第3話 余計なお世話です
支度を済ませた俺たちは徒歩で三ツ和高校へ向かっていた。
三ツ和高校は舞咲が運営する私立高校のため、俺たち二人が通うには都合のいい場所となっている。
誤解がないように言っておくと、ちゃんと受験はして入っている。
入試の順位は那月が堂々の一位で、俺は確か十何位だったはず。
仮にも那月の従者なのだから不甲斐ない成績は取れなかった。
もう一年前か……入学式の新入生挨拶でガチガチに緊張してた那月の姿が懐かしい。
那月は吸血鬼という特殊な事情が相まって、小学校は途中で行けなくなってしまい、中学校もほとんど登校できなかった。
勉強の方は家でどうにでも出来たが、対人関係のスキルはあまり高くない。
舞咲の本邸には沢山の使用人がいるが、彼らと話すのと同年代のクラスメイトと話すのは本人的に勝手が違うのだとか。
昔のことを思い返していると春先の程よい陽気に眠気を誘われてか、欠伸が一つ出てしまう。
「紅……すみません。もしかして昨日、吸い過ぎましたか?」
「……いや、わからん。単に眠いだけだと思う。なんとでもなるレベルだから問題ない」
「ならいいのですが……無理は禁物ですよ。原因になっている側が言うのもおかしな話ですけれど」
確かに元を辿れば那月が吸血をきっかけに発情し、どうしようもなくなった性欲を発散するために身体を重ねたからなのだが……それを言われるとちょっとだけ意識してしまう。
隣を澄ました顔で歩いている那月が乱れていた姿はばっちり記憶に残っている。
何度もしていて、それが生理現象的な仕方なさを伴う理由だとしても、健全な男子高校生としては複雑な思いを抱かざるを得ない。
邪な思考を意思の力で無理やり打ち切り、晴れ渡った空へ視線を向ける。
「陽射しは大丈夫か?」
「少々眩しいですが……なんとか。日焼け止めもちゃんと塗っていますし」
那月が僅かに首を空の方へと傾け、目元に手で影を作りつつ目を細めながら呟く。
吸血した後の那月は吸血鬼としての特徴が少しだけ強くなるため、陽射しを普段よりも眩しく感じるらしい。
また、肌も日光に弱いため、常に日焼け止めなどの対策が欠かせない。
こればかりは個人的な感覚だから俺には完全に理解することは叶わないものの、本人が言うには日常生活に支障はないとのこと。
「那月こそ具合悪くなったらすぐ休めよ」
「私の方は調子が良すぎるのが原因ですけどね」
「……こっちは毎日のように貧血気味だっていうのに」
「夜は血を作りやすい食事にしましょう」
「やらない選択肢はないのかよ」
この頻度で吸血されてたら、いつ貧血で倒れてもおかしくないぞ。
それが本当に必要なことなら甘んじて受け入れる覚悟があるけど、血を摂取するのは月に一度程度でも問題ないことを知っている。
つまり、吸血の回数が多いのは那月が俺の血を吸いたいからというだけの理由だ。
那月は「紅の血は美味しいので」と言っていたが、だからといって頻度が多すぎる。
なんだかんだで一年は耐えきれているけど、乾涸びる日も近いのではなかろうか。
そんな会話をしつつ登校していると、同じく周囲を歩いていた人たちから視線が集まっていることに気づく。
その対象は俺ではなく那月。
容姿の優れた那月は自然と注目を集めてしまうのだが、もう慣れてしまったのか気づいていても反応する様子はない。
何かあればすぐにでも動けるように俺が近くで目を光らせているからか、近づこうという人はほぼほぼいない。
それでもごくまれにいるのは、那月の魅力が俺の存在を上回るほど高いという証明だろうか。
「紅? そんなに私のことを見てどうしましたか?」
「んや、別に。人気者は大変だなと思っただけで」
「……人気者と呼ばれるには少々人との関りが薄い気もしますけど」
「友達いないもんな」
「余計なお世話です」
つんとした調子で返されるも、本気で怒っているわけではなさそうだ。
那月は舞咲という端的に言ってお金持ちの家の生まれだからか、善悪を問わず周りには常に人が寄ってくる。
しかし、そんな程度の考えを那月に読めないはずがなく、友達と自信を持って呼べる人が中々出来ない。
加えて那月自身も他者と関わるのをなるべく避けている節があるために、なんと入学から一年経った今に至るまでで出来た友達の数は驚異のゼロ。
正直、俺は一人くらい出来ると思っていただけに、なんとも言えない感情を日々募らせている。
入学から一年経った今、那月に話しかける人は多くなく、ほぼ一人で過ごす主人の姿を見るたびに胸が痛んでしまう。
「でも、告白自体は減らないんだろ?」
「困ったことにそうなんですよね。断る以外の選択肢がありませんけど。申し訳ないですが異性としても人間としても、紅以上の魅力を感じませんから」
「…………それは那月の好きにしたらいい。俺が口を挟むことじゃないからな」
親公認で許嫁扱いをされているとはいえ、那月の恋愛を阻む理由はどこにもない。
嫌じゃないかと聞かれれば少し……本当に少しだけ嫌だと感じてしまうけど。
男の嫉妬なんて見せられたものじゃないとはわかっている。
恋人でもないのに独占欲を出されても那月が面倒に感じるだけ。
だけど、那月が滲ませている好意に気づけないはずもなく。
顔が熱を帯びたのを誤魔化すようにそっぽを向いて歩き続ける。
学校に到着した俺たちは色とりどりの視線を浴びながらも校舎に入り、上履きに履き替えようとして――下駄箱に、白い封筒のようなものが置かれていたことに気づく。
下駄箱の中で外側だけ確認してみるが、差出人などの情報はない。
中には綺麗に折りたたまれた紙が入っているようだ。
つまり、そういうことだろう。
「紅? 考え事ですか?」
「ん、ああ。なんでもない」
那月には何もなかった風を装い、その封筒を鞄のサイドポケットに入れ、二年一組の教室へ向かった。
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