第10.5話 無名
ソファで寝ているカルディナールを起こさないように忍足で家から出る。途中、長い刀が壁にぶつかったが、カルディナールが目を覚ます気配はなかった。
目的地は当然のことながら例の森林。早朝であり人気もなく、澄んだ空気が満ちている。朝の始まりを告げる鳥はまだ鳴かない。太陽が登り始めるまであといくらかあるだろう。
(あは〜ミキ、よく眠れた?)
「もちろん。かりそめでも、自分の家で寝るっていうのはいいね。心がリラックスできる」
黑無垢の少女、アイは相変わらずここが好きなようで、心なしか声のトーンが少し高いような気がした。西洋風のこの世界でどうしてか日本の文化に染まっている刀と精霊。元の世界とのつながりが非常に気になるところだ。
僕は刀を振ることにした。別段、剣に心得があるわけでもないので、剣道部の人がしているような素振りを想像しながら腕を上げては下げ、上げては下げるを繰り返す。
「だけど、重みがないっていうのは何ていうか不便だよね」
(そうか?重いと扱いづらいんだし軽ければ軽いほどいいと思う)
「いや、そういうわけじゃないんだよね。ほら、布団だって少し重いくらいがちょうどいいし」
(うち布団で寝ないからわからんし)
「今度寝てみたらいいよ、僕の体で」
(そんな縛り付けられた状態で寝るなんて嫌だね。うちは宙に浮いたまま寝るのが好きだ)
そう言ってくるくる空中で前転をする少女。その無邪気さに救われる部分もあり、また恐れている部分もある。
「で、今何回?」
(百二十三。けどこれって意味あるのか?)
アイがそう僕に尋ねた時、僕たちの後ろから声がした。
「全然なってないぞ、ミキ少年」
カルディナールさんだった。どこからか手に入れた見たことのない果物を齧りながら、剣の刺さっていた場所の最も大きな木の幹に腰を掛けてながらこちらを見ていた。
「しかしまぁ、七星剣とは形こそ他の剣とは異なるものの、意外と戦えるものだから拍子抜けだったな」
「それ、聞いてもいいですか。この刀について、七星剣について」
(うちも知りたい!)
アイがそう言ってもカルディナールさんには見えていないし聞こえていないようだった。というか、刀の精霊だからそういうのを説明するのは本来アイの役割のような気もする。
「この七星剣は、ある無名な刀鍛冶が作ったものだ。当然今はもう無くなっているが他にも様々な剣が作られた」
「もしかして、これと同じような剣がこの世界には七本あったりしますか?」
「しない。無名が作ったのは四本だけだ。願いを叶える
「なら不正確な情報でもいいです。知っていることを教えてください」
「………含みを持たせてしまって申し訳ないが、私はこれ以上その刀に関する情報を持ち合わせていない。だからこそ聞きたい。どうして君にこれが抜けたのか、、、君の性蝕数はいくつだ?」
何となく考えたこと。それは見栄を張るためでもプライドを守るためでもなく、この誰もが性行為をしている世界で自らの未経験を晒すことは異端宣言にも等しいことだと考えた。だからといって嘘をつくことでボロが出ても困るので、ここは禁じ手で行くことに決めた。
「逆にカルディナールさんはどうなんですか。七星剣と渡り合えるくらいなんですから」
「私は確か………三百から四百と言ったところか」
「多くないですか!?」
「帝国では優秀な魔法使いや騎士を作るために性蝕システムが構築されているのでね。もちろん、剣の腕を磨くことも大切ですが」
そこで一つ気になったことがあった。
ミルから聞いた話では、性蝕を繰り返すことで女性には魔法使いとしてに、男性には騎士としての才能が(あるいは性能が)開花していくらしい。性蝕の重要性はこの世界の基盤であり、どの国でも変わらないことだろう。
しかし今になって思えば、あの帝国でおかしいことは確実にあった。
「あの少年。レスカルノくんが魔法を使えるのはどうして?」
そう、男でありながら魔法を行使する彼。どうしてかその違和感に今になるまで気がつかなかった。
「喰らっているからだ」
「あの年で性蝕を?」
「まさか、システム化されているとはいえ年齢を無視することなんてない。レスカルノは人を喰っている。わかるだろう、性蝕を繰り返せばいい。確かにそうだがそれでは効率が悪い。
「でも、人は人を食べようとすると拒絶反応が出るわ。そうでしょう、親衛隊さん?」
「ミル、起きたのか。おはよ」
(おはよ〜)
「おはよう二人とも。それで、どうなの親衛隊さん。人を喰らう話」
エアさん以外のメンバーが集まった森で、カルディノールは話を続けた。
「そう、ミルさんのいう通りそれはできない。普通なら、脳が拒絶するように、体が拒絶するようにできている。それでももし食べたりしたら廃人になる。性蝕であれば快感によって脳を麻痺させることで他者を受け入れられる、動物としての本来の機能で許容できる。しかし自然としてもあるまじく、進化の果てとしても歪な同族食らいは本来であれば許されない。動物としても、人間としても。だけど、どうにかして克服したんですよ。タネはわかりませんけどね」
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