第8話 正しさを求めて悪を為す。
「親衛隊、貴様はそこで何をやっている?」
皇帝の声がした。それは魔法で拡声されたもので、城の内部から伝達されているものだ。
「先の隊長の仇討ちを」
「それは命令に入っているのか?」
「………城の防衛が我の職務です」
「では、もう一度聞こう。お前は今何をやっている?どうして死人が出ている?」
親衛隊が怒られている。
????
だめだ、ぐちゃぐちゃだ。だから、少しだけ整理しよう。どういう状況なのかをよく考えよう。
みきくんの体を操作してるのはアイちゃん。親衛隊じゃなくて、女の人を斬った。そのせいか、みきくんとアイちゃんが混じってる。あの状態は大丈夫なのかな。よくわからない。
ミルちゃんは少し動転しているようだけど、魔力が杖に集まってるから戦う準備は万端だ。だけどミルちゃんじゃあの親衛隊の人は倒せないかも。魔力はあってもスピードはないし。
で、私。冷静にこうして考えられてる。あの親衛隊がミキくんに近づいたのも、どうしてかミキくんが親衛隊じゃなくてあの女性を切っちゃったのも全く見えなかった。やっぱり親衛隊とは戦えない。
だから、今の私たちに親衛隊を倒せる絶対的な要素はない。何より親衛隊を倒しても、今も増えつつあるこの兵隊の囲いを突破できるとは思えない。
「あー、あー、聞こえますか?」
馴染みのある声が響く。皇帝の声が響くのと同じ感じでミルちゃんの声が聞こえてきた。
「聞いての通り、私が拡声回線をジャックしました。私たちが力で制圧しようとしたらできないことではありません。そこの騎士は七星剣を抜き、三八部隊を下し、親衛隊にも拮抗しました。私の魔法の腕に関しては………この現状が何よりの証左になるでしょう」
私に関するフォローはないけど、うん、いい問いかけだ。
しかし肯定からの返答はなく、沈黙が流れる。親衛隊はあれから一歩も動くことなく、ただ俯いている。
「ですからお話をしませんか。暴力は好みません、戦いを好みません。もちろん襲われれば対抗せざるを得ませんが、お互い動物ではありません。理性ある人としての行動を、皇帝閣下には求めます」
深々と、宮殿に向けて頭を下げる。誠意が重要だ。何よりも、自分が描く上であることを確信している相手になら尚更だ。
「カルディナール、そいつらを宮殿まで案内しろ。それがこれからのお前の仕事だ。憲兵は死ね、それか仕事に戻れ」
「………わかりました。レアグハオ皇帝閣下」
ぞろぞろと、兵隊が持ち場に帰っていく。私たちはただじっと次の流れを待っていると、先ほどのカルディナールと呼ばれた親衛隊が近づいてきて私たちに握手を求めた。
「こんにちわ、魔法使いとお強い剣士。それと綺麗なレディ」
しかしその手を取ることはなかった。いや、取ろうとはした。ただ指が二本かけていた。それも新しい傷であることから、さっきの一筋でミキに、正確に言えばアイに切られたものだろう。布で応急処置はされているものの、その歪さは生々しく、痛々しかった。
カルディナールは私たちの反応に満足したのか手を引いて
「では着いて来てくれ。私が受けた勅命は、城の守備ではなく迷子の対応、もしくは田舎者の案内なのだから」
と、嫌味ったらしく続けた。
煌びやかに装飾が施された門をくぐると大きな中庭が広がっていて、その中心には涼しい噴水が置いてあった。そこには年端も行かない幼い男の子が腰をかけて本を読んでいた。
その少年の横を通り、私たちは宮殿の建物に入り、ある一室に閉じ込められた。
「ミルちゃん、防音よろしく」
「もうやったわ。それよりもミキ。あなたは今どっち?」
「残念ながらアイだよ〜。ミキは返答なし。多分意識が飛んでる」
アイちゃんがミキに憑依している時の感覚を私たちが知る由もないので何も言えないけれど、それでも意識が飛んでいるというのはなんとなくおかしい気がした。
「………そう、それでミキは、アイはいざとなったら、今まで通り戦えるのかしら?」
「戦えはするかな〜。刀の記憶だけで戦うことになるからレパートリーは減るけど、それでもさっきの嫌なヤツは一人二人くらいなら相手できるよ〜」
何だからいつもと違うミキくんの言動に違和感がすごいが、それでもしっかりと戦えるようで安心した。私はそんなに戦えないから。
