第16話 ① 争いの火種に水をあげましょう

 カルディナールにとってピンチとは休憩時間だ。彼は剣の腕こそ優れているものの、魔術に対する抵抗は全くなく、こうして迷宮に閉じ込められたとしてできることなんて一つもない。武力で解決できることであれば、彼にとってそれはどんな問題でも容易いことだ。しかし魔法が必要なものであれば、彼はなす術がない。彼は無駄を嫌うので、決してここで努力をしようとはしない。努力とは、詰まるところ投資のことで、彼は無駄な投資はしないということだ。リスクを嫌うといってもいい。

 しかしながら、ただこうして眠っていることが、彼にとってどんな意味があるのかといえば、それは体力温存以外の何の意味もなく、彼を助けようとしているミルやエア、アイやミキにとってみれば不満が漏れるかもしれない。だが、カルディナールが確信しているのは、武力を極めたところで、魔法には対抗できないということだ。魔法使いに対して、全くの無力というわけではない。魔法使いが相手であれば、それは人間が相手ということであり、そこには魔法剣技以前の対立がある。しかしながら、カルディナールが理解したこと。それが治癒の魔法の残滓を経由したミルとエアによる思考盗聴の影響であることに気がつくわけもないが、彼は幸源が魔法であることを知った。だからこうして何もしない。ただひたすらに用意された部屋の小綺麗なソファに横たわっていた。

 が、ある衝撃で彼は目覚めた。

 その異変は感覚的なもので、実際に何かが揺れたりだとか、衝撃があったりだとか、そういう分かりやすい変化があったわけではない。それはほとんど直観的なもので、何の根拠もなかったが、自身の生存本能が訴えかけるのは、ここからは分かりやすい戦いの場であるということだ。急いで机の上に置いてあった剣を携えて部屋の扉を蹴り飛ばすと、そこには

「「………あ」」

 なぜか廊下に置かれている天蓋付きのベッドの上で、なぜか乱れた服装で同衾しているエアとミルの姿があった。

「何をしていたんだ………」

 決して上品とはいえないはずなのにどこか美しさすら感じる二人の姿を見て、緊張の糸がほつれるような、そんな感覚を覚えたカルディナールだったが、今必要なのは事情ではなく状況であると思い直し、こう問い直した。

「何が起きてる」

 エアとミルが互いの顔を見合わせた後に、ミルは布団から出て服装を整えながら答えた。

「私とエアで思考の網に介入して色々してたんだけど、それに怒ったか驚いた光源が貴方を殺そうとしているみたい」

「………私が?お前たちじゃなくて?」

「思考の網に介入するときに使ったのが貴方の腕の回線だから、幸源からしてみれば貴方が逆ハックをしていると認識するでしょうね」

 傍迷惑なことだと思いながらも、彼はこれのおかげで光源の本質に気がついたのだと悟った。そしてそれはこの二人も同じだろうと考えた。

「で、そのおかげでとりあえずはこの無限迷路を突破できたということだな」

「いや、そういうわけでもないんだよね〜」

 いまだに布団の中でモゾモゾしているエアが廊下の向こうに指を刺す。そこは階段で下を見ると無限に続く螺旋となっていた。

「私たちが合流しただけで、この家自体を攻略できたわけじゃないのよな〜」

 永遠に落ち続けるのは嫌だと思いながらも、カルディナールは下を見ていた。すると、スタスタと男が歩いてきているのが視界に入った。階段を一歩一歩登ってくる彼が遥か下の階にいた。


「腕を直してもらえますか、ミルさん。できるだけ早く」

 カルディナールはそう言いながら、口元に人差し指を当てた。ミルとエアが耳をすませると、カッカッ音が響き、二人も誰かが近づいてきていることを察した。

 ミルが集中のためか、目を閉じてカルディナールの腕に触れると、辺りが緑色の光に照らされた。エアは特にやることがなく、それでも何もしないというのは居心地が悪いところがあったのか、下から登ってくる正体不明の男に対してカルディナールが軟禁されていた部屋にあった家具やら本やらを投げていた。

