第11話 大切なものは目に見えないが、人はいつだってそれに気づくことができる。

 僕たちの向かうべき市民公国があるのは村の東側で、つまり帝国とは正反対の場所である。

 市民公国には国家元首が存在しないらしく、全ては市民国民の多数決によって決定される、民主的な国家らしい。

 それは国家の理想的な姿であるものの、ではどうして実現されないのかといえば、時間がかかり過ぎることや少数派の意見を叩き潰すことなどが挙げられる。最も民主的な国は、ある意味で合理的で迅速で、沈黙の螺旋を生みかねないのだ。


 まぁ、それはともあれ、実現されない要因の中で最も困難な、意思決定までに時間がかかり過ぎると言う点をいかなる方法で克服しているのか。

「魔法ですよ。彼らは人口は我々と同程度、本来であれば事あるごとに多数決などやっている暇はありません。ですが、彼らの意志や考え、思想や信条など、内心の全てを掻き集めて具現化した存在があの村には在ります。彼が………というのは適切なのか分かりませんが、ともかくその何者かが、意志を決定します」

「つまり国家元首は存在しないけど、国家を体現する存在がいるってことよ」

 ミルがカルディナールの発言に付け足すようにそう言った。


 僕たちは今、市民公国へと繋がる最初の都市であるキエロップに来ている。街の中を散策しながら僕たちはこの国の情報を得つつ、知っている情報を共有していた。

「じゃあ僕たちの交渉相手はその国家体現者ってことになるわけだ。エアさん、どう思う?」

「………うーん、いくら思考が読めるって言っても、それは人間の話だからなぁ。ちょっと会ってみないとなんともいえないかなぁー」

「ほう、君は思考が読めるのか」

「あ、言っちゃいけないやつだった?」


 キエロップにある大きな公園の中にある子供たちが遊んでいる広場の隅で、僕たちは少しだけ休憩を取ることにした。僕のいた世界のような感じの公園で、人が住みやすさを求めたら行き着く場所は同じなのかもしれないと思った。

 太陽が高く登っており、時刻はもうお昼時。お腹が空いているので僕が一人で何か食べ物を漁りに街を歩き始めた。こういう時になると改めて元の世界の便利さを、コンビニエンスストアの偉大さに気付かされる。

(ねぇミキよ。うちのことをあの親衛隊に話してもいいんじゃないか?)

 公園から少し離れたところでアイがそう言った。

「どうかな………。今は彼を信用するしかないけど、今後どうなるか分からないわけだし、可能な限り情報の開示は防ぐべきだと思うよ」

(でもそれだとウチが暇なのさよ)

「じゃあこうしよう」


 焼けたパンの香りに釣られて足を運ぶと想像通り、そこはパン屋だった。僕はサンドイッチを人数分とクッキーを購入しようとした。しかし失念していたので、僕のポケットにあったのは帝国の通貨だけだった。

「お兄さんはあれかい、マリガロッドの方から来たのかい」

「そうなんですよ〜。お金いくらか多く出すのでこれじゃダメですか?」

 入れ替わったアイがそう言いながら、持っていたお金の中から、帝国であればサンドイッチよりもずっといい物が買えるくらいのお金を見せた。

「本当かい?ならこれも持っていき」

 おばあさんはさっきのに加えて果物をいくつかバケットに入れて渡してくれた。見たことがないが見覚えのあるそれらを持ってお店を後にした。


(戻ったら返してくれよな)

「約束はできないかな〜!」

 入れ替わったアイは今まで無口でいた反動なのか、いつもよりテンションが高かった。。アイは僕の体を取れるが、僕は取り返せないのでただハラハラしてこの状況を主観するしかない。

 そうしてご気楽気分の僕が公園に戻る道を辿っていると

「ちょっといいですか?」

 と、女性の声がしたので立ち止まった。

「はい、なんですか!?」

 その女性は当然知らない顔で、間違いなく初対面だった。

「あの、貴方がハルガ村の人々を救った勇者というのは本当ですか?」

(なんでそのことを………?)

「どうして、そのことを?」

 流石のアイも慎重な口調になる。当然だ、僕のことが知れ渡っているというのはあまり嬉しくない。例の襲来を知っているということは、僕のことを反乱者であると認識している可能性が高いからだ。

 さてどうしたものかと少しだけ悩んだが、相手の反応は思っていたものと違った。

「私と性蝕してくれませんか?」



 そう、驚いたのだ。ミルはそう言った素振りは見せないし、エアさんはしまくりなので驚いてもいなかった。だが、こんな普通の人でも普通に誘ってくるのは驚きだ。そしてその女性の背後でこちらをチラチラと見る女性の多いこと。

 そしてようやく気がついた。

 僕は狙われているのだ。


(逃げ切れよ、アイ)

「もちろんよ!」

 あと一瞬、目を離すのが遅かったらダメになっていたかもしれない。体が少しだけ鈍いのは魔法せいだ。獲物を狙う獣の眼で僕のことを追うのは一人の女性。結構全力で走っているはずだが全然距離が離せないのは僕の脚力ではなく、彼女の身体能力の高さゆえだと信じたい。

(もし僕が童貞じゃなくなったらどうなるんだっけ!?)

