて苛立ちを見せる。そして学生達は再び魔導を発動させるために魔力を練り、すぐに魔導を発動した。


 連続で魔導を放つとポラリスを守る氷の壁が徐々に砕かれポラリスの姿が見えてくる。

 一人の学生の魔導により放たれた鉱物がポラリスの頭部に向かって飛んでいく。

飛んでくる鉱物にポラリスは気付き咄嗟に体を捻り避ける。しかしポラリスに飛んできた鉱物を避けた直後、魔導による風の塊がポラリスの腹部へ叩きつけられた。


「グフッ!」


 腹部に風の塊を叩きつけられた衝撃にポラリスは苦悶の表情を浮かべた。

 ポラリスが腹部の痛みに悶絶していると周りの学生達は次々とポラリスに向けて魔導を放つ。


 痛みに耐えながらポラリスは体捌きで学生達の魔導を避けるも完全に避けきれずポラリスの体を掠めていく。そして徐々に掠めていく魔導はポラリスの体に命中していく。

 魔導が命中していくとポラリスに魔導を放つ学生達はポラリスを嘲笑う声を徐々に上げる。


「ポラリス殿! もう少し本気を出さないと本当に死んでしまいますよ!」


 ノーリットはポラリスが痛みに耐えながら躱そうとするも徐々に魔導の攻撃を受けていく姿を嘲笑う。

 周りの学生達はポラリスに魔導を直撃させるため放とうとした寸前、ポラリスの周りに強烈な稲光が放たれて耳をつんざく雷鳴が轟いた。


 ポラリスの周りの学生達は強烈な稲光に腕で目を隠す。

 目を瞑す程の強烈な稲光が消えた後、ポラリスやノーリットを含めた学生達は強烈な稲光が放たれた発生源を見た。


「何の用でしょうか? セリア様?」


 ノーリットが稲光の発生源を見て口を開くと、強烈な光が放たれた場所に立っている一人の女子学生がポラリス達の方へ歩いてきた。

 腰まで届く金色に輝く美しい髪をなびかせてポラリス達の方へ歩いてくる。

大きな赤い瞳は少女の強い意志を感じさせる。愛らしい少女と美しい淑女の両方を兼ね備える整った顔立ちは周りの学生すら見惚れてしまう程の美貌だ。

 細身ながら均整の取れたスタイルは歩く姿さえも気品に満ち溢れていた。


 歩いてくる女子学生——セリア・ジオグランはポラリスの傍に着く。


「攻撃側が七人。守備側が一人。これではただの袋叩きですね? ノーリット殿?」


 セリアは話しかけてきたノーリットの方を向いて目を見た。ノーリットを見る瞳は静かな怒気を宿していた。


「これは全員の総意で決まった事です。袋叩きなんて滅相もない。それにこちらの演習の邪魔をしたあなたが口を挟むのは失礼ではないのでしょうか?」


 ノーリットはセリアの発言に訂正を加えた上、セリアの放った雷撃で演習の邪魔をされた事に抗議した。


「では、ポラリス殿を借りてもよろしいでしょうか? 七人相手に軽傷で済んでいる魔導師と演習をしたいので」


 セリアはノーリットを含めたポラリスを囲む七人の学生に威圧感を剥き出した鋭い視線を向けてポラリスを借りる話を持ち掛けた。

 セリアの威圧感のある視線を向けられた学生は一歩後ろに引く程怯む。


「セ、セリア様がそう言うのであればその平民を好きにしていいですよ」


 ノーリットは相手を威圧する視線を向けたセリアに一瞬怯んだ後、元の平静を装ってセリアの提案に承諾した。

ノーリットを含めた七人の学生は別の場所へ移動した。


「セリア様の顔に免じて今回はこれくらいで終わらせてやる。平民が」


 ノーリットは去り際にポラリスのすぐ近くんだ悪態を呟いた。

 ノーリット達が去ると直撃は避けたが魔導の攻撃を受けたポラリスは傷口を押さえて立ち上がった。


「悪いが、今から医務室に行くからジオグランとの手合わせはまた今度だ」


 ポラリスは体中にできた魔導による傷口を押さえて演習を監督している講師の元へ歩き、講師に事情を説明して医務室へ向かった。



 ポラリスは医務室へ向かっていると後ろからこちらへ走ってくる足音が聞こえた。足音が聞こえる方を振り返るとポラリスの視界に入ったのはセリアだった。


「何で付いて来てるんだ? ジオグラン?」

「わたしが来たら悪いの? あんたが傷だらけで心配だから講師から付き添うように言われたのよ!」


