第14話 わたし、負けませんから


 噂を知ったショックから数分後に立ち直った那月がこほんと咳払いを挟み、


「……遅くなりましたが、自己紹介だけでもしておきましょうか。私は二年の舞咲那月です」

「同じく二年の神奈森紅だ」

「あ、えっと、一年の明日香雫です!」


 那月と明日香は名前は知っていても初対面。

 俺も二度目……いや、入学式のことがあるから三度目だけど、ほぼ面識はないに等しいため、案の定というべきか会話が長続きしない。


 那月も明日香も緊張しているからだろう。


 でも、那月が対人関係の経験を積むには丁度いいかもしれない。


「明日香は何か用事があったのか?」

「用事というか……その……」

「……明日香さんは紅のことが気になっているんですよね?」


 もじもじとしていた明日香に那月が直球の質問をぶつけてしまう。

 コミュニケーション下手か、とつい言ってしまいそうになったが、那月の鋭い視線によってそれをさえぎられる。


 これは俺が聞いていい話なんだろうかと思いながらも逃げることは許されなさそうなので静かに戦況を見守っていると、


「えっ!? えーっと、その……いい人なんだろうなあ、とは思って、います」


 言葉を区切りながら慎重に明日香は言い切り、ぎこちない笑みを浮かべていた。

 だから那月は圧をかけるんじゃない……完全に明日香が委縮してる。


 しかし、那月は顔に喜色を滲ませて前のめりになり、


「そう! そうですよねっ! 紅は不愛想で素直じゃなくて、気遣いとか無縁に見えますけど、色んな所に気づいてくれるんです」

「人が黙って聞いてると思って好き勝手言ってくれるな……?」

「明日香さん、紅はこう言っていますけど、実際は全く怒っていません。照れ隠しです」

「あのなあ……」

「……なるほど勉強になります舞咲先輩っ!」


 那月の謎解説に明日香が乗っかってしまったので、これはもう止められそうにないなと諦める。

 実害がないからいいけど、からかわれるばかりでは面白くない。

 後でちゃんと仕返ししよう。


「明日香さんが紅と出会ったのも、怪我をしていた明日香さんにハンカチを貸したからでしたよね」

「知っていたんですか?」

「話は聞いています。紅は明日香さんが困っているのを見過ごせなかったのでしょう。昔からそうですからね、紅は」

「……もしかして神奈森先輩って天然の女たらしなんですか?」

「身に覚えのない誹謗中傷が聞こえた気がする」


 俺は一度も女性に好かれるのを狙って優しくした覚えはないぞ。


「無自覚って一番質が悪いと思いません?」

「舞咲先輩に同意です。神奈森先輩に邪な考えがないのも厄介ですね……」

「そういう優しさに女の子は案外コロっと落ちてしまうと理解していないんですよ。本当に困ります。それが紅のいいところでもあるのですが」

「……これ、誘導尋問です? わたし、気づかないうちに罠にめられてます?」

「どうでしょうね。紅から明日香さんとの一件を聞いたときから後で個人的にお話はしたいと思っていましたけど」


 うふふ、と楚々とした笑みを浮かべたままの那月と、なんとなく助けを求めていそうな困り顔の明日香。

 正直何のことを話しているのかさっぱりわからなくなったけど……意外にもこの二人は話が合うらしい。


 俺以外と学校で関わって、こんなに楽しそうな顔をしている那月は初めて見たかもしれない。


「明日香。那月と話してみてどんな感じがする?」

「どんな感じと聞かれても……意外と普通? ですね。もっと気難しくて高圧的で他人には興味ありません、みたいな人って話を聞いていたので」

「……私、そんな風に見られていたんですね」

「日頃の行いだな。多少ねじ曲がってる気がするけど大体合ってる」

「紅は私の味方をしてくれるんじゃないんですか!?」

「公正な立場から判断をしてるだけだ。でもまあ、明日香が言う通り、那月は普通なんだ。悪いやつでもない。ちょっと人との距離感がわからないだけでな――いっっ」


 テーブルの下で俺の脛を容赦なく蹴ってくる那月はあからさまに怒っていますよアピールをしていた。

 言い過ぎでも誇張でもないと思うんだけどな……那月にとっては不服だったらしい。


「……本当に二人は仲がいいんですね」


 明日香が小さな声で零す。

 俺と那月を交互に見やるその目には、羨望せんぼうのような感情が宿っている気がした。


「人生の半分以上は一緒にいるからな。いいとこも悪いとこも知ってる」

「今では色々あって二人で暮らしていますからね」


 …………ん?


「……………………二人で、暮らしているんですか?」


 那月が口にしたことを明日香が恐る恐る復唱し――口を滑らせたことに気づく。

 話してよかったのかと那月をちらりと見るが、平然とした表情を崩していない。


「そうですよ? 高校入学から家を離れて紅と二人、一つ屋根の下で暮らしています」

「……えっと、すみません、わたしの理解が間違っているかもしれないんですけど、その、二人はお付き合いをしている……んですか?」

「お付き合いはしていません。ただ、許嫁なだけ・・・・・です」


 にっこりと、己の容姿を最大限に生かすような笑顔を浮かべながら明日香に特大の爆弾を言い放った。


 ……那月は何を考えているんだ?


 わざわざ秘密を明かしてまで那月は明日香に何を求めている?


 ……わからない。

 まるで何を考えているのかわからない。


「許嫁、ですか」

「そうです。将来は結婚することになると思います。まあ……紅が頷いてくれたらの話ですけど」

「あのなあ……那月が話してもいいって判断したなら俺は何も言わないけど、本当によかったのか?」

「大丈夫ですよ。明日香さんはきっと秘密にしてくれるはずですから」


 那月がそう言うなり、明日香の耳元に顔を寄せて何かを囁くと、効果は劇的だったようで明日香は目に見えて顔色を変えた。


「……舞咲先輩、それ嘘じゃないですよね?」

「こんなことで嘘をつく必要がありません」

「強者の余裕、ということですか。……わかりました。今聞いたことは秘密にします」

「交渉成立ですね。連絡先も交換しましょう。それと……私のことは那月でいいですよ。その代わり、私も雫さんと呼びますから」

「……那月先輩。わたし、負けませんから」

「私もですよ」


 俺には何が何だかわからないまま二人が握手を交わし、おもむろに連絡先を交換し始める……のだが、那月が手間取っていたのはご愛敬だろう。

 最終的に明日香が手取り足取り教えたことで無事完了したようで、


「今日のお昼休みは有意義でした。同志と巡り合うことができたのですから」

「わたしもまさか那月先輩と仲良くなれるとは思っていませんでした。またご一緒させてもらってもいいですか?」

「雫さんならいつでも歓迎しますよ」


 二人が仲良くなってくれたのは良いことなんだけど……微妙に疎外感を感じるのはなぜだろう。

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