「そりゃあ!剣を手放すことになるね!」

(じゃあ逃げ切れ、何があってもだ!)


 普通の人じゃないのはわかったが、じゃあ彼女がどこの誰で何の目的なのかは分からなかった。単に性蝕に伴う能力強化が目的なのか、それとも僕のことのことを知っているのか。どちらにせよ、障害であることに変わりはない。

「どうする?逃げられなさそうなんだけど!」

 ピッタリと僕の後ろ十メートル程を追いかけてくる。もう一分は走ったが距離は離れない。こんなに街を全力で走っていると注目を浴びて仕方がない。

(どこかに逃げ込んで気絶させるくらいならどう?)

「乗った!鬼ごっこも、もう飽きた!」

 曲がる角には敵来る。薄暗い路地裏の暗闇に溶け込んで、彼女を迎え撃つ。


「なんで逃げるの?」

 昼時なのに太陽の差さないこの場所で、彼女の眼はよく光って見えた。

「キミが可愛すぎるからさ」

 歯の浮くようなことを言いながら、アイは撒かれた布そのままに刀を構える。もちろん峰打ちだ、殺すつもりは毛ほどもない。

「私としてよ、強くなりたいの。別に貴方にデメリットはないんだからいいでしょ?」

(パパッと済ませちゃお)

「りょーかいっと!」

 瞬間、彼女の背後をとって刀の側面で頭を叩こうとしたが何者かによって止められた。

「女性の頭を叩くのは、良くないぞ」

 と、刀を二本の指で押さえながらカルディナールは言った。

「どうしてここに?」

「騒がしかったら見に来た。何か巻き込まれてるんじゃないかと二人が心配していたが、これは?」

 状況を説明するのは面倒だったが女性が何やらカルディナールの耳元で吹き込んだ。

「………なるほど。では私とどうでしょう。私はそこの少年より強いですよ」

「嘘だ!うちの方が」

(アイ、何も言うな。カルディナールに任せるんだ)

 僕がそう言うとアイは口をつぐんだ。

 女性は「それなら………」と言い、カルディナ─ルの胸に触れながら昼の街へと消えていった。

 嵐のような女性が去り、僕は公園へと戻った。


「あれ、カルディナールと会わなかった?」

 エアさんがパタパタと食べ物を要求しながら聞いてくる。

「カルさんは今頃おなごとベッドインですよ〜」

 アイがそう答えると「は!?何それずるい、私も相手探してくる!」とエアさんは立ち上がった。

「落ち着いて、エア。それは夜にやって。今は親衛隊がいない絶好のチャンスなんだから作戦会議をしましょう」

 ミルがそう言いながら杖を振ると、お馴染みの防音壁が構築された。先ほどまで聞こえていた子供たちの声が消え、ただ鳥の鳴き声と自然の音だけが聞こえてくる。

「じゃあアイ、ミキに体を返してあげて」

(もう返したよ〜ん)

 アイが見えるようになり、体に実感が湧いた。アイはもう飽きたのか、話し合いに参加する素振りは見せず、ただ緑に寝っ転がった。

「オッケー。そしたら三つ連絡。僕が例の襲撃を撃退した人間だってバレてる」

「そう、それはメリットだしデメリットでもあるわね。国家体現者なる存在にはもう知られてるのかしら」

「ねぇお昼ご飯はー?」

「かもしれないね、で二つ目はその人に性行為に誘われたこと。これはまぁ、性蝕が目的か、それとも何か別の目的があるのかは分からない。ただ、彼女の眼は魔法の名残があった、何かを仕掛けようとしていたのは間違いない」

 あの眼から逃げられたのはアイが体を使っていたおかげだ。僕だったら気がつかないが、刀の戦闘記憶の反射から何とか離れられた。

「………ということは、もしかして私たちの行動が邪魔なのかしら」

「お昼はどこなのさー、ミキくんよー」

 エアさんは僕の連絡に興味はなく、ただご飯の供給を待っている。しかしそれは果たされない。


「そして最後に三つ目。その女性から逃げる過程で走り回ったのでサンドイッチはお亡くなりになられました」

 ビスケットだけが入ったバスケットを見せながら僕は言った。

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