第3話 生命線の伸ばし方

 日が落ちた頃、僕は少しだけ村を歩くことにした。

 ずっと寝ているわけにもいかないし、何よりも村の様子が気になったからだ。

 しかし、僕が村に初めて踏み入れたあの時よりも、村からはが消えていた。それは多分、誰かが既に埋葬であったりだとか、修築だったりを済ませたからだろう。

 魔法がある世界だ。1日を待たずしてこうなっていてもおかしくはない。


 目的もなく歩くことで気分はいくらかマシになった。展開の速さに疲れていた頭を空っぽにして星を眺めると、見えてきたのは天ノ川銀河。ここがどういう世界かは分からないけれど、地球と同じような環境であることは、精神的にもありがたい。外国で味噌汁を飲みたくなるのとおんなじで、知らない場所にいるときには、知っているものに触れたくなるのだろう。


(ミキは戦うでよかったのか?お前の世界、こんな野蛮な世界じゃないし、はっきり言って戦いは不向きだろ?)

 満天の星空の下で、アイは僕の隣で少しだけ心配するように言う。


「まぁ、ね。アイはこの世界のことと僕の世界のこと、どれくらい知ったの?」

(この世界については知らない。だけど、ミキの世界なら少しは分かった。人間にとって暮らしやすくて、自然にとって過酷な世界。うちは嫌いだけどね)

「そう、平和。一応平和なんだよ、僕の世界。だけどその平和だってまやかしなんだ。どこかで誰かが死んでいる。そのことを知りながらも悠々自適に暮らすことができる。僕の国は平和だけど、世界はそうじゃない。平和なんて目指せるものかは分からないけど、自分の今いる場所がそうじゃないなら、やっぱり選択肢はないんだよ」

(つまり選んだんじゃなくて、選ばされたってこと?)

「そういうつもりで言ったんじゃないけど………、一本道を進むとき、右か左かなんて選べないってこと。できることは精々、その速度を早めるか、遅めるか。それだけでしょ。僕はこの場所が、平和になるための手助けをするだけだ」

(だったらもう一つあるでしょ、できること)

 そう言って、少女は立ち上がって、昨日まで自身が眠っていた森を指差した。

(戻ればいい)



 部屋に戻ると、ミルからの置き手紙がベッドの上に置いてあった。

『これからのことについて真剣に話し合いましょう』

 そう書かれた手紙と同封されていたのはこの町の地図で、そこには赤い丸で集合場所が示されていた。

 明日に備えた早く寝ようかと思ったが、スーツのままでは寝心地が悪いし、何よりシャワーを浴びないと汗が気持ち悪い。勝手に漁って申し訳ないと思いつつ、崩壊しかけた家の中を漁ると、いくらかサイズの合う服を見つけた。二階から降りて一階に行くとシャワールームのように水が出る場所を見つけた。明らかに発展していないこの場所で、こうした現代文明にも匹敵する利便性が存在するのは、魔法のおかげであろう。

 悲しいことにお湯は出ず、ひたすら水を浴びることになったが、体についた汗やら血やらを流してさっぱりできた。スーツを脱いで寝床につく。リンゴ一つの栄養しか摂取していないお腹が欲求不満をアピールするが、今はただ、寝床について眠気が来るのをじっと待った。


 翌日、僕は太陽の光で目が覚めた。天井がない家であれば太陽光を直に浴びることができるので、その点この家の崩壊加減は悪くないものだと思った。

(ミキ、起きろ!)

 中空からダイブを仕掛けたアイが僕の鳩尾みぞおちに直撃する。

 息が………息ができない!

「ごほっごほっ」

 なんて可愛いものではなく、もっと言葉に表現できないような苦しみに耐えること数十秒、なんとか回復した呼吸機能が大量の酸素を取り入れる。


「ちょっと、遅くない?まだ寝てるの?」

 ドアを開けて入ってくるミル。いつの間にか家に入ってきたのか、全く気がつかなかった。その服装は昨日と違って柔らかい印象だ。昨日の服は戦うモードなのかもしれない。

(まだベッドっすよ!ミルぱいせん!)

