第6話 俺の何を削ってでも
「……ほんと、静かに寝てると子どもみたいなんだけどな」
深夜。
那月から求められたが、昨日の今日だったためかすぐに満足して眠った那月の寝顔を隣で眺めながら、起こさないよう小さな声量で呟いた。
学校があるのに二日連続で吸血とは、この雇い主に手加減という考えはないらしい。
せめて休日の前にしてくれないかな。
休日前なら良いってわけでもないけどさ。
「というか、最近頻度が増えてる気がする」
これは由々しき問題だ。
那月が吸血鬼としての本能を覚醒させたのが小学二年生……八歳の頃。
その頃から俺は那月に吸血され続けてきたが、両者の安全を見て月一程度のペースに落ち着いた。
俺の負担を可能な限り減らしつつも、那月が外で吸血衝動を起こさないようにするためには丁度いい塩梅だったのだ。
しかし最近……高校に入学してから月一だった吸血は半月、週一とどんどん短くなって、そこに身体を重ねる行為が追加された。
そういうことは然るべき関係の人間がやることだと断ろうとしたのだが……まあ、現状は見ての通りである。
初めてそうなった日の後はとんでもない罪悪感に見舞われて、直接那月の父親……
『……それは、済まないね。でも、僕たちは紅くんを那月の許嫁に――と以前から考えていたんだ。嫌なら強引に断ってもらっても構わないが、もしそうではないのなら相手をしてあげて欲しい』
なんて、容認するような言葉を貰えば、俺には断ることなんて出来なかった。
学生の間に妊娠というのは
舞咲の財力ならそれでも暮らしていけるんだろうけどさ。
実際、舞咲の次期当主には那月の兄にあたる
俺も何度かあったことがあるが、本当に信頼できるいい人だ。
『那月が最も信頼しているのは紅くん、君だ。だから、出来ることなら君に預けたい。それに親贔屓かもしれないが、那月はとても可愛くて器量もいい。優良物件だと思わないかい?』
昌磨さんの言葉を思い出し、今一度那月の寝顔へ目線を送る。
容姿端麗、頭脳明晰――才色兼備を体現するかのような存在である那月。
あまり他者と進んでコミュニケーションを取ろうとしないが、那月がその気になれば集団の中心人物として活躍することも容易だろう。
……本当に、俺とはまるで価値が釣り合わない。
「それでも、決めたんだ。何があっても那月の傍にいる。もう一度あの酷い姿を見るくらいなら、俺の何を削ってでも」
鮮明に思い出せる記憶。
那月の髪を軽く指先で梳きながら、そこにいることを五感に染みこませる。
絡まることのない細く艶のある白銀色の長髪は、とても手触りが良かった。
もぞり、と那月が軽く身じろぐ。
起こしただろうかと手を止めるも、そんな様子がないことに安堵して。
「……那月。いつかちゃんと伝えるよ。一生隣にいて欲しいって」
寝ているのをいいことに秘めていた想いを言葉にして、華奢な身体を軽く抱きしめてから、ごろんと反対側に寝返りを打って目を閉じた。
◆
「……那月。いつかちゃんと伝えるよ。一生隣にいて欲しいって」
何かに触られた気がして薄っすらと覚醒した意識に入り込んできた声で、私の頭は完全に目覚めてしまった。
……………………そういうことは面と向かって言ってくださいっ!!
