第9話 平和をもたらすのが戦争であり、戦争をもたらすのが平和である。

 エアが目覚めたのは、魔法による攻撃から少し経った後だ。

 彼女が見たのは砂の山。本来であれば闘技場があった場所だが、その全てが砂に帰している。レンガもガラスも鉄も縄も、人も獣も何もかも。

「………どういうこと?」

 エアが砂上で杖を掲げたままのミルに尋ねた。

「親衛隊もろとも、闘技場もろとも消し去ったの。これで話は簡単になったでしょ、だって私たちの勝ちなんだから」

 ミルがエアにそう答えた。しかし、ミルの楽観的な思惑とは異なり、現実というものは思い通りにはいかないのが世の常だ。


 消えた闘技場の周りに人が集まりつつある中、宮殿からの使いがミルとエアに会話時計を渡した。

「おめでとう、君たちは二人の親衛隊を倒した。しかし、あと一人残っている。カルディナールが残っている。最後の親衛隊といえば聞こえはいいが、あいつは単に闘技場に行くのを渋ったから生き残っているだけだ。だが腐っても親衛隊だ。カルディナールを倒した暁には、君たちの要求を何でも聞いてやる。あいつは今は宮殿だ。宮殿にも戦闘許可区域はあるからそこで殺し合え」

 言いたいことだけを言って回線は途切れる。ミルとエアはいまだに倒れたままのミキを抱えて宮殿へと向かった。




(いやーもしわけない)

「ほんとごめん二人とも、あとアイも」

 僕が気を失ってから目覚めるまでに幾らかの時間が経過していたようだ。ミルとエアさんの話を聞くに、これからあのカルディナールともう一度だけ戦う必要があるようだ。

「みきくん、体の調子はどう?」

 エアさんが僕の顔を覗き込む。いつものおちゃらけた雰囲気じゃないのは僕のことが本当に心配だからだろう。

「大丈夫だよ、それより、僕が斬ってしまったあの女性は」

 僕がそう聞くと二人は黙って俯いた。アイも僕と目を合わせようとはせずただじっと一点を見つめていた。

 そんなほんの少しの間があってからミルが言った。

「死んだわ。でもあれはカルディナールがやったことよ。彼が身代わりにわざわざあの女性を選んだの。一番近い兵士でも良かったはずなのに、自分の指を失ってまで、あの女性を身代わりに選んだ理由はなんだと思う?」

(うちらに嫌な思いをさせるため?)

「そう。あの親衛隊はただ貴方に不快な思いをさせるためにああしたの。だから貴方が気に止む必要は………ないとは言わないわ。けど気にしても仕方がないし、気にしてしまったら相手の思う壺よ」

 ミルはそう言い切った。その確かさは僕にとってはありがたかった。



 束の間の休息を用意された部屋で取っているとカルディナールが部屋に来た。

「いいかな?」

 そう言って部屋に入ってくる彼は剣を携えてはいなかった。ここでは戦わないということへの意思表示だろうか。

「ミキと言ったな。私はお前ともう一度戦いたい」

「僕………ですか」

「そうだ、先の戦闘では油断したが次こそは」

 それに対しミルが反応しようとしたので、僕はそれを制して

「分かった」と返事をした。

 ミルはすでに二人の親衛隊を倒したという。であれば僕が最後を担うべきだ。全てをミルに任せるわけにはいかない。

「では後ほど伝令のものが来る。中庭にあるエンドコートで待つ」

 そう言って部屋から出ていった。




 僕たちはエンドコートと呼ばれる場所に来た。この広大な中庭にある最も美しいものがあの大噴水であるのなら、反対に最も汚れているのがここエンドコートだろう。外観が綺麗で傷一つないのに血の匂いと死の香りが漂っている、造花で囲われた不思議な場所。

「そう、今のお前は騎士だ。それなら三八部隊長だって葬れる」

 体が既にアイに切り替わっているのを知ってか知らずか、カルディナールはそう言った。

 その言葉に返答することなく、アイの視線は彼の手元にあった。

「あぁ、貴様に落とされたからな。直してもらったよ。うちにもいい魔法使いがいるからね」

 カルディナールが剣を構える。対するアイも刀を構えた。

 後ろで固唾を飲んで見守っているエアとミルを背景に、殺し合いが始まった。




 親衛隊であるカルディナール。当然のことながらその剣技は高められており、並大抵の剣士では太刀打ちできない。しかしアイは違う。七星剣は違う。眠っていたが錆びてはいないその刀、その太刀筋、その剣撃は親衛隊とも互角にやり合えている。

