第15話 死線の戦場

 かつて、この刀がどんな人の元にあったのかは定かではないけど、それでもこの刀に染み付いた血の匂いや死の香りが教えてくれるのは、幾千幾億の戦場を超えてこの刀は出来上がったと言うことだ。

 それは僕自身の能力ではなく、アイを通して伝わってくる情報で、手のひらを介して流れてくる情熱しょうどうだ。


 この刀は人を殺したがっている。


 そう感じるのは僕が一般人で、刀を持ち人を殺すと言う状態に抵抗があるからで、全ての責任を刀に転嫁したいからかもしれない。

 しかし、ならどうしてだろう。どうして今苦戦しているのか。親衛隊とすら匹敵することのできるこの刀で、どうして僕は傷を負っているのだろう。

 自分を客観視できるこの状態では、僕は自分のことを感覚よりも理解することができている。普通だったらわからない箇所の傷や、どこを痛めどこを骨折しているのかが手に取るように分かる。

 ここまでの深手を追うのは初めてだ。しかし相手はどうだろう。総勢三十を超える兵士を前にしているが、その誰も怪我をしていない。その理由は単純で、僕がアイに無闇に傷つけたくないと伝えたからだ。それは間違いなく僕の本心であったけれど、事はそう単純には運ばない。

 何せこれは殺し合いだ。相手は躊躇うことなく殺しにくる、命を削りにくる。であれば、いかに刀が優れていようとその殺意を前に技術では立ち行かない。

 殺しにくる相手を前に殺さないと言う選択肢を選べるのは強者のみだ。

 であれば考え直すべきだ。「どんなに優れた目的があろうとも、手段は選ぶべきだ」と言う考えを。

 傷つけないのは不可能だ。この刀は傷つけることしかできない。そう言う記憶しかない。

(アイ、殺すのはダメだ)

「けどミキ!もうそうも言ってられない!」

(けど、傷つけないのは諦めよう。このままじゃ何も達成できない。目先の理想を追って現実に負けるくらいなら─────)

 二人の兵士が左右から同時に刀を振るう。一本刀、どう対応するのか。


 胸に込めるは、ほんの少しの真っ赤な殺意。


 自制を一つ外した刀の動きは洗練されていた。

 単純だ、一歩下がって交差した腕を叩き切る。ボトっと、二つの物体が落ちる。滴る血が刀を伝う。震えているのは刀か、腕か。

 叫び転がる二人の男。それを見て後ずさる後ろの兵士。しかし使命を胸に職務を基に、彼らはこちらを見て離さない。

 戦うべきという理性と逃げるべきという本能が葛藤しているのか、彼らはそこから動かない。

 なら、後は簡単なことだ。腕を、足を、首を除く首を断つ。

 きっともう日常は送れないだろう怪我を負わせる。死に至らない程度の致命傷を負わせる。悪趣味なことで、どうやらそれはこの刀の得意なことの一つであるらしい。

 あぁ、これは合理的だ。この刀は無駄なことはしないらしい。刀を持つ手を切り落とし、もう片方の手で刀を握る様な人間がいたら腱を切る。それは両腕を断つことへの配慮なのかもしれないが、やはりやっていて心地のいいことではない。

 戦場であえて殺さずに負傷させるだけというのは一つの作戦としては存在するけれど、僕のやってることはそれとは違う。単に殺したくないからだ。ただ無責任に、殺したくないから、死ぬ手前まで殺しているだけだ。

「これならいけるかも!」

 ばっさばっさ、なんて優しいモノではなく、形容し難い破裂音と切断音が響く。

 正しさは僕を救わない。頼れるのはいつだってこの刀で、暴力なのだから。




 ミキが戦っている最中、エアとミルは迷っていた。家は魔法で構造に歪みが発生しており、その見た目よりもいくらか広く、正常な作りではなかったからだ。

「ミルちゃーん、もう歩くの疲れたよー」

 エアはぐでっと力が抜けた様に床に座り込む。歩き続けて半刻が経過しており、それでもカルディナールを発見するには至っていない。ミルも単なる家に過ぎないとは思っていない。外から見た時、外壁は完成されていてそこに隙はなかった。隙はないが玄関あながあった。だから彼女らはそこから入ってきたわけだが、、、、、

