第10話 悪魔は契約に従い、天使はただ神に従う。
「本当にごめんなさい」
エアさんがレア皇帝と会談に及んでいる間、用意してもらった部屋の中でミルは僕に謝り続けていた。
僕は気にしなくいて良いと何回も言ったが、謝ることをやめなかった。
あの時、ミルがカルディナールの腕を折ってくれなかったら僕の首が飛んでいたので、一緒に足が折られたことなんて気にする必要は本当にないのだ。
足か首か、悩む余地はないのだから。
会議に出ているのはエアさんとレア皇帝のみ。部屋から出ることは許されているので、僕は気になって中庭に行くことにした。ミルは部屋から出たくないと言っていたので、僕一人でだ。
エンドコートは花の香りで包まれており、一瞬吸い寄せられるように足が向くが、近づくにつれ死臭が強まる。感じ取れる人間はきっと多くなく、ほとんどの人間は気にしていないようだった。
だから僕は、最も綺麗で目立っている噴水にきた。殺し合いの後すぐに始まった会議ではあるものの、外は暗くなり始めていた。
「こんばんわ、お兄ちゃん」
少年だ。さっきの少年、僕の足を治した少年。
「レスカルノくんだっけ。足はありがとね」
「うん、お兄ちゃんが良くなって嬉しい」
無邪気な笑顔だ。しかし驚くべきはこの少年の魔法だ。治癒自体はミルにだって出来ていたが、時間がかかっていた。こんな瞬間的な治癒はミルにはできなかった。
「ねぇ、お兄ちゃんの名前ってなに」
「あれ、言ってなかったっけ。ミキだよ。
「じゃあミキ兄だね。ミキ兄は戦うのが好き?」
「好き………じゃないかな」
「じゃあなんで戦うの?」
「守るためだよ、村を」
「守るために殺すの?」
「そう、必要ならそうする」
「相手も守りたい何かがあってやってるんだよ?それでも、それでも殺す?」
「………何が言いたいの?」
魔法少年は立ち上がって僕を見下ろした。湧き上がる水と登り始めた月を背後に、少年は言った。
「覚悟が足りないよ。そのままだといずれ死ぬ、確実に。どこかで自己矛盾を解決しないと。どこかで自己満足を認めないと」
宮殿が灯り始め、夜の深みが増した頃、エアさんはやっと帰ってきた。およそ六時間程度の話し合いだったらしい。
「ミルちゃーん!うまく行ったよぉ!」
エアさんが部屋に入って真っ先にミルに飛び込んだ。緩い服に着替えたミルとそれに絡まるかっちりしたエアさんの図。興味のない猫に擦り寄る犬のようで、うーむ、実に眼福だ。
(なんか………えっろ!)
「そんなやましい目で見てはいかんぞ、アイくん」
(いや、うち女だけど)
そんな
「じゃあみんなにご報告。私たちハルガ地方は中立地帯としての自治を認められましたのさ〜」
「………こんな簡単に?」
ミルが驚いていたが、僕も驚いた。まさか皇帝が約束を受け入れるとは思っていなかったからだ。
「反故されるって可能性は?」
「もちろんゼロとは言えないけど、こっちの強さも伝わっていると思うし、武力的な意味では低いと考えて良いと思う」
要はケンカの強い人との約束は破られない、ということだろう。
結局力なのかと思うが、力があればなんとでもなるというのは分かりやすくて助かるし、単純すぎて不安である。
「それで、まぁ当然なんだけど一つだけ、向こうから一つだけ条件が付されてさ。まぁ大したものでもないけど、全く影響がないと言ったら嘘になる、みたいな条件が」
(それは?)
