第17話 私の膝を貸しましょうか?
今後は更新時間を18:20頃にずらします。ご了承ください。
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風呂を上がった俺は那月にせがまれて髪を乾かし、その後にほぼ作り終えていた夕食を温め直して、九時を過ぎた頃にやっと夕食にありついた。
夕食を食べ終え、使った食器を手分けして片付けてから、二人揃ってソファに腰を落ち着けて一息つく。
今日は妙に濃密だった気がする。
「……なんか今日はもうやることがないって考えたら一気に疲労が」
「寝るならちゃんとベッドで寝てくださいね? 身体を痛めてしまいますから」
「そうだな。最近の睡眠不足を取り戻すためにも寝たほうがいいか」
夜は那月の吸血やらなんやらに付き合うことが多く、ちゃんと睡眠時間を取っているはずなのに寝た気がしない日が多かった。
身体は替えの利かない資本……那月の従者としての責務を全うするためにも、常に万全にしておきたい。
「やっぱりちょっと待ってください。よかったら、私の膝で休みませんか?」
しかし、寝ようとする俺を引き留めるように那月が口にして、部屋着で着ている白いショートパンツから伸びる太ももを軽く叩く。
細いながらもふっくらとした肉感のあるそれに思わず目がいってしまい、気づかれたのかくすりと笑い声が聞こえた。
「紅が寝たいのならそれでもいいんですけど、もうちょっと一緒にいたいです。ついでに耳掃除もしましょう。膝枕なら紅は休めますし一石二鳥なので。どうですか?」
「……単に那月が俺を膝枕して好き勝手したいってわけじゃなく?」
「そのつもりでしたけど」
少しは自らの欲望を隠して欲しかった。
ただまあ、那月にそうされることに拒否感はない。
膝枕に対する羞恥はあるけど、耐えられる程度のものだ。
耳かきも何度かしてもらった……もとい、させられたことはある。
恐らく下手ではない。
ちゃんと耳垢を取るという観点で言えば微妙なのかもしれないが、精神的な充足を得る目的であれば那月の耳かきは良いものだ。
自らの睡眠時間と那月の誘いを断ったときのリスクを天秤にかけ――
「…………だったら膝を借りることにするか」
「私の膝くらいいつでも貸し出しますけどね。ちょっと綿棒と耳かきを取ってきます」
那月は有言実行とばかりに張り切った様子でソファを立ち、耳掃除のために綿棒と竹の耳かきを持ってきた。
それからソファの端に座り直し、膝を整えると、
「さ、ごろんと横になってください」
那月から声がかかったので、ゆっくりと頭を膝に預ける。
柔らかい……けど、押し返す弾力もあって、何より温かい。
違和感のない体勢を探していると、「ひゃっ」と可愛らしい声が響いた。
「重かったか?」
「そうではなくて……紅の髪の毛がこちょがしくて。出来れば、あんまり動かないで貰えると」
「……とりあえずこんな感じでいいか?」
那月から耳が見えやすいように位置取ると「大丈夫そうです」と返事があったので、そこから動かないようにしておく。
顔半分に感じる温もりが眠気を誘ってくる。
「それじゃあ、始めますよ。初めは綿棒で外側からやっていきますね」
宣言するなり、耳の縁の方を綿棒と思しき感覚が撫でていく。
こそばゆいような、でも確かな刺激が耳を伝って感じる。
心地よさに導かれるように瞼が落ちた。
「眠かったら寝ても大丈夫ですからね」
「……ここで寝たら那月が動けなくなるだろ」
「一時間くらいなら問題ありません。紅が起きるまで寝顔を堪能しながら撫でまわしていれば時間がどれだけあっても足りませんから」
那月の声には若干楽しげな気配が乗っていた。
こんな男の頭を撫でて何が楽しいのか俺にはさっぱりわからない。
実害自体は全くないし、するのが那月なら受け入れるつもりではあるけど。
「というか、今更ながら申し訳なさを感じてきた」
「私が好きでやっていることですし、頑張っている人にはご褒美が必要でしょう?」
