第6話 信頼と信用、友情と愛情

 村を出発して二日が経過した。

 僕たちはマリガロッド帝国の首都に隣接した大都市、エンドレッドに到着したわけだが、なかなかどうしてうまくは行かないもので、僕たちはこうして足踏みをさせられている。

 取った宿の一階にあるカフェスペースで、起きてこないエアさんを除いた僕とミルとアイで駄弁っていた。


「それ、アイスティー?」

「そう。香りが少し弱いけど美味しいわ」

 朝の八時。朝食を取るにはいい時間だ。

 頼んでおいたフレンチトーストが運ばれてきたので、シロップを贅沢にかけて味わうことにした。

「ミルは何も頼んでないの?」

「私はアイスティーだけでいいから」

 ホットの紅茶ではないようだが、ただ飲み物を飲むだけのその姿もやけに様になっていた。なんとなく、朝の姿というのが新鮮で見惚れてしまう。そんな彼女をみていると寝癖が少しだけ立っているのを見つけてしまった。


「………………なに?」

「あ、いや、寝癖が」

「………っ、ありがとう」

 そう言ってぴょんと跳ねた後ろ髪を手でとかす。窓から突き刺した太陽光が金髪に反射してキラキラと煌めいた。


「お二人は旅行者かな?」

 そう呑気に過ごしていると、一人の男が話しかけてきた。まだ1日も始まったばかりだというのに、その男からはアルコールの匂いが漂ってきた。

 見た目は30後半くらいの無精髭を生やしたおじさんだ。まさしく、といった感じであまり話したくはなかったが、旅行者と思い込んでくれているのなら情報を集めるのに丁度いいと思った。

 一瞬ミルと目配せを交わし、ミルが軽く頷いた。

「そうなんです。田舎の方から出てきたものなのでこの街のあとは首都の方にも行こうと考えてて」

 僕がそう言うと

「レィルで観光におすすめの場所ってありますか?」

 ミルが合わせてくれた。

「レィルなー。一応首都って形だが、こっちの方が栄えてるからなぁ。エンドレッドだったらいくらでもいい場所教えられるけど、レィルだったら一つしかないなー」

「どこですか、それ」

 僕はフレンチトーストを食べながら聞く。

「そりゃあアディル宮殿さ!まぁ中には入れないけど外観だけでも圧巻だぜ?」

 男はグラスを傾けながら言った。うーん、アルコールの匂いが非常に不快だ。

「アディル宮殿、ですね。しかしあぁ、是非ともレアこうて………レアグハオ・アディル・ギャベイラベリ皇帝閣下を拝見したいと思っていたのですが」

「皇帝は城に篭ったまま出てくることはないし………。あはーん、そうだ。だったらお嬢ちゃん、いいところがあるぜ」

 そう言って紙とペンを寄越すようにジェスチャーをする。僕はカウンターで紙とペンとコーヒーを一杯だけもらってから席に戻った。

 男は何やら地図を描き出した。そしてある一角に丸をつけミルに紙を寄越した。


「そこのバー。皇帝は当然くるはずもないんだが、皇帝の次男が入り浸ってるところだ。メイドを引き連れるからすぐわかるだろうな!皇帝ほどの風格はないが、それでも見ておくのもいいんじゃないか?面影はあるからな」

 男は残っていたお酒をぐびっと飲み干した。そして空になったグラスを僕たちの机に置いて「情報料だ、会計は任せたぜ」と言って去っていた。



 

 いつまで待っても起きてこないエアさんを起こしに行ったらエアさんと男の人の声がしたので、夜にバーに行くことを伝え、部屋の前から立ち去った。バーに行くまでは自由行動ということで、ミルは部屋に戻っていった。僕はアイと一緒に酔っ払いに勧められた場所の中から面白そうなところを回ることにした。


「バルガリガ広場」

(あの鳥でっか!羽やっば!)

「メルシック運河」

(めっさ綺麗!)

「ファフジディール闘技場」

(血やっば!参加したい!)

   ………………など色々回っているうちに約束の時間が近づいてきた。


「お待たせ─!」

 やたらと露出の多い服を身に纏ったエアさんを見て、ミルが少しだけ引いていた。

「エア、その服装は………」

「いいのー!だってバーでしょ!?久々だもん、こんな都会でお酒飲むのー!」

 そう言ってドアを開けて入っていったエアさんの後ろを僕とミルがついていく。アイは店の中に入りたくないといっていたので外で待ってもらうことにした。


 オレンジ色の灯りと渋いジャズの生演奏が魅惑的な雰囲気を醸し出している店内。広さは朝にいたカフェの倍くらいで、6、70名ほどが入るだろう。そして先の話で出た皇帝の次男なる人物を探したい気持ちを抑えて、まずはお酒を頼むことにした。

