第7話 世界一可愛いよ


「紅。明日はお出かけをしませんか?」


 夕食を那月と二人で取っているときに、そんな提案をされた。

 今日は金曜……明日は休日で時間があるからだろうけど――


「珍しいな、那月が自分から外に出ようなんて」

「人を引きこもりみたいに言わないでください」

「普段の休日は部屋でグダグダとゲームやらなんやらしてる姿が当たり前だからさ」


 那月は基本的にインドア派の人間だ。

 自分から出歩くことは少なく、休日のほとんどをコンテンツの消費に費やしている。

 比率的にはゲームをしていることが多く、俺も一緒にやることがあるが、那月には勝てる気がしない。


 ハイスペックぶりを無駄に発揮している気がして勿体なさを感じてしまうけど、本人にやめる気がないので仕方ない。


 習い事の類いをしていない那月は時間を余らせ気味なのだ。

 健康のための運動は俺も那月も欠かしてはいないが一日全部使うほどではないため、外出自体には賛成だった。


 那月の運動不足の解消にもなる。


 ……夜にあれだけ振り回される側からすると、ありえない話だとは強く思うのだが。


「で、外に出るからには何か用事があるんだろ? でなきゃ那月が外に出ようなんて言い出すとは思えない」

「……私がどう思われているのか非常に気になるところですが、その通りです。というのも、夏に備えて服が欲しいなと思いまして」

「普通に街に出て服を買う、と?」

「いけませんか?」


 なにせ舞咲は数々の大企業を束ねる家。

 服飾関連の企業も当然のように保有している。


 那月が着ている服はその企業が作っているオーダーメイドや最新のものがほとんど。

 望めば手に入る環境なので、外までわざわざ買いに行く必要もないのだ。


 だが、那月はこうして服を買いに行く目的で出歩くことがある。

 これは昔からなので、特に不思議に思うこともなくなったけど……やっぱり理解は出来ない。


「……わかった。俺は荷物持ちってことだよな」

「そうですけど――男女が二人でお出かけするのって、定義上はデートですよ?」

「っ」


 吹き出しそうになったのをギリギリで堪えて、平常心を保つために水を一口。

 いきなり何を言い出すんだ那月は。

 深い意味はなかったのかもしれないけど、俺からすれば冗談と笑えない。


 恋人の前に男女の関係になってしまっているから、特に。


「どうしたんですか? 顔、真っ赤ですよ」

「……からかわれてるのはよくわかった」


 真面目に相手をするだけ無駄だと理解した俺は話を切って、クスクスと笑む那月から目を逸らし続けた。



 翌朝。

 いつものように朝を迎えた俺と那月は外出のための支度を始め、先に着替えを済ませた俺は那月が来るのを部屋で待っていた。


 俺の格好は黒のスキニーと白のシャツにデニム生地のジャケットを羽織ったシンプルなもの。

 不格好にならないように髪も軽くセットした。


 最低限、那月の隣にいても大丈夫な程度には身なりは整えているはず。


 スマホの内カメラで自分の格好を再確認していると、控えめなノックがされる。


「那月です。入っても大丈夫ですか?」

「ん、ああ」


 暇つぶしのためのスマホから顔を上げれば扉が開くと、私服姿の那月が自然な雰囲気で入ってくる。


 今日の那月は落ち着いた雰囲気の服装で纏めていた。

 丈の長い黒のワンピースに明るいカーキ色のポンチョを羽織った、全体的に肌を見せない服装。

 吸血鬼の特性を持つ那月は日差しに弱いため、このような服を選んでいるらしい。

 ふわりと膨らんだ袖や襟元の装飾が、清楚さだけでなく可愛さも醸し出している。


 手持ちの鞄は少し前から使っている白い革製のもの。

 胸の前で光を反射して煌めく小さな雫型のネックレス。

 緩いウェーブがかかった銀髪はさながら羽根のように背に流れている。


 不自然にならないくらいにされた化粧のせいか、いつもより大人びて見えた。


 那月は俺の前で立ち止まりながら、


「今日の私はどうですか?」


 微笑みながら聞いてくる。


「……似合ってるんじゃないか?」

「私の聞き方が悪かったですね。では、今日の私は可愛いですか?」

「可愛い可愛い。これでいいんだろ」

「随分投げやりですね。今日の私は自信を持って可愛いと言えないってことですか……」


 目に見えて肩を落とす那月。

 しゅんとした雰囲気を漂わせながら俯く姿を見て、俺の方は頬を引きらせる。


 可愛いと思ったのは本心で、それを悟られると恥ずかしいから何でもない風に口にしたことは認めよう。

 そして、俺が考える誤魔化しなんて那月はお見通しのはずだ。


 つまり――これは那月の策略であり、本来なら乗る必要性のない選択肢なのだが……こうも露骨に残念がられると胸が痛むのも確かで。


「どうやったら信じてくれる」

「私のことを抱きしめて『世界一可愛い』と言ってください。嘘じゃないなら言えますよね?」

「……抱きしめるの部分、必要か?」

「踏み絵としては丁度いいと思います」


 ああ、うん、踏み絵ね。

 俺は背信とかを疑われているんだろうか。


 冗談は置いておくとして……どうにもならないならさっさと終わらせるに限る。


 ため息をつきつつ立ち上がり、心を無にしながら腕を広げて那月を軽く抱きしめた。

 鼻先をくすぐるほんのりと甘い香り。

 服の上から控えめながら柔らかい感触を胸元に感じるも、努めて無視し、


「――那月、世界一可愛いよ」


 一息に言いきって、離れた。


 動揺を悟られないようにポーカーフェイスを維持しながら那月の様子を窺えば、頬が真っ赤に染まっていた。

 理由は自分から言い出したにもけど実際に言われたら恥ずかしかった――そんなところだろう。


 そういうところも可愛げがあっていいと思うけど。

 本人的には悔しいのか、握った両手をプルプルと震わせている。


「ほら、那月。こんなところで時間を潰していいのか?」

「っ、ああ、もうっ! 誰のせいだと思ってるんですかっ!」

「那月が言えって言ったんだろ。俺は悪くない」

「……そうですけど。そうですけどっ!!」


 少々声を荒げながらも続く言葉は一向に出てこない。

 うーっと唸りながらこっちをジト目で睨んでいた那月は最終的に時間の無駄だと気づいたのか、


「行きますよ、紅っ!」

「はいはい」


 恥ずかしさを誤魔化すように強い口調で出発を宣言した那月の後を追って家を出ると、突然耳元に顔を寄せてきて、


「言い忘れていましたが――今日の紅も一段とかっこいい、ですよ?」


 囁きが頭の中で数度反芻される。

 思考を少しの間だけ飛ばしていたが、那月にジャケットの袖を引かれ、我を取り戻した俺は急激に上がった体温を誤魔化すように無言で足を進めた。


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