「弱点集約する魔法、それに空間をいじる魔法。それなりの魔術師がここを作ったと考えると、親衛隊さんを見つけるために歩き続けるのは無意味ね」

 そういいながらミルは、エアと自分用に椅子を作ってそこに腰掛けた。流石のミルも無から生成するのは困難なのか、床の木を引っ剥がしてそれを加工していた。ついでに机も作っていたけれど載せる様なものをミルは持ち合わせていないので、机の上にはエアの持っている小さなポシェットだけが置かれていた。

 二人は外で戦っているミキのことなど知る由もなく、エアはダラダラと時間が経過するのをただぼーっと待とうとしていた。ミルもそれに乗じているのは、完全に迷子になったからで、こうして立ち止まることに意味はないけれど、この迷宮を歩き続けることはより意味のないことだからだ。

 ミルは左手の法則も考えたけれど、そんなのは多分意味のないことだと一蹴し、別の策を模索しこうしていた。

「この家の中にカルディナールがいるならさぁ、向こうも何かしらのアクションを起こしてるんじゃないかなぁ」

 エアは足をマッサージしながら可能性の話をする。こちらから届かないのであれば向こうから。それは確かに期待したいところではあるが現実的ではないことを発言者であるエアも理解していた。

「カルディナールが何かしたところで、おそらくこの魔法を破ることはできない。腕だって………、腕?」

「あー、彼の腕、まだ完全にはくっ付いてないんだよね。それじゃあやっぱり期待できないよねぇ」

「そうじゃない。エア、まだ繋がってる」

「………腕が?」

「腕もそうだけど、私と彼の腕はまだ繋がってる、魔法で繋がってるの」

 何か閃いたようなミルを見て、しかし要領を得ないエアは

「よくわからないから分かりやすく言って」

 疲れて少し苛立っているのか、エアはいつもよりも口調が強くなっていた。しかし、ミルはそんな事を気にする様子を見せる事なく、ただ思いついた事を話す。

「最初の目標は、カルディナールと貴女エアが性蝕。その後に私が貴女を経由して、公国の網をハッキング。だけどカルディナールに会えない以上、その作戦は不可能。だから少しだけ、立ち位置を変えましょう」

 そう言って、ミルは手をグッと強く握ると赤い線が薄らと現れる。

「これって、、、、魔法?」

「そう。私の治癒の魔法の残滓。導火線みたいにカルディナールに繋がってる」

「ならこれを辿ればいいって事?」

「そうしたいんだけど、そうもいかないの。これで気がついたんだけど、この魔法使いは空間を歪めて永遠に辿り着けない迷宮を作ったんじゃない。空間を歪めて延々と続く道を作ったのよ」

「じゃあどうするの、終わりのない道なんて。もう歩けない、パンパンで、足が」

 倒置法で無理を訴えるエアにサッと魔法をかける。エアは癒える足を揉みながら「おぉ………」と、感嘆の声を漏らす。

 それから何故か、ミルはもうマッサージする必要のないエアの太ももを揉みながら、完全には纏まっていない考えを話した。

「立ち位置を変える。つまり、私がカルディナールと遠隔で繋がってる。遠いけど繋がってるなら魔法は必ず届く。だから私が間を取って、カルディナールと貴女を繋ぐ。それで貴女がハッキングするの。人の頭を覗き見るのは得意でしょ?」

「………性蝕無しの思考読みは経験ないなぁ。それに遠隔なんて尚更。ミルちゃんとカルディナールが繋がってるなら、ミルちゃんが全部やっちゃうのがいいんじゃないの?」

「そうできればいいんだけど、、、、私にそこまでのキャパはないの。元の作戦よりも広くハッキングすることはできないけど、あなたの能力なら私よりも深く潜れるはずだから」

 エアにはミルが何を言っているのかよくわからなかったが、ミルの曖昧な表現から自身がやることにも意味があることをなんとなく感じ取った。





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