「レッドノーティス、カジャ、ミフレス、キッロン………どれも知らないお酒ばかりだ」

「貴方、お酒強いの?」

 どこかに行ってしまったエアさんを放っておいて僕とミルはカウンターについていた。僕が首を横に振ると、ミルはリストを見ることなく二つのお酒を注文した。

「リブラウェコード。あっさりとしてて飲みやすいと思うけど」

 真っ赤な液体。トマトジュースとはまた違った赤みがあり、この色の液体に遭遇する機会がほとんどなかったからか、なんとなく遠慮したくなる。

 しかしミルが一気にそれを飲み干していたので、僕も負けじと流し込んだ。

 カッと血圧が上がるよな感覚が………………こない。

「アルコールは殆ど飛ばしておいたわ。酔わないのは変だから全部じゃないけど………これくらいじゃ酔わないわよね?」

 そう言ってしまってある杖をチラッと見せてくるミル。なるほど、魔法でそんなこともできるのか。

「………うん、大丈夫そう。ありがとう」

 そうしてカウンターで特に意味のない会話を繰り返す。つまみにピーナッツだったりチーズだったりをつまみながら。大きく盛り上がりもしないまま三十分ほどが経過した頃に

「ミルちゃーん!みきくーん!飲んでるぅぅぅぅううう!?」

 うるさい人がきた。エアさんは既に出来上がっているように見えた。そしてわちゃわちゃと何かを言いながら僕とミルの間に割り込んでお酒を飲み始めた。

 丁度その時だった。


 カランカラン


 調子のいいベルがなって二人の男女が入ってきた。女性の方は見たらすぐにわかった、メイドさんだ。つまり、この人だ。僕たちが探していた人は。

「おう、いい女がいるじゃねえか」

 ズイズイと入ってきてエアさんの腰に手を回した。エアさんもなんら抵抗することなくその男の腰に手をまわす。

「本当にいい女だ。胸もでけえ、背も高え。髪も流れるようだ。そっちは───まだガキだな」

 エアさんを絶賛しミルを小馬鹿にしたその男、皇帝閣下の次男であらせられるその人だ。名前は確か────

「そっちの娘はだーめ。ねぇ、私とお酒飲もーよ」

「いいぜ、その後は………な?」

「うん。いーよ」

 二人はイチャイチャしながら奥の席に座った。僕はそっちの会話を聞くために移動しようとしたが、ミルが僕の袖を引っ張って邪魔してきた。

 何かと思ってミルの方を見たら

「………胸が全てなのかしら」

「え?」

「だから胸よ。胸の大きさで子供か大人かって、女の価値って決まるものなのかしら」

 カウンター席でよかったと心底思った。だってもしこれがテーブルだったら、彼女のその視線はきっと僕を殺していただろうから。

「ひ、一つの要素ではあるけど、絶対的なものではないと思うな、僕は。うん」

「ふーーーーん」

 そう言って僕の手を取り、自分の胸に寄せた。

 柔らかい感触が手のひらを覆う。咄嗟のことに、僕はどうしていいのか分からずされるがままでいる。お酒のせいか、興奮のせいか、顔が真っ赤になっているのがわかった。

「ねぇ、どう?どう思った?」

 そのまま、彼女の膨らんだ胸に手をやったままで僕は思考が固まっている。

「エ、エアさんの方が柔らかかった………かも?」

 そして、その場で一番してはいけない返答をしてしまった。

 

 ミルはカウンターから離れてさっきの皇帝の次男とエアさんと他数名の女性がいる卓へと向かった。

「おい、お前。勝負だ」

 ミルはいつの間にか手にしていたウイスキーの瓶とコップ二つを叩きつけた。

「私はガキじゃない」

「俺に勝ったら認めてやるよ」

 阿吽の呼吸で始まる飲み合い。小さなコップに注いでは飲み、注いでは飲みを繰り返す。当然のことながらミルはアルコールを飛ばしている。だから負けるはずはない。が、五杯目の時点で男はこう言った。

「お嬢ちゃん、ズルは無しだぜ?」

 そういってミルのグラスを奪い取ってぐいっと飲み干した。それで確信したのか、男は笑いながら

「で、どうする?」と、問いかけた。

 バレたことは屈辱だがズルをしたのはミルの方だ。ここは大人しく負けを認め

「………悪かったわ。魔法は使わない、だから続けましょう?」

 なんと、まだやるのか。そして魔法を使わないのであれば結果は見えていた。


 真剣勝負の三杯目、ミルはグデグデになってしまった。対して男の方は顔は真っ赤であるもののなんでもないようで、上機嫌で女性と話していた。

 そんなミルを支えながら、僕は店から出ようとする。その時

「私は大丈夫だから、ミルちゃんをよろしくね」

 と、エアさんが耳打ちをしてきた。どうやらエアさんは、酔っているふりをしているだけで、本来の目的を忘れることなく行動していたらしい。

 ………なんとまぁ、大人な人だ。こういう席ではきっとエアさんに任せた方がうまくいくだろう。


 僕はエアさんがうまく情報を聞き出してくれることに期待しながら、店を出る。



(どうだった?)

 外で待っていたアイが聞いてくる。

「僕たちは失敗。エアさんが頑張ってくれるって」

(そっか)


 空には星が、横には君が。

 今日みたいな、なんでもない日が続けばいいと、僕は思った。

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