 ポラリスはいつもの目つきの悪い視線をセリアに向けると、セリアはそっぽを向いて事情を説明した。

 そっぽを向いたセリアは差し込む夕陽のせいか頬が少し紅くなっていた。


「別に心配しなくて大丈夫だ。もうすぐ医務室に着くし」

「だったら医務室に着くまであんたに付き添うわよ」

「真面目だな」


 ポラリスは視界に入る医務室へ歩いていきセリアもポラリスの傍に付いていく。

 医務室に入ったポラリスは医務室にいた丸眼鏡をかけている男性の校医に事情を説明して体中にできた傷の手当てをしてもらった。

 体中にできた傷口の手当ての途中で本日全ての講義が終了した事を告げる鐘の音が学院中に響いた。


「これで傷の手当は終わったぞ。すまないが少しの間用事でここを離れるから身支度できたら二人共、変な事しないで早く医務室から出てけよ」


 校医は医務室から出ようとする直前にポラリスとセリアに余計な言葉を告げて医務室を出て行く。


「そんな事するわけないじゃないですか!」


 校医の余計な言葉にセリアは頬を真っ赤にして医務室から出て行く校医に慌てて反論するがその時にはすでに校医の姿はなかった。


「少しは声を抑えろよ。ここ医務室だぞ」


 ポラリスは包帯やガーゼで手当てした上から制服を着ていく。


「わっ、分かってるわよ。あの校医が余計な事を言うから」

「あの人はああいう性格だから気にする方が疲れるぞ」


 顔を真っ赤にしているセリアとは対照的にポラリスは何一つ顔色を変えずに制服を着ていく。

 ポラリスが傷の手当てのために脱いでいた制服を全て着終わる。


「どうしてあんな奴の誘いに乗ったの? あんなのただの見せしめじゃない?」


 セリアはポラリスに気になっていた質問をした。ポラリスもノーリット達が魔導でなぶるために声をかけて誘った事は知っていた。


「そんなの最初から分かってる。けど今のオレにとって魔導師と手合わせできる機会はこんな時しかない。貴族しかいないこの学院で平民のオレが唯一魔導師と手合わせできる機会は無駄にしたくない。オレはどうしても学院に残らないといけない」


 ポラリスは今この学院の学生唯一の平民出身の魔導師だ。

 魔力と呼ばれる限られた人間に宿る力によって自然現象の原理を捻じ曲げて奇蹟を起こす力に変換するのが魔導師で、その多くはこの学院の大半である貴族出身の人間だ。


「ジオグランも分かってるはずだろ? オレみたいな平民の魔導師は貴族の魔導師から煙たがれるのを」


 ポラリスの言う通り、貴族出身の魔導師は平民出身の魔導師を毛嫌いしている。しかも爵位の高い貴族ほどそのきらいがある。


「逆にジオグランみたいなオレと普通に話してる貴族の人間の方が珍しいけどな」


 ポラリスはセリアの方を見た。セリアはポラリスに見られるとまた視線を逸らした。

「別にそんな事を気にしてても仕方ないわ。それにあんたにはまだ勝ってないわ。あんたに勝利して、わたしはこの前の試験の借りを返すわ」


 セリアは急にポラリスに指差して啖呵たんかを切った。ポラリスに指差して啖呵を切ったセリアの顔は勝気な雰囲気の中にどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。


「オレだって、あの勝ち方には納得いってないからな。今度もオレが勝つ」


 セリアに指を差されたポラリスは笑みを浮かべていつもの鋭い三白眼をセリアに向けた。


「そう言っていられるのも今のうちよ! 制限時間切れで判定勝ちしただけのあんたに今度こそ勝つから!」


 ポラリスの鋭い三白眼を向けられたセリアは同じく笑みを浮かべてポラリスの目を見た。


「けどその前に本科進級審査に合格しなきゃな」


 ポラリスは傷の手当てのために座っていた椅子から立ち上がった。


「それもそうね。三日後に中間結果が貼り出されるし、本当の決着は本科に進級した後で着けてやるわ」


 ポラリスが立ち上がり医務室を出ようとするとセリアもポラリスの後を追って医務室を出た。

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