第21話 遣らずの森

 後悔することを恐れていると、何も出来なくなる。

 足がすくんで動けなくなってしまう。だけど、前を向くには光が必要だ。どこが前なのか分からなければどうしようもない。勇気だけがあっても、どうしようもない。

 目標はしっかりと定めるべきだ。どちらが北か南か、東か西か。それが分からなければ、本当にどうしようもない。

 ところで、北極星とは一つの星を指すが、それは常に一定ではないことは知っているだろうか。今の北極星と一万年後、あるいは一万年前の北極星は全く別の星だという。北極星とはある星が持つ役割に過ぎず、星の固有名ではない。

 まぁそんなこと、この世界では関係がないことだ。

 僕にできることは、刀を振るうことだけで、星を見るなんて芸当は他の人に任せるとしよう。


「もう死にたくないんだけど!」

 薄暗い森の深淵、メルデンに入り13回目の三途の川からの帰還を果たしたメリットが言う。

 運がいいのか悪いのかなんて分からないけれど、今のところは何かに襲われるようなこともなければ、不純魔力による影響もメリットを除いて受けていない。バルノスケーツの改良は上手く行ったようだ。

(モメの改良したやつを着れば、そんなに死ぬ必要もなかったのにな)

 メルデンといえど、即死級の不純魔力で満たされているわけではなく、一日程度であれば持つと、モメは言った。それはつまりバルノスケーツがなければ一日で受容体がめちゃめちゃになると言うことだ。受容体の損傷は活動に大きく影響を与える。そのため、メリットはメルデンに侵入してから一時間おきに自殺をしている。そうすることで、蘇るたびに受容体は回復するらしく、ある程度の行動機能を保てるとか。

「そもそもアンタには戦闘力として期待してないんだから、そんなに自分の能力低下について悩む必要はないんだけどなぁ………」

 10歳そこらの少年が何度も何度も自分の脳髄に剣を突き刺している光景を見て、ミキは全く食欲がなくなっていたが、それでも食べれる時に食べろとアイに言われてしまったので、仕方なく謎の果物を口の中に押し込みながら歩いている。

 そうして、すでに半日以上が経過していた。それなりに奥まできたはずだが、何もない。もちろん不純魔力という脅威は以前無視できないが、それにしても何事もなさすぎると、ミキを含めた全員が思っていた。

(だけど、手がかりがない。このままじゃ出られない)

 そう、何もないことは良いことではない。ミキたちはこのメルデンに閉じ込められている。それはモメがこのメルデンに入った瞬間に気がついた。この領域が覆われているとは最初から知っていたが、まさか出られなくなるとは考えていなかった。なぜなら先遣隊せんけんたいであるメリットは何故か出たり入ったりを繰り返すことができていたから。

 しかし、こうした結界は多くの場合、円のように広がることから、その円の中心部に行くことで、この結界をどうにかできるはず。それは当初のハルガの謎を解明するという目的とは少しずれていたものの、いずれはそうしたであろう選択だったから、迷いはなかった。


 そんな中、モメが何かを見つけた。

「これ、うちの紋章だ」

 小さなバッチが落ちていた。赤の背景に白の三本線が入ったわかりやすい特徴は、セルシアの独立と繁栄と永遠を意味している。

 ただ、セルシアの紋章とは少しだけ違う部分があった。

「これ、俺らのだ。ローソク部隊の紋章だ」

 同じのをつけていると、メリットは自分の喉を掻っ捌いて取り出してくれた。正直なところ、見たくはなかった。

(ってことは、メリーの知り合いがいるのか?)

