第4話 本能で動くのが動物の強みであり、理性で行動するのが人間の強みである。

「………うん、これなら確かにいけるかもね」

 刀剣を手に入れた森林の奥深くで、僕は自分の能力を知るために獣と戦った。

 用意された獣の数は30を超えていたが、その悉くを殺し切った。人間とは異なる動きであっても、この刀は、アイは対応できていた。

(実際どうだ?動きやすさというか、戦いやすさってのは。何か不安があったりする?)

「うーん、どうだろ。最小限の動きで最大の効果は発揮できてるけど」

 洗練された動きではあったが、それは可動領域が狭いからだ。少ない動きしかできないからそれで対応せざるを得なくなっているのが現状で、より強くなるためには、より刀から記憶を引き出すには、結局のところ自分が強くならなければならないということだ。


 そんなことを考えていると体の所有権が僕に返ってきた。疲労は間違いなく蓄積しており、刀に使われる状態ではあるものの連続して戦い続けるのにも限度があるだろう。

「結局、体力づくりはしなきゃダメっぽいね」

(そうだね〜。私は疲れてる感覚はないけど、時間が経つにつれ動きが緩慢になってるのは分かるし、本領発揮には程遠いね〜)

 本領、というものがどれほどのモノなのかは分からないけれど、この刀にはもっと上の段階があるという事実は嬉しいことだ。


 刀に眠る記憶を精霊であるアイが読み取って僕の体を用いて再現する。それが戦いにおける基本方針であるが、僕たちの目標は攻め込むことではなく交渉することだ。もちろん、対話というものは同じ武力を持った者同士でしか成立しないのであるから、こうして力を確認することは大切なことだ。

 しかし………


(で、誰が交渉するの〜?)

 それが僕たちの抱える問題だ。結局のところ、聖剣(本当は刀)を持つ僕と聖杖(どう見ても木の棒)を持つ彼女ミルでは、交渉の場を用意することはできたとしても、交渉の席に着くことはできない。

「村長………はいるのかな。村の未来に関わることだし、みんなに認められた長なら適任だと思うんだけど」

「村長は交渉のプロじゃない。それに和平が簡単に済むとは思えないし、それを考えると年齢が高いのネックよ」

「じゃあ交渉のプロは?」

「そんなのいるわけ………………………あ」


 思い当たる節があったらしく、何やら考え込むミルを僕とアイは素振りをしながら待つ。高い木々のおかげで軽い運動をするにはちょうどいい温度が保たれている。ここ、刀剣が刺さっていた場所は川も近く、涼しげな水の音と聞き心地のいい鳥のない声が合わさって、気持ちいのいい汗を流すのにもってこいだ。

 スーツを着ているが、魔法のおかげもあって少し丈夫になっていて、動きやすい。汚れや匂いにも付着しずらく、きっとこのスーツを持ち帰ることができれば高く売れること間違いなしだと思った。


「………一人いるわ、候補。村長の娘。けど私、あの人嫌いなのよ」

 先ほどまでの葛藤の表情を残したまま、苦虫を潰したような顔でミルは言う。

 というわけで、僕たちはミルの言った村長の娘さんのところに行くために、刀をしまったり殺した獣の埋葬だったりを済ませて森をで出た。




「ファーちゃん!おひさ─!」

 真っ白に塗装された半壊した家を訪ねると、中からモデルのように長身でスタイルの良い女性が出てきてミルに抱きついた。

 何となく幼い女の子を想像していたからそのギャップに驚かされた。そしてミルが苦手といった理由も分かった。

 彼女はパーソナルスペースというものを理解していない。僕やミルよりも年上であることには間違いないが、ミルと比べるとその仕草だったり言動だったりが幼い。

「お、いい男の子。どう、私とヤる?強くなりたくない?」

「いや、僕は大丈夫です」

 そして何よりこの感じ。初見の印象は優しそうなお姉さんだったが、出会って1分もしないうちにその印象は覆された。もっとも、この世界はそういう世界なのだから、この人はこの世界だと普通基準なのかもしれない。

