第13話 「好き」の反対は「嫌い」です。
どんな経緯があったにせよ、腕を千切られるなんてのは異常な事態で異常な状態なので、僕たちは人目を避けるために広大な公園の中でも
傷跡は刃物で切られたものに間違いなく、綺麗に切断されている腕は血色が悪くなっており、目を逸らしたくなる。
「治せますか?」
「ええ、これなら何とか。でもどうしてこんなことに?」
ミルが魔法を腕にかける。切断面の血色が良くなり血が流れ始めたのを見て、ミルが離れた腕を強引にくっつける。カルディナールが一瞬、顔を
「多少痛くても我慢してもらわなくちゃ治せないわ」
「………それをそのまま繋ぐのはやめて頂きたい。思考が覗かれます」
「じゃあ仮で繋ぐ。形だけでも治さないと」
そう言って杖を振ると腕はつながったようだが、カルディナールは動かせないようだった。
「この国で性蝕を行うと、ミルさんが言っていたこの国の意志に組み込まれます。私はそれを防ぐために自らの腕を切断しました。腕にキスされて、そこから魔力が流れ込んでくるのを察知したので、それが頭に辿り着く前に切り落としました」
カルディナールは現状について、そう説明した。
しかし、だ。カルディナールのその考えには既に反例が存在する。
「エアさんは性蝕したけどなんともないよね?」
「うん。私は見られてるような感覚も覗かれたような感覚もない、理由は分からないけど私には効かないのかも?」
「いえ、理由なら分かるわ。エアは他人の思考を
言っていることがよく分からず首を傾げていると
(要は常日頃から、考えが外に漏れないよう心に壁があるってことだな)
とアイがわかりやすくまとめてくれた。
「その女性は最初、僕と性蝕しようとしてたってことは、この国の意思が僕の思考を見たがったってことかな?」
「いや、その女の子がミキくんとしたがったのは、単にミキくんが強いからだよ。それは帝国の兵隊を追い払った事実から皆が知ってることだからね。強い人間と性蝕したいと考えるのはごく自然なことだからね〜」
確かにエアさんのいう通りだ。単に強い男との性蝕を求めていたというのであれば、僕からカルディナールに切り替えたのも納得できる。
となると、やっぱりあの女性は単に、僕が強かったという理由のみで性蝕を試みたと考える方が自然なのだろう。あの僕を追ってきた時の鬼気迫る感じには少し驚いたが。
「交渉を控えていることを考えると、ミキくんはこの国の誰とも性蝕しないほうがいいねぇ。いやぁモテ男は大変だ!」
とエアさんが茶化すように言う。
そしてそんな時に来訪者が訪れた。
ドンドンとドアを強めに叩き、二人の男が入っていた。男たちは青い服を着ていて、それはおそらく何らかの制服であるように見えた。
「我々は
「私かい?」
男二人はカルディナールのそばまで行くと、彼の腹に拳を入れてから
「女性を一人殺した罪で、彼を逮捕します、並びに貴方たちにも話を聞く必要があります」
と言った。
もちろんその唐突な暴力と発言には驚かされることがいっぱいだったが、ただ立ち尽くしているわけもなかった。捕らえられたカルディナ─ルはどうすることもできないが、僕たちはすぐさま古小屋から駆け出した。
男のうち、一人が僕らを追うような素振りを見せたが、カルディナールがもがいたのを見て、僕たちではなくカルディナールを優先した。
結果として、逃げることには成功した。
カルディナールは幽閉された。それは、いわゆる刑務所と呼ばれるような劣悪な環境ではなく、ある一軒家の一室だった。
この国では内心を国家の体現者たる存在、幸源に見られている。そのため何か罪を犯そうと考えたなら、その思考は幸源にすぐ伝わり、その罪が発生する前に取り押さえられる。そのためこの国で犯罪は発生しないし、だからこそ刑務所も存在しない。
しかし、外の人間の思考は読めない。ではどうすれば未然に犯罪を防げるのか。幸源の結論は罪を重くすることだ。
この国であらゆる犯罪の行き着く先は死刑である。それが分かっていれば普通の人間であれば犯罪を起こさないだろう。というのが国の意志をかき集めて存在する幸源の決定である。
つまり、カルディナールには死刑が待っている。
「待ってください。確かに私は人を殺しましたが、裁判も無しに死刑っていうのは問題があるんじゃないですか。それにあの女性は私に何かしようとしました。それに抵抗するために僕は彼女を手にかけたのです。情状酌量の………正当防衛の余地があると思います」
カルディナールは縛られた腕を動かしながら、目の前にいる青い服を着た男にそう言った。
「いいや、裁判はない。お前が人を殺したのは事実だ。そして殺人に対する罪は死刑しかない。お前も一人の人間なのだからルールを受け入れろ」
なるほど、確かにその通りだ。それがどんなに理不尽な法律であれ、その国に入ってしまったのならそれに従うべきだ。それは一人の知性ある人間であれば当然理解すべきことだ。
なら、一人の人間でなければ。カルディナールという人間が一人の人間に収まらなければいいのでは?
そうカルディナールは考えた。法律とは個人に対して適用されるものだ。では法律が適用されない存在とは何か。もちろんそれは国家である。ではカルディナールは帝国の代表者か?いや、それは真実ではあるが都合が悪い。帝国の使者が市民公国の人民に手を出したとなれば、戦争に発展しかねない。それは帝国の望むところではない。
だからカルディナールはこう言うしかなかった。
「私は一人の人間ではなくハルガ地方の代表だ。私は地方の代表として動いている。だから私と話したいなら、私を罰したいのなら、私と対等な人間を寄越してくれ。私よりも次元の高い規則を用意してくれ」
その言葉を魔法で聞いていたハルガの真の代表は頭を抱えた。
「えぇ………どうする?」
僕はみんなに聞くが、誰も答えない。
逃げた森林の中で彼の救出をするかどうか議論をしていた最中、聞こえてきた彼のその宣言は全くもって予想外で、迷惑この上ない。これではハルガ地方の印象は最悪だ。
「彼が殺されるのもそれはそれでマズいのよ。帝国の親衛隊が市民公国で死刑になるっていうのは帝国が戦争を始めるきっかけにもなる。間違いなくハルガは戦場になる」
(だったら助けるしかないんじゃないか?)
「そうだね。万が一にも彼一人が交渉をしたとしてうまくいかない可能性の方が高いしー」
『ヤァ、ハルガ地方の諸君』
話し合いの中、森に突然響いた声。とても自然で人工的な声だ。
「えーっと、誰ですか?」
『幸源と呼ばれる存在だよ。君たちのことは彼からよく聞いた。君たちも代表なんだって?』
ここで重要なのは相手が幸源かどうかではなく、その質問にどう答えるかだ。
僕たちは顔を見合わせてから首を縦に振った。
しかしそれは、あまり良くない返答だったのかもしれない。
『うんうん。だったらさ、君たちも一緒に死刑にならなきゃダメなんじゃない?』
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