第27話 鬼畜従者の許嫁なんですっ
頬を触りすぎて怒られた(そんなに怖くない)後も那月に膝枕をしていたのだが、途中で本格的に眠くなってきたのかベッドに並んでお昼寝をすることになった。
普段着のままでは寝にくいと考え、楽な部屋着に着替えている。
俺は上下黒のスウェット。
那月はなんともお嬢様らしい丈の長い薄桃色のネグリジェだ。
家ではもっと楽な服装……例えばTシャツにショートパンツなんかで寝ることが多い那月だが、荷物を増やさないようにと服の類いは本邸に置いているものを当てにした結果らしい。
もっとも、こっちにあるものも定期的に新調されているため、サイズが合わないだとか古くて着られない、なんてことにはならないのだが。
そんなこんなで俺は那月と向き合う形で一つのベッドに横になっている。
クィーンサイズのため二人で寝ていても幅には余裕があるが、那月が俺の腕枕で寝たいとのことだったので、身を寄せ合っていた。
同衾には変な話だが慣れているため緊張はしないけど、息もかかるような距離に那月の顔があるのは落ち着かない。
ちなみにベッドはサイズ以外同じオーダーメイドの品なので、寝心地は変わらない。
体重を余すことなく受け止めてくれる絶妙な硬さのスプリングと包み込むように柔らかいマットレスは、いつまで寝ていても身体を痛めることはないだろう。
伸ばされた左腕で那月の頭を支えつつ、右手は那月の希望通りに掛布団の下で重ねていた。
「……紅の手はあったかい、ですね」
「那月の手が冷たいんだよ」
「吸血鬼だからか体温は低めなんです」
へにゃりと目元を緩めながら、掛布団の下の方で脚を絡めてくる。
お昼寝をするならと靴下を脱いで裸足になっていた那月の足はひんやりと冷たい。
俺の脚で暖を取るつもりなのか……?
あんまり温まらないだろうなと思いながらも好きにさせておく。
俺は別に眠る必要はない。
那月が寝るのを隣で見守って、身体を休められればそれでいい。
「それにしても……雨、また強くなってきましたね」
「雨と風の音が凄いな。ここまで荒れるとは思ってなかった。もしかしたら雷も降るかもしれない」
「…………それは嫌ですね」
寝たまま顔を
人目があるところではぐっと堪えて肩が跳ねたり、時折声を漏らすくらいに留められるのだが……そうでなければタコが吸盤でくっつくかのような強度で俺にしがみついて動けなくなる。
トイレにも強引に連れて行かれる俺の身にもなって欲しい。
風呂は流石に停電になったら面倒なので落ち着くまで待つけど、「また雷が鳴りだしたら怖いので一緒に入ってください」と切実な声と表情で迫られては断り切れない。
「怖がらせるつもりはなかったんだけどな」
「そんなこと言って紅は私が怯えるのを楽しんでいるんですよね? 鬼畜従者の許嫁なんですっ」
「……そこまで言わなくてもよくない?」
「…………まあ、流石に今のは私が言い過ぎです。なので、あの、もうちょっとこっちに寄ってもらえるととても非常に助かるのですがというか私が寄りますっ」
返答を待たずして、那月は腕枕に乗せていた頭ごと身体をぴったりと寄せてくる。
俺の胸元近くに埋められる那月の頭。
ほのかに甘い香りが掠めて、長い銀髪がさらりと流れていく。
掛け布団の中ではネグリジェの生地越しに、温かくも柔らかな感触が全身に押し付けられた。
太もも同士が擦れあい、熱を持たせ、喉を鳴らしたような声が聞こえる。
那月の耳はかなり赤く染まっていた。
「頼むから興奮して吸血衝動が――とかは勘弁してくれよ」
「私、そんなに信用がないんですか?」
「吸血に関しては」
正直に思っていたことを告げると、顔を見せないまま唸っていたが、しばらくすると胸元から顔を少し離して――こちらを見上げてくる。
視界に入る陶器のように白い肩。
ネグリジェの襟元の隙間から顔を覗かせるほっそりとした鎖骨のラインと、その奥にある少し影を落とした膨らみの存在に気づいてしまう。
なんとなく、見てはいけない気がして目を逸らすが、今度は縋るように俺を見上げていた緋色の瞳とばっちり目が合ってしまって。
恥ずかしそうにしながらも健気に見つめる那月の姿に、脈拍が早まった。
「――実は、ちょっと危ない、です。でも、これは私だけのせいじゃないですからっ! 紅が……魅力的過ぎるのに無防備なのがいけないんですよ?」
愛おしさすら感じるほどに
視線は躊躇いがちにではあるが俺の首元……いつも那月が吸血をするときに噛む場所へと注がれている。
物欲しそうに薄く空いた桜色の唇。
まるで誘うような雰囲気のそれに理性の方が軋みだす。
俺だって男だし、人間だ。
求められれば嬉しいし、ましてやそれが好きな人からの感情ならば欲望のままに抱き寄せて身体を重ねたいとも思ってしまう。
こんな風に密着していれば当然、身体の接触も増えるわけで……言い訳をするようで本当に嫌だけど、どうやってもそういう気持ちは芽生える。
それに、俺たちの場合は那月の吸血衝動に発情というどうしようもない要素があるのが、ブレーキの緩さに拍車をかけている。
吸血鬼の那月が生きていくには俺の血を定期的に摂取する必要があり、血を吸えば自分の意思は関係なく発情してしまう。
そうなれば解消するまで他のことなど手につかないので、なるべく早めに解決する必要があって、なら仕方ないかと俺は諦めて那月と身体を重ねる。
しかも……形や過程はどうあれ、好きな人との行為だ。
そんなに誘惑されれば俺でも危ないんだぞと口にしようとして。
――カーテン越しにピカッと光ったかと思えば、すぐにゴロゴロッ!! と重低音の雷鳴が響く。
「ひゃっ!?」
瞬間、那月の雰囲気は呆気なく崩れ、反射的に肩を大きく跳ねさせたかと思えば鳩尾あたりに頭を埋め――否、頭突きかと間違うような勢いで押し付けてきた。
思わぬ衝撃に軽く息を吐き出してしまうが、外が光ったときから予想をしていたのでなんとか受け止めることには成功する。
ぷるぷると身体を震わせる那月は、なんとなく小動物感があって可哀想だと思う反面、ちょっと眺めていたくなる愛らしさがあった。
「紅、こうっ……雷、が……」
「そんなに怯えなくてもいいと思うんだけどな。家の中で雷が直撃するわけでもないんだし」
「……あの音がダメなんですっ!! 無性に不安になるようなあの低い音が――ひゅっ」
再び響いた雷鳴。
驚いた那月は喉を詰まらせてしまう。
あまり見られない那月の一面を内心楽しみながらも、そろそろ慰めないと拗ねてしまいそうだと思ったので背中をゆっくりと摩って呼吸を落ち着けさせる。
「しばらくは雷が鳴り続けるだろうなあ」
「…………止むまではこのままでいてください。顔も見ちゃダメですっ!」
「それはいいけど、顔を見るなってのはどういうことだ?」
「絶対にこんな顔は紅に見せたくないので……」
「それは雷が怖くて泣いてる、とか?」
「……………………黙秘します」
間をおいて答えがあった。
まさか高校生が雷で泣くなんてことはない……ない、よな?
ちょっとばかり疑わしくて胸元にぴったりとくっついている那月の背をそのまま撫でていると、またしても鳴った雷の音にびっくりして声を漏らしていた。
「流石に大丈夫だと思うけど、びっくりして漏らさないでくれよ?」
「漏らしませんっ!!」
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