第12話 一つの行動に二つ以上の意味を持たせろ
「で、カルディナールは帰ってこないと」
残った最後のビスケットを飲み込みながらミルはそういった。
集合場所も何も約束していなかったので、僕たちは二時間ほど公園で彼を待ち続けたが、カルディナールが再び姿を表すことはなかった。よろしくやっているのかもしれないし、もしかしたら襲われているのかもしれないが、親衛隊である彼ならそう簡単にやられるはずもないので、僕たちはやっぱりここでも宿を探すことになった。
「………なら私も誰か食べてきても良かったんじゃないかなぁ。ねえミキくん??」
エアさんは性蝕できなかったことに対して文句をずっと言っていた。
「どう思う、ミル?」
僕がミルに尋ねると、彼女は呆れながら
「わかったわ。じゃあエア、貴方の宿は取らないわ。だから自己責任でよろしく」
と言った。
「ほんと!?じゃあ、明日はどこに集まるかだけ決めておこ─」
(公園でいいんじゃないか?)
「そうだね、アイの言うように昼の公園で」
「おっけ〜、じゃあまた明日〜!」
一日の始まりはこれからとも言わんばかりの元気で夜の街へと消えていく。決して都会というわけではないが、遊べる場所はきっとあるのだろう。
「さて、今日の宿を探しましょうか」
「そうだね」
(だな)
そうして暗くなる前に街を歩いて今日寝る場所を探す。花屋、食堂、時計、雑貨、本屋、宝石、カフェにレストランと、賑やかさが出てきた通りに来た。
「どこに泊まる?」
「あの広場になるべく近いところにしましょ、人の流れが見たいから」
大通りをまっすぐ行った先にある広場では屋台が並んでいてオレンジ色の明かりが溢れていた。僕たちはその広場に向かって歩きながら宿を探す。
中からいろいろな建物を覗いているとミルが宿を見つけた。入った感じ悪くなかったので、僕たちはそこに泊まることに決めた。
ミルが受付で手続きをしている中、僕はロビーの椅子に座って終わるのを待った。ロビーには世界地図らしきものに時計が埋め込まれていた。時計の数は四つで、世界の主要な国か都市の時刻を指しているのだろう。
「ミキ、二人で一部屋でいい?」
「え、まじ?」
「貴方、何もしないでしょ。ここ数日でなんとなく分かったから」
信用されているのは嬉しいが、それはなんというか心臓に悪い。が、ここで嫌だと言うのもまた変な話なので、やっぱり呑むしかない。
案内されたのは四階の部屋でそこからは人の流れがよく見えた。暗くなってきたので明かりが目立つ。広場はやっぱり活気に溢れていて、肉か何かのいい香りが漂ってきた。
一つのベッドと机、椅子が置いてある部屋から出て、僕たちは広場に向かった。ミルはシンプルイズベストなサラダと炭酸水で夕食を済ませていた。僕はミルからもらったお金でスムーズに燻製にされたチキンらしきものを買った。先に戻ったミルに何かお土産をと思い、軽いスナックと炭酸水を買ってから部屋に戻ることにした。
僕たちが今日とまる宿はエスケープゴートという建物で、看板には山羊が描かれている。一階のロビーを抜けて部屋に戻ると
「(あ)」
「出ていって」
「はい」
ミルが着替えていた。一瞬の出来事だったので大した記憶には残っていないが、分かったことはミルは着痩せするタイプだということだ。
少し経ってから部屋に入ると普段よりも軽い服装になっていた。
「貴方、体洗った?」
「いや、この後探しに行こうかと」
「いいわ、私が洗ってあげる。服脱いで」
淡々とそういうミルは杖を僕に向けた。まぁ会ってすぐの頃に既に上半身ではあるが肌は見られているので今更気にする必要もない。
スーツとシャツを椅子にかけてミルの前に立つ。相変わらずシワも汚れも寄せ付けない状態維持の魔法が未だにかかっているようでこちらは新品同然だ。
杖を一振り。爽快感は無いものの、体の汗の感じや疲労感が消えていくのを感じた。
そんな僕をスンスンと嗅ぐミル。
「うん、やっぱいい香り。ミキってどうしてこんな香りがするのかしら」
