第5話 私だけを見ていたらいいんです
午後の授業を終えた俺は手紙で指定されていた体育館裏を訪れていた。
ここは告白スポットとして有名で、俺も一年の頃に何度か呼び出されて訪れたことがある。
学校ではあまり人と関わることがない俺にどこで興味を持ったのかわからないが、告白してくる物好きが年に数人はいるとは思わなかった。
好きになる云々以前の問題なので丁重にお断りしているけど。
俺だけに手紙を送っていることから、用事があるのは那月ではないだろう。
この学校で俺が那月の関係者だと知らない人はほとんどいないはず。
良くも悪くも那月……というか、舞咲の名は知れ渡っている。
「――ごめんなさいっ! お待たせしました!」
思考を中断させたのは軽い足音と、快活そうな少女の声だった。
振り向いて俺を呼び出したであろう張本人の姿を確認する。
明るめの茶髪をサイドで一つにまとめた小柄な女子生徒。
はあ、はあと息を切らしているのは俺を待たせないようにと走ってきたからだろう。
小動物のような愛嬌のある仕草は庇護欲をかきたてられる。
だが、見たことのない顔だった。
今年入学したばかりの一年生だろう。
「下駄箱に手紙をいれたのは、君?」
「えっと……はい。わたし、
「明日香、ね。呼び出された手前、知ってると思うけど……二年の神奈森紅だ。それで、こんな場所に呼び出すからには、何か用事があったんじゃないのか?」
「そのことなんですけど……その、入学式の日に転んでひざを擦り剝いていた私に貸してくれたハンカチを返したくて……っ!」
明日香はポケットから取り出したクリーム色の四角い布を差し出してくる。
そこでようやく、そんなこともあった気がすると思い出した。
「本当はもっと早く返せたらよかったんですけど……その、どうやってお話をしに行ったらいいのかわからなくて」
「で、結局手紙になった……と。普通に教室まで来たらよかったのに」
「……無理ですよ、それは。だって、神奈森先輩はあの舞咲先輩の彼氏さん……なんですよね?」
「……………………俺が那月の彼氏? 違うぞ?」
思ってもいなかったことを告げられたため否定を返すと、明日香は心底驚いたように口元に手を当てて目をぱっちりと見開く。
「え、でも、いつもあんなに仲良さそうにしてるじゃないですか」
「俺は舞咲で働いている使用人みたいなものだ。那月と仲が良いように見えるのは付き合いが長いからだろうな。でも、断じて彼氏彼女とかの関係じゃない」
誤解されたままでは那月を困らせると思い、きっぱりと否定をしておく。
一体誰がこんなことを言い始めたんだ。
二年以上の生徒は大体事情を知っているだろうし、やっぱり一年か?
「……じゃあ、わたしにもまだチャンスがあるってことなんだ」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもありません! 借りていたモノも返したことですし、わたしはこれで失礼しますっ!」
明日香は俺にハンカチを押し付けるようにして返すと、妙にキレのいい動きで回れ右をして足早に去っていった。
曲がり角に消えていく明日香を見送り、何事もなくてよかったなと顔には出さず安堵して、
「……で、そろそろ出てきたらどうだ?」
この場にいるであろう第三者に向けて声をかける。
数秒ほどの沈黙が続いて――体育館へ続く非常階段から足音が聞こえた。
「やはり気づいていましたか」
そこから現れたのは案の定、薄い笑みを崩さない那月。
自分の予想が現実となってしまったことに頭を抱えたくなる衝動を抑えつつ、呆れ顔を那月へ返す。
「盗み聞きの趣味があるなんて知りたくなかったよ」
「舞咲に勤める従業員を監視していただけです」
「開き直るなプライバシーの尊重をしてくれ」
「つまりあの子との
「ハンカチを貸しただけの関係だ」
「そこから男女の関係が始まる可能性もゼロではありませんから」
それはまあ、そうなのかもしれないが。
「……俺が那月から離れて動く時間がどれだけあると思う?」
「お手洗いの時間があれば可能性がないこともないでしょう」
「女
「現に
「誤解だ。明日香はハンカチの礼をしに来ただけだろ」
「そうでしょうかね? 私の女の勘がビシビシと訴えていますよ。彼女は紅のことを少なからず意識していると」
「勘で人の好き嫌いがわかるなら便利なものだ」
俺に限ってそんなことはないだろ。
明日香にやったこともハンカチを貸しただけだし。
「……紅は、私だけを見ていたらいいんです」
ふらり、と那月が近付いてきて、胸に軽く頭を預けてくる。
いきなり加わる重みを驚きつつも受け止め、
「那月……ここ、学校だぞ」
「だから何ですか。こんなこと、私とするのは慣れているでしょう?」
「違くてだな? 誰かに見られたらどうするんだよ。あらぬ噂を流される」
「私が実は紅と恋人同士だ――とか、ですか?」
「わかってるなら離れてくれ。那月も噂話になるのは望んでいないだろ」
「…………………………はあ」
「なんで特大のため息つかれてるんだよ俺は」
「知りません。自分で考えてください」
俺の何かが気に障ったのか、那月は態度を一転させて離れ、俺を待つことなく先に歩いていく。
……やっぱり女心というのは理解できそうにない。
「用件が済んだのなら帰りましょう。それから――今日の夜も、よろしくお願いしますね?」
くるり、と振り向いて告げられた夜の予定。
瑞々しい唇から覗く紅い舌先が、妙に艶やかに感じる。
「昨日もしたばかりだろ。足りなかったのか?」
「二日連続がダメなんてことはないと思います」
「身体の負担を考えてくれ」
「でも、毎回気持ちよさそうにしていますよね」
「血が足りないって話だよ」
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