第5話 失敗を糧に成功できるなら、後悔の果てに納得できるはずだ。
「………何というか、すごい人だったね」
「けど、間違いないわ。キリ条約締結の際には、裏でいろいろ動いていた人だから。まぁその時は各方面から潰されたらしいんだけど、今は私たちもいるし」
(キリ条約ってなんだ〜?)
「先の戦争終結の際に結ばれた終戦条約。これで一応ハルガ地方の帰属は帝国となっているわ。この条約を塗り替えるのが私たちのやることなのよ」
僕たちは、エアさんの家から出て僕の生活拠点となっている半壊した例の家に戻ってきた。天井がないが魔法のおかげで過ごしやすく、会話も外には漏れないようになっているとか。
作戦会議、というには軽すぎる雰囲気で、僕たちは次にすべきことを考える。
僕がこの場所に来る前から独立の気運は高まっていた。そこで構築されたのがミルの壁である。徹底的に外部からの侵入を許さないその壁の存在は、当然のことながら、すぐに帝国の耳に入る。そうして送り込まれたのが先の部隊、追い払ったのが僕なわけだが、現時点ではおそらく厄介な反乱程度に考えているだろう。
もし壁構築の際に本気で独立を考えていると知られていたなら、あんな少人数の部隊で来ることはないはずだ。
「壁が破れられたから攻めてきたんだよね。僕たちがいない時に攻めてくる可能性はない?だから僕たちが交渉に行くことを事前に伝えるべきなんじゃないかな」
「それはないわ。そんなことしたら全勢力で叩き潰しにくる。交渉の余地なんて本来なら最初から無いのよ。交渉するためには、私たちは首にナイフを突きつけるしかないの」
(でも、うちらがいない時に攻められたらどうするんだ?壁だって意味がないって分かったわけだし)
「そもそもなんだけど、その壁ってどうやって作ったの?」
「簡単よ。ちょっと見てて」
ミルが杖を取り出して軽く二、三回振る。一瞬光ったようにも見えたが目に見える変化は起きていない。
「ここ、触ってみて」
ミルが杖でツンツンと示した先に素手で触れる。あぁ、何なのかは分からないが確かに壁がある。
「空間を圧縮するの。本当ならこれだけで何者も通さなくなるんだけど」
(でも破られちゃったしな〜)
「もっと頑丈な壁を作るわ」
(それでも突破されたらどうすんのさ〜)
「それは………」
もう隊長を一人殺してしまったことで、向こうはより大きな軍隊を送り込んでくるかもしれない。そしたら先の壁をもう一度形成したところで意味はないし、より強い壁を作ったとしても破られない保証はないのだから心もとない。
村には何人か魔法使いや騎士がいたらしいけれど、先日の襲来で命を落としたものも多く、また怪我も治りきっていなかったりと、万全ではない。もっとも万全であったとしても大軍が相手ともなれば、もはや怪我をしていようがいまいが関係ないだろう。
村に
「───────閃いた」
移動する。場所はこの前と同じく例の森。
「で、どうするっていうの?」
アイはここがお気に入りなのか、自然のベッドに寝っ転がっている。ミルと僕は実験のために少し離れた位置で始めることにした。
「圧縮、例の圧縮魔法を使おう」
「だけどもう破られてるわ。どんなことをして破ったのかが分からない以上、対策の練りようがないし」
「違う、村に入れないっていうのは諦める」
「どういうこと?」
「ええっと、僕も専門外だから許してほしいんだけど、時間っていうのは重力が強ければ強いほど進むのが遅くなる。で、村の中心に超重力を発生させることができれば、村に近づけば近づくほど時間の進みが遅くなる」
「………わかりやすく言って?」
「村に近づけば近づくほど、村に近づけなくなる、、、、はず」
「へぇ………どうやればその超重力っていうのは発生させられるの?」
「さっきの圧縮だよ。物を圧縮すると重量は生まれる、、、、はず」
「さっきからはずはずばっかりでこっちが不安になるんだけど」
そう言いながら杖を上に高く振る。
「空気じゃなくて魔力を圧縮してみるわ、ここら辺の」
歪む、軋む、空のある一点にもやができる。
試しに石を投げてみる。そのもやに近づくにつれて遅くなり、空中に止まったままになった。
「………これを村全体の規模で出来るかな?」
