第13話 俺たちと変わらない普通の女の子だよ


「……治孝はるたか。なんかみんな浮かれてないか?」

「そう見えるのも仕方ないって。もうすぐGWだからな」


 朝のHR前に教室の雰囲気がいつもと違うのを感じて事情を知っていそうな治孝に聞けば、そんな答えが返ってくる。

 もうそんな時期……つい昨日二年に上がったばかりな気がするのに、一か月経つのは早いものだ。


「俺もGWは遊ぶぜ……? 目標はおっぱいのでかい彼女を作ることだ」

「堂々と宣言するな。周りからの視線が痛い。俺まで一緒にされるからやめろ」

「連れないこと言うなよ紅~……そういうお前は予定あるのか?」

「仕事だな」

「真面目かよ。でもまあお前は良いよなあ。仕事っていってもあの超絶美少女と一緒なんだろ? 羨ましい限りだ」


 治孝は遠く――静かに座って授業の予習をしている那月へ視線を送りながら呟く。

 今日も今日とて那月は誰とも話すことなく、一人でいるらしい。


 その姿に少しだけ寂しさを感じてしまうも、那月がペンを置き、左手で髪を耳にかけて、ちらりとこちらを見てくる。

 熱を持った緋色の瞳と視線が交わったかと思えば、すぐに逸らされてしまう。


 ……こっちを気にしていた、のか?


「今、俺のこと見たよな。な?」

「うるさい見たのはお前じゃないただの偶然だ」

「そこで『俺を見たんだ』って言わないあたり、ほんと慣れてるよな紅は」


 那月との付き合いはもう十年以上。

 家族同然の距離感だから、ある程度の耐性ができている。


 ……相変わらずどきっとさせられる場面は幾つもあるけど。


「てかさ、治孝って意外と那月のこと、本気で好きってわけじゃないよな」

「ん? ああ。なんつーかさ……悪気は全くないんだが、舞咲は触れられない芸術品って感じがしてな」


 俺に気を遣ってか申し訳なさそうに治孝が理由を口にするも、言いたいことはなんとなく理解できる。


 那月は良くも悪くも優れている。

 毎日のように彼女欲しいと言っているような治孝であっても那月を選ぼうとしないのは、無意識に差を感じてしまうからだろう。


 初めこそ物珍しさで近づくことはあっても、本気で那月と仲良くなりたいと考える人はこの学校にはいなかった。

 かなりの頻度で告白されていると那月は言っていたけど、そのほとんどが了承してくれたら儲けもののように考えているはずだ。


 でも――


「……一応言っとくけど、那月はそんなに完璧でも、手の届かない超人でもないからな。普通に悩んで、失敗して、試行錯誤して成功を目指す。そういう、俺たちと変わらない普通の女の子だよ」