「その可能性は低いんじゃないか。こんなところに用はないだろうし」

「いや、メリット。違う。これは今はローソク部隊専用のものだけど、元々は違った。これはセルシア国の中で独立した地位を許された組織にのみ与えられていたもの。だから、うちでも持っていた人はいたはず。セルシア国立魔法異化学発明の職員のうち、特に国家の機密に当たる研究をしていた人間なら」

 モメの何かを期待するような表情を見て、メリットは苛立ちを感じた。それはありもしない希望に縋る幼馴染が、あまりにも報われないからだ。10年よりもずっと前に、この異常な環境で消息を絶った人間が生きていると考えるのはあまりに楽観的すぎる。

 その紋章を発見したことがトリガーとなったのかどうかは分からないが、


「あらあらあらあらあらら」

 水色の髪の毛は、この自然の中では異物であることを隠しきれない。もっとも、本人も隠すつもりは毛頭ないだろう。

 方針は決まっていた。これから何に遭遇するか分からない。どんな事態になるか分からない。けれど、いくつかのルールは決めていた。

 生命と思わしき存在と接触した場合、まずこれを殺す。

 いくつか決めたルールの中で、僕が担う最重要。

 反応は最高速度。しかしその一太刀が切断したのは辺りの木々だけで、肉を切った感触はなかった。

(どうだ!?)

「しくじった!ミキ、本気で殺す気でいて!」

 強く握りしめることで、柄は、刀は体の一部と化す。モメは事態の変化に対応することができていなかったが、一応は騎士であるメリットが自分よりも大きい彼女を抱えて既に走り出していた。

「え、そんなに敵意剥き出しなの意味わかんない。何か悪いことした?」

「そっちが何もなのか分からないんでね」

 それから少し、沈黙が流れる。

(アイ、話し合いの余地があるんじゃないか?)

「殺す。話し合いはそれから」

 さて、どうしたものか。相手は正体不明、敵意の有無も不明、このまま戦うことのメリットもデメリットも不明。

 そもそもどうして生きている。受容体がある人間であれば1日と持たないんじゃないのか。ということは、あの女も僕と同様、受容体が無いのか?

「名前は知らないけどさ、人を殺したらダメって言われたことない?」

 再び姿を表す女性の瞳は冷たく、見つめられると凍えるような寒気を感じる。

「アイ。それがウチの名前。そっちは?」

「名乗るわけないでしょ。これから殺す相手に名乗って何の意味があるの?」

 その女性の服を見ると、既視感のあるもので、薄汚れていたり形が少し違ったりで一目ではわからなかったが、少ししてそれがバルノスケーツであるとミキは気がついた。

(アイ、体を少し返してくれ。危なくなったらすぐ返すから)

「でも………」

(大丈夫、アイが負けることはないから。ここは一旦僕にチャンスをくれ)

 そういうと、四肢の末端に感覚が行き届く。刀をしまい、話しかける。

「君は何のためにここにいるの?」

「ここから誰も出さないため。脅威を外に出したらダメなんだ」

「誰の命令?所長とか?」

「さあね。それよりも、構えなくていいの?」

 女性の騎士は生い茂る木々よりも高く飛び上がる。死角からの攻撃に備えるべく、アイは全神経を空に注ぐ。しかし、その攻撃は全く気をてらったものではなく、落下の衝撃を加えた正面からの一打。全力の振りを、アイは受け流すようにしてそれを凌ぐ。

 相手は体勢を崩しながらも、強引にこちらの刀を蹴り付けて距離を取る。それはこちらの攻撃を抑止しつつ回避するための行動で、アイは相手がそれなりのレベルにあることを把握した。

「君………これ着てないよね。どうして生きてるの?」

「特別だ!か!ら!」

 アイの攻撃は、相手の剣を弾くように一撃一撃に重さを持たせている。隙はある程度生まれるが、殺意の圧で回避に専念させる。反撃の余念を与えない。

「ほらほら!死ぬよ!死んじゃうよ!」

 テンションの上がっているアイの攻撃は速さがどんどん増していく。しかしアイは考えていない。女の騎士とはどういうことか。

 ガクンと、体が重くなるのをアイは感じた。それは疲労ではなく外からの力。

「アイ、貴方は確かに強い。ただの騎士じゃ勝てない、ただの魔法使いじゃ勝てない。だけども残念」

 それと同時に眠気に襲われる。気怠い空気を肺が取り込み、意識が遠のく。

「さあさ眠れ、子供のように。さあさ眠れ、死人のように」

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