第7話 努力とは、才能との差を埋める行為ではなく、目標との差を埋める行為である。

「ごめんなさい………」

 昨日とは打って変わって、エアさんは一番にカフェスペースに集まって、ミルは完全に遅刻してきた。ちなみにアイはまだ寝ている。

 エアさんも結構飲んでいたようだが全く問題ないらしい。朝早く来ていることからも、昨日は誰とも寝ていないようだ。


「全員揃ったね」

 エアさんは僕たちの顔をよく見てからうんうんと二度頷いた。

「結果から言って、ばっちりよ。まぁ性蝕はできなかったから確実とは言えないけど、それでも有益な情報を得られたわ。現皇帝閣下に関する、ね」

 成果を上げたエアさんとは対照的に、貢献するどころか自滅したミルがその報告を少し苦い顔で聞いていた。おそらく自分の失態を恥じており、エアさんに頭が上がらないのだろう。

 そしてそんないつもとは違ってしょんぼりしたミルを見かねてか、

「いやいや、そう落ち込みなさんなって。私の魔法とミルちゃんが飲ませたお酒のおかげで口を軽くできたんだからさ!」

 と励ましていた。しかしそれを言われると、僕は本当に何もしていないので立つ瀬がない。


「して、その情報とやらを聞かせていただけますでしょうか、エア様」

 僕はへり下り、彼女にココアを献上した。

「ふむ、では良かろう。刮目して聴け!」

 果たして目を見開くことで聴きやすくなるのかはともかく、その言葉の続きを待つ。ミルが魔法で空間を覆う。外からの音は聞こえるが、僕たちの声は外からは他愛のない自然な会話になっているとか。非常に便利な魔法だ。


「昨日の次男坊、名前はリャクゥ・アディル・ギャベイラベリ。メイドはリーヤと呼んでいたわ。彼、お酒が回って魔法がうまく絡んだおかげでいいことが聞けた。あぁ、いい男だったけど寝てないわよ。メイドがリーヤを引き連れて途中でどっか行っちゃったから。

「でね、ここからが本題。つまりレア皇帝のこと。ミルちゃんとみきくんが昨日会ったっていう情報屋の言う通り、皇帝は基本城から出ない。でも基本ってことは

「例外がある、ってことですよね?」

「そ。勿体ぶることでもないから言っちゃうけど、その例外がお参りだって。毎月決まった日に、アディル宮殿から少し離れたところにある墓地に護衛を何人か引き連れて行っているんだって。それも夜に」

「………人に知られたくない何かがある?」

 ミルはそう言って考える。確かに怪しい。夜に墓地というのも不自然だが、それが人目を引かないようにするためであるのなら、その墓地で何をしているのかを突き止めたい。まさか本当にただのお参りというわけもあるまい。

「だとしたらそこに付け入るっていうのもありなんですかね?」

「そうだねー。多少卑怯な手でも、いや、卑怯な手だからこそ現状を変えられるかもしれないし」

 ともなれば次の目標はそれだ。墓参りをする工程が何をしているのか、それを突き止めること。



 僕たちは宿を取ったままで首都レィルへと足を運んだ。エアさんは、その決まった日というがいつなのかまでは聞き出せなかったから、私たちはそのお墓をこれから毎日見張る必要がある。そしてレィルで宿を取らなかった理由は宿探しが面倒臭いという理由の他にもう一つ、

「憲兵が多いね………」

(宮殿が近いからな〜)

「そうね、皇帝はきっと臆病者よ」

「あはは、昨日のリーヤくんもおんなじこと言ってたなぁ。暗殺未遂事件があってから宮殿周辺の警備を強化したらしいよー」

 僕たちはそうして歩きながら首都を回った。その中で昼間のうちに墓地を見ておこうという意見が出たので道を尋ねながらレィルに唯一あるらしいその墓地へと向かった。


  しかしそれは間違いだった。一つはあまりに愚かなこと。僕の服装だ。今着ているこのスーツは、僕がこの世界に来る前に着ていたものであり、あの襲来の日に僕が着ていたものだ。

 僕があの時殺したのは隊長だけで、他の兵士は生還している。だから、この服を切るべきではなかった。だってこの服は僕にとってはもう着なれたものだが、この世界にすむ人間にとっては歪なものでしかないのだから。


「下がってください!あいつは、あの黒服の男は貴女の夫の命を奪ったやつです!」

「仇は取ります………!」

 その墓地には二人の兵士と一人の女性が花を手向に来ていた。僕たちはそれを横から見て通り過ぎるだけの予定だったが、そうは行かなくなった。


 僕のことを見る女性の目はひどく赤く染まっていて、憎悪と悲哀に溢れていた。そんな現実から目を逸らすかのように、

「………アイ、お願いしていいか?」

(殺すのか?)