心の中で叫んだが、欠片たりとも表に出さずに覆い隠し、狸寝入りを決行する。
こういうときこそ冷静に、ですよ……舞咲那月。
自然に頬が緩んでしまうのをどうにか引き締めていると、今度は温かな感覚に包まれる。
恐らく抱きしめられているのでしょう。
それ自体は慣れています。
ええ、慣れていますとも。
ですが……想い人に抱きしめられるのは何度されても嬉しいものです。
跳び起きて「私も同じです」と伝え、抱き返して、そのまま――なんて考えてしまうくらいには。
事実として将来、そうなる可能性が高いことも理解していますし、そうなったらいいなとも思っています。
なんならもう頭の中では結婚して、盛大な式を挙げて、子供は二人……いえ、三人の平和な家庭を築くところまで想定済みです。
……ではなくて。
(そんなこと言われたら、もっと好きになってしまうじゃないですか。ダメですよ。吸血の頻度が増えてるのはそれが原因なのに)
私は高校生になってからというもの、吸血衝動に関係なく紅の血を吸っていた。
どちらかと言えば吸血に付随する行為の方を目的としているのですが……流石にこんなことは恥ずかしくて言えません。
紅にエッチな女の子だと思われたくありませんし。
……あれだけしていたらもう遅いのかもしれませんけど。
私たちはまだ高校生で色々と早いのも自覚しています。
ですが、今のうちに手を打っておかなければならないのです。
家柄から手の出しにくい私と違って、紅はあくまで舞咲に勤めているだけ。
お父様は実質的に許嫁だと話しているはずですが……それも紅が受け入れてくれなければ白紙になってしまいます。
高校生ともなれば打算的な考えで紅に近づく人は増えるでしょう。
私に取り入るのは難しいと思っても、優しい紅ならあるいは……と考える人がいてもおかしくありません。
多少不愛想で言葉にしない部分はありますが、紅が本当に優しいことは一緒にいればわかるはずです。
こんな私すら受け入れてくれるような人ですから、何の
少なくとも、吸血鬼という存在は現代において普通とは呼べませんから。
紅もあの様子だと告白には慣れていそうでしたし……現に明日香さんの目は紅のことを意識しているように感じました。
真っすぐな眼差しに秘めた確かな熱量。
紅は全く気付いていなかったようですけどね。
あれは女の目です私にはわかります。
だから、誰かに取られてしまう前に紅をものにしないといけないと思っていたのに。
(……好きならちゃんと伝えてくださいよ、紅。私も人のことは言えませんけど)
私は端的に言って焦っています。
だって……まさか紅と身体の関係になったのに、一年経っても私との将来を認めようとしないとは思っていませんでした。
吸血のたびに発情してしまうようになったのは高校生になってから……これは身体の成長段階に吸血鬼の本能が追いついてきたからなのでしょう。
少なくとも高校入学前には
でも、私はこれを内心ではチャンスだと思っていたんです。
流石の紅も既成事実が出来てしまえば私を選んでくれるでしょう……と。
しかし、現実はこの通り。
(……紅に異性として見られていないのかと心配していましたが、それは杞憂みたいですね。だったら、どうにかして振り向かせてみせます――)
内心で決意を固めていると、紅の体温が身体から離れていく。
思わず引き留めたくなる気持ちを堪えて、身じろぐ音がする。
寝返りでも打ったのでしょう。
それなら大丈夫でしょうと考えて薄っすらと目を開ければ、思った通り紅の細身ながらも鍛えられた背中が目に入る。
ずっとずっと見てきた、紅の背中。
人生で初めて自分だけのものにしたいと願い、手を伸ばし続けている存在。
今の私がいるのは紅のお陰だ。
紅が私を救い出してくれたから、私は今も生きている。
紅を一方的に傷つけた私を、それでも見捨てずに手を差し伸べてくれた。
あれがどれだけ私の救いだったかなんて、紅は考えていないのかもしれないけど。
(私は紅のことが好きです。でも、また紅を傷つけてしまうことが怖い。こんな頻度で吸血していて言うことではないとわかっていますけれど……)
本当に悪い癖だとは思っているけど、やめられない。
純粋に紅の血を貰うことが好きということもあるけれど、最も大きな理由がそうしている間は紅を独占していられるからだ。
どこにも逃げないと言葉で言われても、臆病な私は心の底から信じられない。
かつて、自分の愚かな行いで紅を遠ざけようとした私には。
(……そんな私であっても紅は見捨てないのですよね。わかっています。その、溺れてしまいそうな優しさは)
私のような人間には勿体なさすぎる紅の優しさに甘えているだけではダメだとわかっていながらも、その時間が心地よくて。
落ち着く紅の呼吸音を聞きながら、微睡むように瞼を閉じた。
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