「アイのせいでダメージを負ったから………」

「いいから早よベッドから出なさい」

 布団をもぎ取られ誰の特にもならない僕の下着姿が太陽に照らされる。細くて男らしさのカケラもない体格にコンプレックスを抱いている訳でもないが。それでも人に見せたいものではないので、僕は起きてスーツに下の階に用意してある服に着替えようとベッドから出ようとした。

「待って」

 そんな僕を押し倒し、体の細胞までじっくりと見るミル。瞬間、花のいい匂いがした。この光景をアイはただ何も言わずにじっと見ていた。


「貴方、いい香りがするわね」

「そ、そうかな。普通にシャワー浴びただけだからいい匂いってことはないと思うんだけど」

「いえ、いい匂いだわ。私、これ好きだもの」

 密着していたのはほんの10秒か、体感は1分にも10分にも感じるくらいに長かった。


「それじゃあ、早く着替えて。これでいいから」

 手渡されたのは昨日着ていたスーツだ。しかし

「それは昨日来たし、汗もかいてたから今日は別のやつを着るよ」

「これでいいわ。私が綺麗にしておいたから。臭くもないし清潔よ」

 確かにそのスーツからは、先日の戦いでついた汚れも匂いもシワもなく、新品同然に戻っていた。

「ありがとう、ミル」

 僕がそういうとミルは何も言わずの部屋から出ていった。いつまでも下着姿でいるわけにもいかないので、僕は綺麗になったスーツに袖を通した。

 剥き出しの刀を持って歩き回るのはあまりよろしくないので、僕は適当に布を見繕って刀に巻きつけ、約束の場所へと向かった。


 地図を辿って着いた場所は、静かなカフェであった。

 中に入るとミルが窓際の席で僕を待っていた。

「おはー」

(おはー!)

「おはよう、二人とも」

 紅茶を片手にそういったミルは実に様になっていた。僕も何か頼もうとして気がついた。

「お金持ってないや、僕」

「とりあえず私が出すわ。何がいい?」

「おんなじので」

「わかった」


 僕の紅茶が届くまでに、今のこの村の状態について聞こうと思った。

「昨日の話がしたい」

「奇遇ね、私もそう思ってたわ。何が知りたいの?」

「昨日の争いの原因、それとこれから実際何と戦う必要があるのか」

「ここはハルガ地方唯一の集落ハルガ村。争いの原因はハルガ地方に眠る膨大な魔力。ここはマリガロッド帝国とワルファグナ市民公国に囲まれていて、その両軍がハルガ地方を巡って争っている。事は単純。だけど、いやだからこそ難解なのよ」

「………ここは今はどっちの領有?」

「独立宣言を村長が先週したから、どっちでもないわ」

 なるほど、だから攻めてきたのか。つまり先日の襲来をした軍隊の国が、おそらく最後の領有をしていた国だろう。

「昨日の軍隊がどっちの?」

「マリガロッド帝国よ」

「その国は強いの?」

「どうでしょうね。次はもっと強い壁を作るから、そうすれば」

「それじゃあダメなんじゃないかな」

「………私の魔法に文句でも?」

「そうじゃなくて、守る姿勢は確かに素晴らしいし、実際壁を作る必要はあると思う。けど、戦うだけじゃ問題は解決しない」

「だったらどうするのよ」

(話し合うのさ。だろ、ミキ?)


 その言葉を聞いて、ミルは鼻で笑った。

「話し合う?本気で言ってるの?相手は殺しにくるのよ?それなのにこっちは話すだけ。弱腰じゃあ食われておしまいよ」

「だから当然、僕と君で行くんだ」

「貴方、結局どれくらい強いのよ」

(一国。最善を尽くせばあれで一国潰せる)

 当然僕も、話し合いで済むとは思っていない。しかし話し合いが可能であると考えた理由はその刀の性能だ。アイがいうには(この刀の記憶を再現できれば、切れないものはないよ)らしい。刀に体を使われる形にはなるが、十分殺し合えるだけの能力があると。


「話し合いで全てが解決するならそれが一番いい。だけど、それは理想論だ。そして僕は馬鹿じゃない。だから、戦う。僕は、理想のために人を殺せる。平和のために人を殺せる。明日のために人を殺せる。君はどう?守るだけでいいの?失うだけでいいの?今のままでいいの?」

 わざとらしく煽ってやると、ミルはそれを分かった上で乗ってきた。

「いいわ、私も殺す。理想のために殺す。平和のために殺す。明日のために殺す。それでいいんでしょ。これを言わせたかったんでしょ。で、どうするの?これからどう行動するの?」

 

 頼んだ紅茶が運ばれてきた。僕はそれを受け取って砂糖とミルクを混ぜた。

(ハルガ地方を中立地帯として認めさせる。そのために両国に直接足を運んで、暴力を以て脅迫する、だよね!)

 そして僕は、届いたばかりの入れたての紅茶を一気に飲み干した。




「あっっっっっっっっつ!」

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