「えぇぇ、お姉さん魅力ないかな??」

「そういうわけじゃないですけど、ほら、僕強いんで。誰かとそういうことする必要ないんですよ」

 嘘だ。いや、まあまあ強いのは本当だが、本当はしたくてしたくて仕方がない。ただそれをすれば聖剣を握れなくなってしまう。それはだめだ。


「………へぇ、君、強いんだぁ♡」

 ニタリと笑うお姉さん。何を思ったか僕の腕に抱きついてきた。

 桃の香りが鼻孔をくすぐり、頭の中を欲望が駆け巡る。

 冷静に努めろ。体が熱くなる。その柔らかいものが何なのかを考えるな。初めての感覚だ。思考を続けろ、考えるのを辞めるな。あぁ、でもダメだ。もうわからない。何が何だかわからない。まるで、脳が溶け──────

「エアさん、、、私たちは話があって来たんです。だから催淫魔法はやめてください」

 ミルが杖を振ると思考が元に戻る。体はまだ密着しているものの、少しだけ冷静になることができた。まだ腕に触れているものがあるが考えないことにする。


「ちぇっ。君も本当は私とエッチしたいよね?」

「したい────とは思いません」

 耐えた………!

「ふーん、じゃあやだ。お願いは聞いてあげなーい」

 パッと僕から離れてスタコラサッサと家の中に戻ろうとする彼女をミルが掴んで引き止める。

「待ってください!本当に重要な話なんです。この村の、ハルガ地方の未来がかかってるんです!」

 ミルがいつもだったら絶対に発しないような大きな声で言うと、お姉さんは家の中に入らんとする足をピタッと止めた。


「はぁ、真面目な話かぁ。いいよ、わかった。うちに上がって。真面目な話より交わる話の方が好きなんだけどなぁ………」

 トボトボと、明らかに気を落とした背中を向けながら、僕たちに中に入るよう勧めた。


「それでまずは貴方たちの名前から、一応聞いても良い?私はエアグレージョ・ヨエイ・スァフブケット。みんなはエアって呼んでる」

 直射日光が差し込む家の中に入り、エアさんが魔法で沸かしたお湯をティーポッドに注ぎながら、僕たちを見た。

「私の方は知っての通りミルよ。で、この男の子がホコロビミキ。先日のマリガロッド帝国の部隊を聖剣を引き抜いて追い払った騎士」

「ミキです。よろしくお願いします」

「それで、本題に入っても良いかしら」

「そのキュートな娘の紹介もしてよー」

 エアの長い爪の先にいるのは黑無垢の少女。

「………見えるんですか?」

「もっちもち。なんで浮いてるのかなーとは思ってたけど、もしかして幽霊?」


 ………驚いた。ここ数日間、村の中を歩く機会がいくらかあったがアイの姿を見れる人なんていなかった。魔法使いや騎士の人に会う機会もあったが、アイを認識できた人はいなかった。ミルはその能力が別格ゆえに見えているらしいが………。つまりエアさんは他の魔法使いよりも優れた能力を持っている可能性がある。


「アイだよー!よろしくね!ビッチなお姉さん!」

「うはぁ、照れるなぁ」

 エアさんは辛辣なアイの言葉を正面から受け止めた。と言うよりあれは本気で褒め言葉だと思っているように見える。もしかしてビッチは褒め言葉なのか、この世界は。


「まぁ、とりあえず自己紹介はこれで良いでしょう。私たちがこれからしようとしていること、そのためにエアさんが必要なんです」

 ミルは話し始めた。ハルガ村、ハルガ地方が紛争の原因となっている二つの国、マリガロッド帝国とワルファグナ市民公国。それらに赴き中立地帯として認めさせること。その交渉のためにエアさんの力が貸して欲しいと。


「まぁ私ならできると思うよ、その交渉。二つの国に認めさせることはできると思う。だけど………」

「何か問題でも?」

「私にメリットがないよ。この旅は多分安全なものじゃない。和平交渉なんてぶっちゃけた話、どっちのメリットでもないわけだから、実力でその阻止をしてくる輩がいるかもしれない。その過程で死ぬまではいかなくても大きな怪我をするかもしれない、取り返しのつかない、ね」

「怪我をしても私の魔法で治しますし、そもそも戦うことに関しても私とミキが」

「私だって魔法は使えるし戦える。性蝕せいしょくだって他の人よりも多い。だから、旅の安全を保証するなんてことじゃなくて、旅をしたいと、貴方たちと旅をしたいと思うような何かを、私にとって魅力的な何かを提供する必要があるんじゃないかなぁ」


 エアさんは初めて会った時とは正反対の真剣な面持ちでこう続けた。


「だから、もし交渉が全て完璧に終わったら、私に貴方あなたを喰べさせて?良いでしょ、聖剣の勇者さん?」

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