「ミキ待って!もし囲まれたりでもしたらっ」

「ミルちゃんや、囲まれたりでもしたら、じゃないよ。だってもう囲まれてるからね」

 剣を抜いた兵士が墓地の周りに続々と集まった。その数は………数えるだけ無駄だ。ともかく、切り抜けられる確固たる自信を抱くことができないだけの数であり、危機の真っ只中に自分がいることは理解した。


 布を解いて刀身を露わにする。異様に長いその刀、七星剣。聖剣として扱われていたらしいが、聖剣だろうが魔剣だろうが切るものに違いはない。つまり、人だ。

 覚悟を決める。ミルはまだ少しだけ動転しているようだが戦いが始まれば切り替わるだろう。エアさんが結局のところどれだけ戦えるのかはわからないままだが、余裕そうな表情から察するに、死を覚悟しているようには見えない。

「アイ、それじゃあ────」



「待てよ、貴様ら。戦没者の墓で何をしているというのか」



 よく通る声だった。この騒々しい押し寄せる人の波の中で、際立って耳に残るその声の主が、墓へと踏み入れる。

 その唯ならぬ空気オーラから、ただの雑兵でないことはすぐに分かった。

「………赤い紋章、気をつけてミキ、エア。彼、親衛隊よ」

「ふぅん、道理でいい男なわけだ。こんな出会いじゃなかった絶対喰べてあげたのになぁ」

(エアは相変わらずだな)

 アイのことが脳内に響く。まだアイの操作ではないらしい。僕は少しだけ不安になりながらも刀を握る拳に力を込める。


「んんん?解せない、全くもって解せない。お前、剣の素人だな?どうしてこんな男に三八部隊の隊長が?」

 その男の一言で、周りの兵士はざわついた。誰も彼もが顔を見合わせ僕のことをいろんな感情が混じり合った目で見た。

「三八部隊!?ミキくんってあの三八部隊の隊長を倒してたの?」

「あれが三八部隊。なるほど、私の壁が破られたになんら不思議は無くなった」

 エアとミルがそれぞれ違った感想を漏らす。


「………何も語らずか、いいだろう。お互いに剣士であるのなら、語るに落ちず戦うに落ちるなのであろうからなぁ!」

 親衛隊の彼は早かった。距離は十分に離れていたはずだが、地面を蹴ったその瞬間に確実に僕の首を切る間合いにまで迫っていた。


 それと同時に僕の体も動き出す。ギリギリまで憑依のタイミングを待ったのは、こちらの間合いを把握させないため。鞘もなく隠しきれない刀身ではこちらの間合いがバレバレだ。だが、素人と玄人の剣の間合いは同じではない。一秒前まで素人であったものの間合いが、突如ベテランのそれに切り替わる。


 切った感覚が手に残る。獣を切るのとは違う命を絶つ一筋。


 居合による不意打ちは成功したかのように思えた。

「………驚いた。二重人格というやつか?それとも、、、、」

 断ったはずの親衛隊の声がする。僕は、僕の目の前の赤い物体をよく見た。


 それはさっきの女性だった。お墓に花を供えようとしていた女性。二人の兵士の後ろでこっちを見ていただけのはずの女性。僕のことを恨んでいた女性。

 胴がバッサリと切断されていて、その死に方はどこかで見た覚えがあった。


「夫婦で同じ死に方か。であればきっと同じ場所に行けるのだろうな、ご婦人は」

 姿の見えない親衛隊の声が脳内に響く。


 僕は、殺す相手を間違えた。


 途端、思考が停止する。

 殺人の代償か、あるいは戦闘の疲労か。何も認識できないまま、僕は暗闇に堕ちていった。


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