第14話 吾輩は王である。名前はもうある。

 腕が取れたのは誤算だった。というよりも、この事態になったのは計算外だ。

 公国がここまで危険な国だとはレア皇帝も言っていなかったし、ハルガの彼らも想定していなかった。故に当然ながら、私もこうして油断していたわけだ。

 剣は没収され手元にはない。

 しかし、もしあったとしてもこの腕では戦えない。繋がっているが動かせない。無理に動かせば取れる可能性もある。

 この家に入ってくる時にいた見張りは決して強くはないがそれでも数が多い。剣がない上に腕がこの有様ではどうしようもない。


『そろそろ死にたくなってきた?』

 縛られた椅子でぼーっとしていると幸源が現れた。幸源は私のことをどうしてか放置することなく、時折こうして現れる。

 男か女か、性別なんてものは多分なく、善も悪もない。国家あるいは国民の意志をただ集めただけのもの。

『勘違いして欲しくないのは、これは国家間の揉めではないんだよね。単に貴方が女性を殺したから、その罰をその身に受けさせたいってだけのこと』

「私の体は個人の体ではない。ハルガ地方そのものと言ってもいい」

『知ってるよーん。だからこうして、ボクが来たんじゃないか。ボクは国家そのもの、国そのもの。君と話し、君を罰する。それがボクの仕事。刑を下す、それがボクの仕事』

「刑、というのなら形式的にでも裁判を行うべきなのでは?」

『それはもう行われた。結果はボクが言った通り。この国で、裁判は全国民の意思に委ねられる』

「それはあまり公正ではないな」

『そう?弁護士の腕によって判決が変わるよりはマシなんじゃないかな』




 さて、そろそろ真面目に考えるべきだろう。私のとるべき行動は何か。

 この国家の意志を説得して死刑を免れることができるだろうか。………否だ。

 きっと説得が通用することはない。なぜなら私はこの国のことを少しだけ詳しく知っているからだ。この国では犯罪が発生しない。なぜならこの幸源は国民全員の意思を統一したもので、その存在は国民全員の考えや思考が読めるからだ。犯罪が発生するよりも先にその予兆を感知し、その個人に対しなんらかの先手を打てる。

 つまり幸源は、犯罪者ではなく、犯罪をする予兆のある人間を知ることができ、未然にそれを防ぐことができる。

 そんな犯罪が発生しないこの国で、私は人を殺した。それは正当防衛であると主張したいところではあるが、しかし裁判が行われることはなく、法律ではなく民意によって裁かれる。確かにそれは最も民主的だが、あまり有難いことではなかった。 

 いや、そうではなく………………そう、説得だ。

 結論として説得は不可能である可能性が高いが、ではどうして自分は今生きている。それは殺す理由はあるものの、同じように殺さない理由があるからだ。

 私がハルガの代表であるという発言、きっとそれに引っかかるものがあったのだろう。


 ハルガ地方は帝国と市民公国が争い続けた領土で、帰属は帝国ということになっている。きっと知りたいはずだ、ハルガ地方の代表だという私が、何の目的でこの国に来たのかを。

 であれば、話すべきは死刑のことなんかではなく、これからのハルガのことだ。

「じゃあ幸源、私は君と話し合いたい。こんな雑談ではなく、もっと互いに利する話をしたい」

『君がハルガの代表だとか、そういう話?』

「そうだ。私の連れがいたと思うが彼らもその代表の枠組みで────」

『あぁ、その連れもまとめて死刑だから。君が今生きているのは代表だからなんて理由じゃなくて、単にまとめて絞首刑にするって言うのがボクの、国の結論だからなんだ』


 さて、彼らは私を助けてくれるだろうか。




 やっぱり一連の会話はミルの魔法で盗聴されていて、交渉はなかなか難しいと言うのが僕たちの結論だ。

「でも、私たちまで死ぬのはごめんだわ」

 ミルがそういうとエアさんがうんうんと頷いた。

「別にカルディナールを助けることにメリットがあるとは僕も思わないな」

「ミキくんって結構冷たいよね〜」

(助けないとして、どーする?)

 彼を助けようが助けまいが、僕たちが交渉できないことに間違いはない。なぜなら僕たちもカルディナールと同じように死刑執行対象者であるからだ。

 僕たちの目的は、あくまでもハルガの独立承認であり、その交渉のためにここに来ている。事態はややこしいが目的は明確だ。

「幸源って魔法なんだよね、ならミルの魔法で何とかできない?」

「幸源は魔法というより意思そのものなの。幸源を構成する意思をかき集めているのは魔法だけど………」

「その魔法に干渉は?」

 エアさんがそう言うとミルは立ち上がって杖を掲げる。

「………魔法が張り巡らされてる。多分これは意志の網ね。一度中に入れればなんとかできそうなんだけど………、繋がった人間じゃない、私じゃ入れないわ」

 ミルがそう言って座り込む。

「なら私でなんとかならない。人の頭が覗ける私なら、そこに干渉できるんじゃないかな、その意志の網に」

(じゃあそこらへんの奴適当に拉致してくるか?)

「いいえ、私とエアの魔法に耐えられる人間が必要よ。エアの魔法はともかく、私の魔法で干渉する際に大きな魔力を使うことになると思うから。それに他からの意志の逆流の可能性だってある。強い肉体と強い意志がある人間が必要」

「つまり、この国の意志の網と繋がっていて、魔法の使用に耐えられるような肉体を持った人間が必要ってことだよね」

(それってカルディナールじゃない?)

「確かに、彼しかいないわ」

「結局、助けるってことだよね〜、ミキくんは反対してたけど」

「必要なら助けますよ。ところで、今彼はどこに?」

「一軒家に閉じ込められてるわ。ずっとそこに向かってる、そろそろ見えて………ほら、見えてきたわ」


 上空百メートルほどの雲の中からその家は見えた。兵隊に囲まれていてわかりやすい。その兵隊の数は四、五十か、それ以上。ミルであれば全員まとめて殺すことだって可能だろうが、これ以上この国で殺人を繰り返すわけにはいかない。

(やることは簡単、カルディナールをあの家から連れ出す、だよね?)

「………いや、やっぱりあの家の中で全部済ませましょう。ミキとアイは入り口でずっと戦ってて。私とエアで中に侵入する。それでハッキングも全部済ませるから」

「マジですか」

「あの家、入り口以外は完璧なの。絶対に壊せない、そういう魔法がかけられてる。だから入り口をああして守っているのは、入り口さえ守ればあそこは破られない城塞だから。逆に言えば、入り口さえ守り切れるならあそこは無敵の城なの」

「でも助け出して、今みたいに雲に逃げ込めばいいなじゃないか?」

 僕がそう言うと、ミルは

「彼らにとって有利な状況の方がいい。それは決して私たちが不利であることにはならないから。ここは私を信じて」



 つまり作戦はこうだ。

 僕はひたすら敵を殺さないように戦う。その間にミルとエアさんがカルディナールを通して意志の網に介入、操作して死刑という全体意思を改竄する。

 やることは明確だ。

 時間もあまりないので、僕たちは各々の役目を再確認し、雲から身を投げ滑空する。着地はミルの魔法でふんわりと、しかし場所は敵地である。一呼吸置く間も無く、兵士全員がこちらに気がついた。

「敵だ!捕らえろぉ!」

「家に入らせるなぁ」

 その声が聞こえた瞬間、刀を露わす。きっと強い剣士なのだろう、しかしその屈強な兵士もミルの杖の一振りでその半数が倒れる。

「じゃあミキ、アイ、あとは任せたわ」

「ミキくん、アイちゃん頑張ってね〜」

 二人がそう言って家の中に入っていく。ドアが開いた瞬間にチラッと見えたが、外観以上にその空間は広がっていた。おそらくそれも魔法だろう。


「ありがとう、ミル。それじゃあアイ、任せていい?」

(不殺だね。手加減しまくりで頑張ろ─!)


 意識が切り替わる。ここからはただ待つだけだ。ミルとエアさんを信じて。

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