「そんなに頑張ってるつもりはないんだけどな」
「自覚がないのも考えものですね。だったら、私が勝手に感謝していると思ってください。誰も損はしないんですから」
「それはそうなんだけど……」
俺がやっていることなんて手分けをした家事と、吸血関連の相手くらいだ。
これも舞咲の本邸にいた頃と比べれば相当やることは少ない。
那月に訴えたとしても「私のご褒美を受け取れない、と?」なんて言われそうな気がするので、深く考えないことにしている。
会話をしている間も那月の手は止まらず、綿棒で耳をかりかりとなぞっている。
表情が自然に緩む。
それを見られるのはちょっとだけ恥ずかしく感じるけど……隠すことはしない。
「……そういえば、もし俺が耳かきをされながら寝てしまって、朝まで起きなかったらどうするんだ?」
「紅に膝を貸したまま私も寝ます。起きた時のことは考えたくありませんけど、紅を枕にするって考えたら寝心地は案外いいのかもしれませんね」
抱き枕代わりにするならまだわかるけど、普通に枕として扱うのは寝にくいと思う。
「強引に俺を起こすって選択肢はないのかよ」
「紅を起こすなんてとんでもない」
真剣な声音で言わないでくれ。
「とにかく、何も考えずに私の膝枕と耳かきに身も心も委ねていればいいんです」
耳かきの手が止まり、代わるように優しく頭が撫でられる。
二、三度と撫でてから、今度は手櫛で髪をゆっくり梳いていく。
擦れる指の感覚に、意識が少しずつ溶けていく気がして。
微睡みながら那月の耳かきに身を委ねていると――
~~~~♪
近くに置いていたスマホから着信音が奏でられた。
「……那月のだよな?」
「お父様みたいです。このまま出ますね」
那月の父……つまり舞咲家の当主、昌磨さんからの連絡だったらしい。
邪魔になるんじゃないかと思って膝の上から退こうとしたが、那月の手によってそれは叶わず、結局膝枕を継続しながら那月はスピーカーにして通話を繋いだ。
「もしもし、お父様? こんな夜にどうされましたか?」
『すまないね、那月。こんな時間に連絡して。元気でやってるかい? まあ、紅くんがいるから大丈夫だとは思うけどね』
ははは、と穏やかな男性の笑い声が聞こえてくる。
この人は本当に俺のことを過大評価しすぎだ。
嬉しくはあるけど、期待に応えられているのかは不安になってしまう。
『今日連絡したのは、GWはどうするのかと思ってね。春休みは仕事が忙しくて二人と顔を合わせられなかったから、今回こそはと思ったんだけど……』
「そういうことでしたら帰りましょうか。紅もそれでいいですか?」
「大丈夫だ」
『わかった。送迎は水越くんに任せるから安心してくれ。二人と会えるのが楽しみだよ。そういえば……今は何かしていたのかい? 結構近くから紅くんの声が聞こえた気がしたけれど』
「ちょうど膝枕で耳かきをしていたところです。私の膝の上で大人しくなっている紅を堪能していました」
「おい」
それを父親に報告するのはどうなのかと思ったが、杞憂だったようで、少しすると楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
『本当に二人は仲がいいね。同居生活も円満そうで何よりだよ。まあ、那月と紅くんに限ってはなにも心配いらないのかもしれないけれど。僕が邪魔したら悪いから、この辺にしておこうか。二人ともおやすみ』
「おやすみなさい、お父様」
通話が切れて、ふうと那月が息をつく。
「楽しみだな、帰るの」
「春休みはお父様と予定が合わずに会えませんでしたからね。それじゃあ、耳かき再開しますよ」
「……まだやるのか?」
「当たり前です。まだ片耳も終わっていませんし、頭も満足に撫でていません」
なので、大人しくしていてくださいね……? と囁く那月の顔はとても楽しそうで。
邪魔することは出来そうにないなと諦めて、膝枕の感触に身を委ねるのだった。
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