第10話 むっつりは余計です


「――で、結局昼過ぎ、と」

「本当にすみません……」


 俺が特になんの意味もなくぼやくと、那月が申し訳なさそうに謝ってくる。

 処理を終えて色々と綺麗にするため交互にシャワーを浴び、洗い流してしまったメイクを整えるのを待った結果、ホテルを出たのは午後一時過ぎだった。


 入ったのが十時前と考えると……まあ、こんなものだろうという時間ではあるけど。


「気にしてない。そういうものだってわかってるからな」

「それはそうなんですけど……恥ずかしいです。ああなっているときの私は制御が効かなくなってしまうので、色々誤解されている気がして……」

「これが原因で那月を嫌いになるとかはないから安心しろ」


 気落ちしている那月を励ますように言ってみるも、あまり効果がないように見える。


 高校生という思春期に吸血というどうしようもない外的要因があるとはいえ、発情して行為に及んでいれば不思議ではないか。

 那月の気持ちを考えると医療行為と割り切れ、なんて冷たいことも言えない。


 普段の那月は吸血後もさほどテンションを落とさないのだが、今日に限っては例外らしい。

 はあ、とついてでるため息は質量があるのかと錯覚するほどに重く、心なしか表情もしゅんとしていた。


「本当に、紅は……いえ、今はその天然な言葉も効きますね」

「天然」

「馬鹿にしているわけではないんですよ? むしろ褒めています。私を否定しないことに深い意味がなかったとしても、そうやって気遣える精神性がとても尊いものだと思いますから」

「……そうなのか」

「そうなんです。紅のそういうところに、私は何度も救われています」


 ふふ、と笑みを零す那月の横顔は、真っすぐに先を向いていて。


「ともかく――主に私のせいではありますが、気を取り直して今日の本題といきましょう。時間は有限です。一日は二十四時間しかありませんし、気を抜いていたらすぐに日が暮れてしまいます」

「張り切って買い物にいくのはいいけど、那月は腹減ってないのか? もう昼も過ぎたし、動いて体力使ったし」

「……デリカシーという言葉を知っていますか?」


 口にしてから俺も良くなかったなとは思ったけどさ。

 他にどう言ったらいいんだよ……直接的な表現をしなかっただけ良いと思う。


「……ともかく、出来るなら先に食べておいた方がいいんじゃないか? 買い物を中断して食べに行くのも面倒だし」

「それはそうですね。それにお買い物の途中でお腹が鳴ったら恥ずかしくてどうにかなってしまいそうですから」


 那月は自らのなだらかな腹を服の上から摩りつつ、茶化すように口にする。


「何が食べたいとかの希望は」

「私はあまり重いものでなければ。紅こそ食べられそうですか?」

「それは問題ない。むしろ食べて吸われた分を取り戻しておかないと」

「……今日のは不可抗力ですからね?」

「わかってる」


 那月が抱える吸血衝動というのは厄介なもので、発動するのにはいくつかの条件がある。

 長期間血を摂取しなかったり、血を見たり匂いを嗅いだりの直接的な刺激によって呼び起こされる場合、そして――性的興奮をしたときだ。

 今回の場合は一番最後なのだが、これは性的興奮を吸血衝動として脳が錯覚することで起こるらしい。


 らしい、というのは過去に吸血鬼としての本能があった者や、那月自身がそのように言っているからだ。

 俺としてはあまり符号で結びつかないのだが、当人たちが言うのであれば信じるほかない。


 つまり……今回の一件は那月が何かに対して性的興奮を覚えた結果の吸血衝動であるわけで。


「今回の理由を考えると那月が途端にポンコツに見えて仕方ない」

「ポンコツ……っ!?」

「じゃあむっつりの方がよかったか」

「女性にむっつりはないと思いますっ!!」

「悪い、悪かった。責めてるわけじゃないんだって」

「でも笑ってましたっ!」


 ぽかぽかと横腹を叩いてくる那月だけど、力自体は強くないのでこそばゆいくらいの衝撃しか伝わってこない。

 ちょっと笑ったのはもう仕方ないだろ。


 那月は全く効果がないとわかったのかむくれながらも手を引っ込め、


「……紅は、そんな私を嫌いになりますか?」

「ならない。なるはずがない。むっつりも含めて那月だ」

「むっつりは余計です」

「初めから思ってたけど否定はしないよな」

「~~~~っ! 紅は意地悪ですっ!」


 ぷいっ、と顔を背けてしまう那月だが、声音から本気で怒っている訳ではないとわかる。

 手は繋いだままだし、俺を置いていくように足を速めることもない。


「那月」

「…………なんですか」

「怒ってたら折角の可愛い顔が台無しだ」

「っ! そ、そんな都合のいい言葉に私は騙されませんよ。適当に褒めておけば機嫌を良くしてくれると思ってるのが丸わかりですっ」

「俺は嘘でこんなことを言うと那月に思われてるのか……正直、結構ショックだな」


 はあ、とわざとらしいくらいに残念がってみると、那月はピタリと立ち止まり、沈黙を続けたのちに振り返り、


「………………この茶番、いつまで続けるつもりですか?」

「那月が機嫌を戻すまで」

「私が怒ってないってわかっててやってますよね」

「反応が面白くて、つい」

「やっぱり意地悪ですよ、紅は」

「そこは変わらないのな」

「そうです。だって……可愛いなんて言われたら、自然ににやけてしまうのを止めるので精いっぱいなんですよ? しかもこんなに人目がある街中でそんなことを言うのは、意地悪以外の何物でもありませんっ」


 伏せた顔、幕のように下りる銀色の前髪から僅かに覗く顔色は赤かった。

 よくみれば耳まで赤くなっているし、繋いでいた手も震えている。


 ……なんだろう、この言葉にするのが難しい感覚は。


 庇護欲を掻き立てられる、というのだろうか。

 微妙に違う気がするな。

 確かに守りたいのはその通りだけど、褒められて恥ずかしがる那月を見ていると、さらに追い打ちをかけたくなってしまう。


 いじらしい那月の姿に自分の中の新たな扉が開きかけるも、その思考を今は不要だと振り払って、左手でそっと傍に抱き寄せる。


もだえてるところ悪いけど、人の邪魔になってるからな」

「っ! ……ありがとうございます」


 小さな声で那月は言い、周りを確認してからすぐに離れた。


「……本当に、紅はこれだから」

「何か言ったか?」

「なんでもありませんよ。それより、早くご飯を食べに行きましょう」

「そんなに腹減ってたのか」

「…………はあ」

「なんで俺そんなため息つかれてるんだ?」

「少しは女心を理解する努力をしてください」


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