 その時間稼ぎが功を奏したのか、あるいは何かの気まぐれか、カルディナールの腕が完全に繋がったタイミングで、その男は階段を登り終え、三人の前に現れた。


 そして一瞬の間も無く火球をミルが放出するも、それは男には届かなかった。

「魔法は無駄だぜ。この空間じゃあ魔法は無意味なんだ」

 男はそう言いながら、鞘に収まっていた刀をスルリと抜いてカルディナールに向けた。

「私が親衛隊であると分かっているのか?」

「もちろん。その赤の紋章は親衛隊の赤。知らないはずがないさ」

「であれば、どうしてそれを仕舞おうとしない。自殺志願者か?」

「いいや、オレは死刑を執行しに来ただけの兵士さ」

 ミルは二人の会話を聞きながら、火球のように誰にでも可視なものではなく、魔法使いであれば誰にでも認識できるが、騎士には不可視な魔法攻撃をいくらか仕掛けたものの、それが届くことはなく、またそのことに相手が気付いた様子もないことから、この空間は今だに歪んでいると気がついた。

「それと………そこの女ども、言っておくがお前らの魔法は完全に封じられてる。だから、そこで黙って座ってるんだな。親衛隊を殺した後で処刑してやるからな」

 そう言って男は地面を蹴る。カルディナールはいつもと変わらない様子で剣を握って相手をする。鳴り響く剣がぶつかり合う音が空気を占める。その音は一定のリズムを保ちながら、カルディナールの皮膚を削り始めた。

「………………!」

 カルディナールは自分が押されつつことに気がついていたが、その原因が分からなかった。帝国親衛隊ともなれば、数秒の剣戟で自分と相手の力量差を把握する。能力の違い、性能の違いがカルディナールには剣を通して伝わっていて、だからこそ、明らかに自分よりも格下のこの男がどうして自分に傷をつけられるのかが分からなかった。

 そんなカルディナールが戦っているのを見て、ミルが感じ取ったのは一つの魔法の流れだった。それはカルディナールからどこかに繋がっていて、同じ類の線がその男にも繋がっているのを見た。

「カルディナール。貴方は今、思考の網に繋がってる状態よ」

 ミルがカルディナールに現状を伝える。そしてそれは合っていたようで、その発言を聞いた男はニヤリと笑った。

「そうだ!てめえの動きは全部、網を通して分かってんだよ!」

 その言葉に動じることなく、攻撃を続ける親衛隊。先が読めたとしても、相手に出来ている事は彼に少しの怪我を負わせる程度で致命傷には至らせられない。結局のところ技術に圧倒的な差があるので、こちらの攻撃は通らないものの、防御の面では大きな問題はない。であれば、ここはひたすらに攻撃を仕掛け、相手の体力が無くなるのを待つまでだと、考えたからだ。


 しかし、事はそう簡単には運ばない。


 カルディナール一人であれば、容易に対処できる攻撃ではあるものの、ミルやエアを守りながらともなればそうはいかない。ミルの魔法がなぜか通じないこの環境ではカルディナールが彼らを守るしかないからだ。

 それでもさすが親衛隊だろうか、時折相手の懐に入り込み、一太刀入れてみせる。本来であれば死にいたる傷であるはずだが、太い血管を一本断っただけに済んだ。飛び散る血液はカルディナールだけでなくミルとエアにもかかっていた。


「………惜しいな。だが殺せない、全部わかっているからな」

 ピシッと、体に走る痛みは腕から流れていた。転がっていたのは左腕。

「ついさっき右腕がくっついたばかりだというのに、今度は左か」

 自らの腕を断たせて与えられた損傷はたった一本の動脈で、それは現状の不利な状況をわかりやすく表している。


 カルディナールは冷静に、転がる自分の腕を見た。

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