 が足りないものがあった。

 その異変に気がついていたのはアイとカルディナールの両方だ。


 どうして攻めてこない。カルディナールは考える。

 ほんの数分、剣を合わせただけだが感じたこと。それはミキに殺気がないということだ。

 剣の腕は十二分にあり、幾らか私の体に傷をつけていることからも全力であることは確かだ。だがどうしてか、首の皮、いや身体中どこでも、皮一枚しか切られていない。

 もちろん負けるとは思っていないが、それでももう少し深手を負うと思っていた。しかしその傷がない、というのは詰まるところ、。ということだろう。何かをスイッチに人格が入れ替わるこいつに対し、あの精神攻撃は有効だったということだ。であればこのまま攻め続ければ、いつかは喉を切り裂けるだろう、とカルディナールは結論づけた。


 どうして攻めきれない。アイは考える。

 カルディナールの攻撃は全て捌き斬っている、当然だ。これは刀に刻まれた記憶の再現であり、その蓄積は何十年という話ではないのだ。目の前の親衛隊がいくら自分達より戦闘経験があろうとも、斬った人の数で言えば間違いなくこちらの刀の方が上なのだから。

 だからこそ、攻めきれないのはおかしい。勝てるはずだ、チャンスはあった。殺し切れる瞬間こそなかったが、削ぎ落としたり切断したりは可能だった。だがそれができないのは、やはりあの女性の一件だろう。トラウマというかイップスとでもいうのか、人を殺すことに関して、傷つけることに対して、ミキの体のどこかでセーフティがかかっている。そうとしか考えられない。じゃあどうすればいいか、考えろ、考えろ考えろ考えろ考えろ!


「守ってばかりでは勝てないぞ」

 カルディナールが踏み込む。回避するためにアイが後ろに飛ぶも、剣がミキの首に届く。


「───────圧縮」


 魔法が届く、ミルによる魔法によってカルディナールの腕がひしゃげ、カルディナールの剣はミキの首を切り落とせない。

 下がったアイが活路を見つけ、思いっきり踏み込む。その右足はミルの魔法に巻き込まれ、血が流れ骨も出ているが、お構いなしに踏み込んだ。

 砕けた右足をスタートに、残った左足をバネに、地球を蹴ってカルディナールの首に刀剣が届く。


 アイは確信した。これなら切れると。先ほどまであった謎の抵抗は消えていた。それは多分痛みのせいだ。結局のところ、眼前に危機チャンスが迫れば心などというものを無視して体は動いてしまうのだ。


 ひしゃげた腕が、元に戻る。

 

 その瞬間を目にした。砕けてからアイが飛び込むまでほんの数秒、瞬間的に腕は直り、剣によって刀が弾かれた。

 ミルが再び魔法を行使しようと杖を向けるがもう遅い。

 カルディナールの剣がアイの頭を両断線と振り下ろさ─────


「降参だ。今のは外部からの魔法干渉があった。こちらの不正だ、負けを認める」

 皇帝の声が響く。それと同時に剣が止まる。

 誰も動けなかった。アイもミルもエアも、ただ呆然と、生殺与奪の権を握りながら停止するカルディナールを見ていた。


「立てるか?」

 カルディナールは剣を鞘に収め、ミキに手を伸ばした。

「折れているので………」

 意識はアイのまま、刀を杖代わりに立ち上がる。しかしその必要もすぐになくなった。

「お兄ちゃんの怪我は治したよ」

 どこからともなく現れたのは幼い少年だった。アイは覚えていた、その少年は噴水で見たあの少年だと。

「全く、お前のせいで負けたじゃねーか」

 カルディナールはその魔法少年の頭をガシガシと乱暴に撫でた。

 少年はされるがままに、鳥の巣頭にされていた。


 この少年がカルディナールの腕を治したから、皇帝は反則負けを宣言したのだろうか。しかしこの少年が親衛隊の味方であろうと足を治したのは事実だ。

「ありがとう、名前を聞いてもいいかな?」

 支配権が元に戻ったミキが、腰をかがめて聞いた。


「レスカルノ・アディル・ギャベイラベリ。お兄ちゃんの名前は?」

「僕は

「帰るぞ」

「あぁ!お兄ちゃんまたねーー─!!」

 カルディナールは元気いっぱいな少年の手を引っ張ってエンドコートから出て行った。


 少年がこちらに手を振るのを止めるまで見送ってから、僕はミルとエアと一緒にエンドコートを出た。


 心地のいい空気を肺に取り込み、気分を入れ替える。

 疲れた。本当に疲れた。

 交渉がこの後あると言っていたが、それに関してはエアさんに任せてしまおう。僕はミルに部屋の行き方を聞き、一足先に休憩させてもらうことにした。


 部屋について靴を脱ぎ、スーツのままベッドへダイブする。


(お疲れ〜、ミキ)

「うん、お疲れ様。アイ」


 勝てて良かった。死ななくて良かった。

 死者が出なくて本当によかった。


 そんなミキの心情に、アイは危機感を抱いたまま、それでも指摘することなく眠りに落ちた。

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