「えぇ、多分簡単。森林の魔力を全部圧縮すれば範囲はそれくらいに広がると思う」
杖をもう一度振ると石が落ちてきた。さっきの魔法を解除したのだろう。
作戦は決まった。あとは細かいところを詰めるだけだ。
何度かその練習をした後、この前と同じように獣を呼び寄せて刀で叩き切る。
アイの調子も良く今のところはこれで行けそうだと思った。そこで気になったのがエアさんの能力だ。ミルとアイはどちらも戦えることは十二分に知ることができたが、エアさんに至ってはその交渉術も分からないし戦闘法も分からない。
経験人数が能力の向上を促すこの世界で、あの経験豊富そうな雰囲気を持つのだから、きっとそれなりの期待はしていいのだろうけれど、実際にこの目で見るまでは信頼もできなければ不安も抱けないというのが本音だ。
というわけで、その日の夜に村の防衛策の報告も兼ねて、僕一人で(当然刀は持っているので厳密にはアイもいるが)エアさんの元へと向かった。
「みきくんじゃーん、我慢できなくなっちゃった?」
出迎えてくれたエアさんはオーバーシャツ一枚というまさかの薄着だった。たわわな胸がわんぱくに揺れるので、僕は目のやり場に困りながらも、自分から来た以上帰るのは失礼だとか何とか自分を説得して、家の中へと入った。。
一階はさっきも来たが今回は二階の一番奥の部屋と誘導されたので考えなしに階段を登っていく。そしてそこがエアさんの個人部屋であることに気がついたが、何となく一階に戻るのも失礼な気がしたので部屋の中に入る。
何となくガサツな人かと思っていたから驚いた。部屋は整理整頓されていて自分の部屋じゃないのに居心地がいい。そんな不思議な空気感が漂っていた。
「お待たせー、これコーヒー。ミルクと砂糖はうちにないからブラックで我慢してね〜」
「ありがとうございます」
エアさんはベッドに腰をかけ、僕は机に備え付けられていた椅子に腰掛けた。アイは空中でぐっすり寝ている。
暖かいコーヒーを喉に入れる。その熱さが目を醒めさせてくれたので、しっかりと理性を持って話すことができそうだ。
「それで?まさか先払い?まぁ私はそれでも嬉しいけど!」
「いえ、僕たちが村を外した際の村の保護策がまとまったので、そのご報告にと」
「あーいいよ、私は。そういうのはそっちでやっといて〜。なーんだ、せっかくみきくんと仲良くなれると思ったんだけどなぁ」
少しだけテンションが下がったエアさん。あぁ、少しだけ間違えた。彼女だって僕とそういうことがしたいだけなわけがない。当然一人の人間なのだから、互いに知り合うことは大切だ。単なるビジネスパートナーのままでいいはずがない。ミルやアイとはここ数日間で完全ではなくとも、それなりには理解し合えたと思う。
つまり、僕とエアさんは互いのことを知らない。それが問題だ。
「すみません。実はそれだけじゃなくて、エアさんのことも知りたくてここに来たんです」
「え、ホント!?いいよいいよ、お姉さん何でも答えちゃうよ!」
そこまで乗り気になられるとなかなか質問しづらいところがある。が、何でもと言うのだからきっと何でもいいのだろう。
僕たちは話した。互いの好きな物であったり、嫌いな物であったり、趣味であったり、特技であったり。まぁエアさんのそう言うのはほとんどが性関連で覚える必要のない知識ばかりだったような気がしたが、求めていた流れがきた。
「私さー、経験人数今九十代なんだよねー」
「………まじすか」
とんでもねぇと思ったが、話を聞いているとこの世界では二桁は当たり前で五十を超えるとすごいらしい。それは人数的な意味でもそうだが、魔法的な意味でも。
「じゃあエアさんって魔法はどれくらい使えるんですか?さっきお湯沸かすのは見ましたけど」
「それは簡単な魔法だからね〜。私はミルちゃんみたいにそんなにいろんな魔法ができるわけじゃあないんだ。たった一つ、私の魔法はたった一つに特化しているんだぜ〜」
ベッドから立ち上がって僕の顔を掴む。妖艶な手つきで頬を撫でその指が頭に触れた。
「私は他人の思考を
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