「わ、わからないけど」
ドキドキした心を落ち着かせるためにシャツを着直す。いつも寝るときはスーツでは無いが、今日はスーツだ。薄着で寝ると間違いを起こしかねない。だって今日は
「じゃあお休み」
「お休み、ミル」
ベッドが一つだからだ。
背中に感じるのは人の体温。過剰に暑く感じるのは僕が童貞だからなのか。人と寝るという行為に慣れていないのは当然で、それはどうやら僕だけらしい。
スー、スーという寝息が聞こえてくる。それはミルのもので僕は未だに覚醒したままだ。ベッドに入ってからゆうに二時間は経過しているだろう。
アイはベッドではなく、いつも通り空中で寝ている。僕はそのアイの横顔をずっと見ていた。やっぱり綺麗な顔立ちで可愛らしくあどけない彼女。しかし頼りになるその強さ。あぁ、その手があったか。
「アイ、起きて。アイ、アイ」
小声でアイを呼ぶとパチっと目が開いてこちらを見た。
(どうしたのさ)
「眠れないから僕の代わりに寝てくれない?」
(………なるほど、緊張しているわけね)
年下の女子にそんなことを言われるのは癪だが、万が一間違いがあっても嫌なので、僕は反論することなくただうなづいた。
そこからは簡単で、アイが僕の体に憑いてただ瞼を閉じた。
そして朝。
気がつかないうちにアイは僕に体の所有権を返していたらしく、ベッドで目が覚めた。ミルは僕の横にはおらず、既に公園に向かったらしい。
僕も顔を洗いスーツに袖を通して、机の上に置かれていたお金をポケットに押し込んでから、まずは広場に向かった。
広場ではパンやドーナツなど朝食向きのものがたくさん売っていた。僕はその中からチュロスらしきものを買うことにした。
(にしても、なんでこんなに元気なんだろうな)
「確かに、何かお祭りの最中なんだろうけど、聞いてみようか」
僕は、このキエロップに来てから抱えていた疑問点を解消すべく、店員さんに聞いてみた。
「そりゃあお前、
と言われた。幸源というものが何かは気になったが、雰囲気的に常識らしく、聞くに聞けなかった。
チュロスを受け取って代金を支払うと、僕たちも公園に向かうことにした。ミルはとっくに着いているだろうが、早く行っても意味がない。エアさんは誰かと寝た時、必ず遅刻するからだ。
「おっそーい!罰として残りのそれ全部私によこせい!」
そんな予想は当然のように外れていて、エアさんとミルは揃っていた。
「ミキ、何してたの。寄り道なんかして」
「ミルがお金くれたんじゃないか。これは広場で何か買えってことでしょ?」
「いいえ、ロビーで軽いパンでも買えって意味よ。それよりも、重要な情報よ」
ミルが杖を振って防音空間を作る。
「さて、ミキくん。君にとってはメリットとも言えるしデメリットとも言えることがあります。どっちから聞きたい?」
「デメリットで」
僕がそう答えると、エアさんは両手でバツを作った。
「デメリットは君が兵士を追い返した人間であると、聖剣を引き抜いた人間だとここの国の人全体にバレてる。つまり、貴方は警戒されるとまでは言わないけど、注目を浴びる存在であるってこと。これは交渉でも使えそうこと」
「じゃあメリットは?」
「この国の女性全員が、貴方と性蝕したがってるってこと。これは私も含めてだけどね〜」
と軽くいうエアさんであった。なるほど、確かにそれは幸せなイベントだが、今の僕にしてみれば最悪だ。貞操を奪われれば爪を無くすことになる。それは絶対に避けなければならない。
「あぁ、ここにいましたか」
カルディナールの声がした。その方向、つまり振り返るとそこにはカルディナールがいて、しかしその姿は昨日別れた時のそれとは大きく異なっていた。
「とりあえず、魔法で治してもらえますか。それから何か水分を、喉が渇いて仕方がないんです」
千切れた右腕を左手で持ちながら、ボロボロの服装で彼はそこに立っていた。
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