 一人でも那月を理解してくれる人がいたならどれだけいいだろうかと、考えなかったことはない。


「あんまり天才とかって色眼鏡で見ないでやってくれ。意外とメンタル弱いんだ、那月は」

「…………紅がそこまで舞咲のことを話すなんて珍しいな。いつもは近寄るな~って感じなのに、どういう風の吹き回しだよ」

「治孝ならまあ、いいかなと思っただけだ。変な気も起こさないだろ?」

「そりゃ当然。こう見えて紳士で通ってるからな」

「変態紳士の間違いだろ」

「ひっでぇ!」


 おっぱいでかい彼女が欲しいとか公衆の面前で言ってるような奴が変態じゃなくてなんなんだよ。


「まあ、俺が舞咲を狙うとかはあり得ないから安心しろよ。熟年夫婦に割って入るような度胸はない」


 いかにも「わかってるぞ」とでも言いたげな笑みを浮かべている治孝。

 余裕ぶった表情に対抗するべく、少しだけ苛立っているような雰囲気を出して、


「……何が言いたい?」

「別に? 舞咲、いつも孤高に見えてやっぱり可愛いからな。狙ってるやつは意外と多いんだぞ」

「知ってるよそんなこと」

「唯一舞咲がまともに話す男は違うねえ」

「そういうのじゃない。俺と那月は――」


 ……俺と那月は、なんなのだろう。


 改めて考えると、明言しがたい関係性なことに気づいてしまった。

 友達と呼ぶには深入りしていて、恋人では明確に違うし、家族も似ているようでズレている。

 許嫁は……まあ、置いておくとして。


 でも、一つだけ確かなのは、那月は俺に取ってかけがえのない大切な人ということだ。

 それだけは絶対に、今後何があろうとも変わらないだろう。


「紅と舞咲は、なんなんだ?」

「……別にいいだろ」

「誤魔化したな」

「うるさい。HR始まるから帰れ」

「へーい」



 四限の国語を終えた俺と那月はいつものようにテラス席を占領しながら昼休みを過ごしていた。


「……紅が作る玉子焼きはどうしてこんなに美味しいんでしょう」

「普通だろ? 屋敷で食べてたものの方が素材も味も上だし」

「それはわかっていますけど……これが愛の味ということですか?」

「恥ずかしいからやめてくれ」


 綺麗に黄色く焼きあがった甘めの玉子焼きを食べていた那月に苦い顔で返すも、本当に美味しそうな顔をして食べているせいで、恥ずかしさよりも嬉しさの方が上回ってしまう。

 俺は那月の従者になるにあたって、礼節、家事、主人を守るための体術などを叩き込まれている。

 なので料理も相応に出来るわけだが、本職の人には及ばない。


 経験も年季も本職の方が遥かに上だから当たり前だけど、そんな俺の料理をこんなに美味しそうに一年以上も食べてくれる那月には感謝しかない。


「私もいつかこんな風に美味しい料理を作れますかね」

「那月の頑張り次第だろうな。着実に上手くなってるとは思うけど」

「人は失敗から学ぶのです。いつまでも黒いスクランブルエッグを作る私ではありません」

「あれは酷かった……砕ける食感のスクランブルエッグを食べる機会はそうそうないだろうな」

「…………その通り過ぎて何も言い返せませんね」


 那月も苦い記憶を思い出したのか、ささーっと目を逸らしていく。


 テラス席へ続く扉が開けられたのは、そんな時だった。

 誰かの気配を感じてそっちを向くと、サイドテールの小柄な女子生徒が俺たちの方を見て立っている。


「あ、あのっ! 神奈森先輩っ! お昼一緒に食べてもいいですかっ!」


 声の主はこの前、放課後に俺を呼び出してハンカチを返してくれた一年生――明日香だった。


 彼女の腕には弁当らしき包みが抱えられていて、その一言を口にするのにも緊張していたのか足は僅かに震えている。

 それも無理はない。


 俺と那月がテラス席を占領して二人だけで昼食を取っていることくらい、少し聞いて回れば知ることができるはずだ。

 噂によるとここを昼休みに訪れる生徒は『命知らず』なんて呼ばれているらしいし。

 取って食ったりするつもりはないんだけど、誰かが来ると決まって那月の機嫌が悪くなるからそういうことなのだろう。


「俺は別にいいけど、那月は?」


 念のため聞いてみると、那月は難しい顔で明日香へ視線を送っている。

 緊張感のある空気を感じたのか明日香は黙って那月のことを見続けていたが、


「私がいたら邪魔、ですか?」


 探るように聞く那月。

 聞かれた側は「邪魔じゃない」って答えるしかないやつだろ。

 それと不穏な気配をどうにかしてくれ。


 対人関係が苦手なだけで悪気がないのはわかっているけど、それじゃあ明日香が怯えてしまいそうだと思っていたが、


「いえいえいえいえ! むしろ舞咲先輩ともお話してみたいと思っていました!」


 驚いてはいるけど恐れてはいない笑顔で那月の言葉を否定した。


 こんな風に接してくる人は、思えば初めてな気がする。

 表裏を感じさせない明日香のそれに何かを感じたのか、那月は少しだけ考える素振りを見せてから、


「…………でしたら、どうぞ座ってください」

「っ! いいんですかっ!?」

「そういう意味で言ったつもりです。テラス席が私たちの貸し切りなんて決まっている訳でもありませんし」

「ありがとうございますっ!」


 不器用ながらも明日香を受け入れる選択をした那月に内心感心しながら眺めていると、明日香は空いている間の席に座った。


「よかったのか? 那月」

「……構いません。彼女が紅と一緒に昼食を取りたいのなら、私がいても問題ないはずですから」

「すみませんっ! お邪魔しちゃいました、よね」

「那月がこう言ってるんだから気にするな。一応言っておくと怒ってるわけじゃないぞ。経験がなくて戸惑ってるだけだ」

「人をボッチみたいに紹介しないでください」

「言い訳できないだろ?」


 那月が苦い顔で目を逸らしていくのを明日香は意外そうに見ていた。


「舞咲先輩に友達がいないって噂は本当だったんですね……」

「……………………そんな噂が」


 裏で流れていた噂を知ってしまった那月は力なく項垂れてしまい、それを初めに口にした明日香は「あ、えっと……ごめんなさい!」と那月に謝っていた。

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