「私たちの、この交渉旅行に帝国から一人参加させたいって」
「僕たちのこのメンバーにってこと?誰が来るのかはわかってるの?」
「それは明日のお楽しみだって」
つまり、僕たちは明日にはこの城を出ていかなければならないということか。
そのことに気がついたので、僕は散らかしていたベッドの片付けをしてから眠ることにした。
そして翌日。
「カルディナール・レイ・ウェポンだ。親衛隊所属」
城を出るための大きな門の前でそこ男が立っていた。
「もっと諜報員的な人かと思ってたわ、私」
ミルがそう呟くと、みんながうんうんと頷いた。
昨日殺し合った人と今日から一緒に過ごすというのはなんだか妙に緊張するが、それが条件であるのなら飲まざるを得ないし耐えるしかない。
「よろしく、カルディナールさん」
「あぁ、よろしく」
形式上であれ握手を交わした以上は仲間だ。ともあれ戦力的な意味で言えば大きくグレードアップしたことに疑いの余地はない。つまり皇帝はハルガ村の中立化に関しては支援してくれているということなのだろうか。
挨拶と自己紹介を済ませた僕たちは、一度ハルガ村に戻ることにした。離れた地点から魔法で観測して分かったのは、あの村では僕たちが外に出てからほとんど時間が経過していないということだ。つまり、時間を遅らせるというあの作戦はうまく行っていたらしい。
だから、村に入る直前でその魔法を解いてもらった。すると、ハルガ村は日常を取り戻し、こちらと同じように時間の軸を進み始めた。
そんなことに気が付く人は当然いないので、僕たちは何食わぬ顔で村に帰った。僕たちからしたら数日振りの村ではあるが、彼らからしたら数秒ぶりの僕らだ。特に何を言われるわけでもなく、僕たちは一旦解散することにした。それぞれ一日、準備をしてから次の目的地であるワルファグナ市民公国に向かおうとなった。
ミルとエアさんは自分の家に、僕は例の半壊した家に帰ろうと思ったがこのままではカルディナールさんが手持ち無沙汰になってしまうので、僕は彼にうちに来るよう勧めた。使ってはいないが一階にソファがあったはずだ。
「ミキ、君はこの村出身じゃないだろ」
「どうしてそう考えました?」
「君の服がおかしいからだ」
そんな楽しい会話で盛り上がりながら家に着いた。
住み慣れた家ではないけれど、帰ってきたという気持ちが湧いて少しだけ気が楽になった。
一回のテーブルに着いた僕たちは、ジュースも特に置いていないので水を仰ぎながら向かい合った。
「機密事項だったら答えてくれなくていいんだけど」
「構わん、なんでも聞け。皇帝からは『何も答えるな、あるいは全てに答えろ』と言われている」
「じゃあ質問。帝国はなんで追撃隊を送ってこなかったの?三八部隊って結構な大物でしょ。それがやられたら何か異常事態があったって思わない?」
「………異常事態。つまり反乱があったことか?」
「まぁ反乱っていうか、反撃なんだけど」
「そうだな。追撃隊を送らなかった理由。それは単に必要がなかったからだ。あの村に見えない壁があることはすぐに分かった。だが皇帝はそれに対して何もする必要はないと結論を下した。だが、三八部隊は我々親衛隊とは異なり、皇帝の権限からは独立していて独自の行動が許されている。あの部隊は勝手に独自の判断でハルガ村を襲ったのだ」
「………もしかして中立が認められたのって、今回のハルガ村の一件に関して帝国は責任を負ってるから?」
「かもしれないな」
それから僕は帝国の話を聞いた。
マリガロッド帝国とワルファグナ市民公国の歴史。親衛隊というは剣の腕だけではなく知能も必要とされるのか、僕が質問することには全て答えてくれた。
第三次市帝戦争によってハルガ地方が帝国帰属に決まったこと。つまり帝国と市民公国は既に三度、戦争を行なっているということ。つまりそれは四度目の可能性を示唆している。ハルガ地方を手に入れるために争っているわけで、本格的に戦場になるということは考えにくいが、両国の中間に位置する以上、巻き込まれる可能性はゼロじゃない。
四度目がいつになるかは全く不明ではあるからこそ、僕たちは交渉を急がねばならない。
「ちなみに私がきた理由。つまり帝国からの使者が付いた理由は、今回の中立化は帝国にとっても利益になることだからだ。我々も無限に体力があるわけじゃない。だからどこかで争いはやめたい。そんな時に来たのが君たちだ。あの兵器を見たと思うが、あんな魔法を作りあってたらお互いに滅んでしまう。ミルベルボルンによって初めて撃たれたが、その先にいたのが自国の民でまだマシだったと思うよ。あれがワルファグナに向かってたらそれこそ戦争開始だ」
「兵器………?ミル………?ミルが何かしたんですか?」
今にして思えば、聞かないほうがよかった。
しかし彼は命令されている。何も答えないか、あるいは全てに答えるか。
だから当然、カルディナールは答えるのだ。
「覚えていないのかい?彼女が宮殿の砲撃システムに侵入して、親衛隊二人を闘技場に来ていた帝国市民もろとも吹き飛ばしたってことを」
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