「じゃあミルちゃんは?」
「私は───」
こんこん、とドアがノックされる。
ミルちゃんが杖を振って魔法を解除したのを見てミキ(アイ)が返事をした。
「どうぞ〜」
入って来たのは先ほど同じ親衛隊。
「皇帝の元へお連れします」
階段を登り三階へとたどり着く。思っていたような対面の仕方ではなかったが、それでもこうして皇帝と直々に話すことができるというのはチャンスだ。
私はこれを絶対に活かさなければならない。
開かれた扉の向こうには、例の声の人物と思える髭を髭を生やした老人が座っていた。その姿はきっちりかっちりとしていた。
「必要はないと思うが。私はレアグハオ・アディル・ギャベイラベリ。このマリガロッド帝国の皇帝であり、君たちが暮らす村を襲わせた張本人だ」
「………知ってます。今日はそのためにここに」
「待った、名前だ。それを聞かせてくれ。本題はそれからだ」
「ミルベルボルン・オーアエン・ネイロヴィアーヌ・ファストノート」
ミルちゃんがそういうとレア皇帝は私の方を見た。
「エアグレージョ・ヨエイ・スァフブケットです」
「あぁ、君は村長の」
「はい、娘です。キリ条約締結の際に一度だけお会いしました」
「そうだったか。それで、君は?」
「うち………僕はミキです。よろしく皇帝〜」
とりあえずの自己紹介を済ませたところでお仕事だ。ここからが私の仕事なのだから。
「私たちはハルガ地方の中立国化を目指しています。その話し合いのために今日、こうしてレィルに足を運んだのです」
「話し合い?いや、違う。君たちが今日ここに来たのは殺し合いをするためだ」
「………どういうことですか」
「これから私の親衛隊と戦ってもらう。そちらが三人だからこちらも三人だそう。ファフジディール闘技場で。それでもし勝ったら貴様らのいうことを何でも飲もう」
準備なんて当然なく、移動した先はファフジディール闘技場待機室。レィルではなく宿があるエンドレッドに所在しているために、レア皇帝は見に来ないらしい。この闘技場での争いを提案されたときは、殺し合いが好きなのかとも思ったが、あれは単に、勝った方が正義というわかりやすい結果を導いてくれる決闘が楽だから、というだけだろう。
椅子に座って考える。どうしよう、どうすればいいんだろう。
あぁ、しかし冷静になればなるほど不安だ。私に戦えるのか、当然無理だ。心が読めても意味はない。あの親衛隊を見た、動きは見えなかった。結局のところ、速さが一番なのだ。戦いにおいて最も重要なのは速さだ。それがあの一瞬で分かった。
みきくん………じゃなくアイちゃんも不安だ。みきくんがいない状態をアイちゃんは知らない。体は動かせてるみたいだけど不確定要素がありすぎて万全とは言えない状態であることに間違いはない。
ミルちゃんは─────
「大丈夫、私が何とかするから」
「「………え?」」
始まった試合。呆気に取られた私とアイちゃん。
その間を通って部屋を出る。
追いかけようとドアを叩いたが開かない。空気の壁がそこにあった。
「拡声回線をジャックした時に、他にも大事な回線を奪っていたの。だから使わせてもらうわ」
杖を掲げ、離れた宮殿に魔力を送る。それはスイッチを押すための動作のようなものでほんの少しで十分だ。
起動するのは宮殿に備えられた攻撃兵器。目標は当然、ここファフジディール闘技場。
宮殿にこんなものがあるとは知らなかった。が、これほどの兵器があるのならあれだけの警備は納得だ。むしろ足りないくらいだ。
遠隔ではあるものの繋がりがあるから大丈夫、多少の死者は仕方がない。これは綺麗な物語ではないのだから。
宮殿に刻まれた魔法陣が起動し、城の上空に赤い球体が発生した
「──────闘技場って馬鹿なのかしら。戦は場所を選ばないのよ」
放出される汚れた魔力。それがそのまま闘技場に降り注いだ。
闘技場にいた人間は壁で守っていたアイとエアを除いて消滅した。準備をしていた親衛隊も霧散し、親衛隊は遅刻していたカルディナールだけとなった。
戦いが始まることは、ついぞなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます