第22話 糺しいこと

 セルシア国の下で動く部隊の中で、最も独立性の高い部隊がローソク部隊である。部隊長を務めるのはメリトン・ムナウアル。異常に優秀な騎士である。その強さは帝国の親衛隊をゆうに超えるという。

 そして、その他八名の人員で構成されるのがローソク部隊である。グラブジェイル・デ・メリットは、そのうちの一人というわけだ。

 特殊な部隊であるものの、任務が具体的に決まっているわけではなく、基本的には自由な行動が許されている。有事の際以外に部隊というものは必要ないが、その中でもローソクは群を抜いて不要だ。

 だが、戦争になれば、ローソク部隊は何よりも効果を発揮する。戦闘力もさることながら、暴力としての機能が大きい。

 そんなローソク部隊において、メリットは落ちこぼれだ。騎士として優れているわけではない。魔法にも長けていない。だが、死なない。それだけで彼はここまで来た。

「どう………して………」

 勝負が長引くのは実力が拮抗する場合のみだ。ミキとの戦いでは、魔法を使うことでそのギリギリのバランスを崩した。しかし今回は、騎士として圧倒的に格下が相手だったため、魔法を使うなんて考えはなかった。

「泥試合にならなくてよかった。あんたが優れた騎士で助かった」

 ズラリと倒れ込む両者。

 これくらいは回避してくるだろうと相手が甘くはなった一振りを、メリットはもろに喰らいながら頭に一筋の線を通した。


 それを見ていたモメは呑んでいた息を吐く。決着は一瞬だ。メリットが戦う時は泥試合か、あるいは一瞬でケリがつく。そのことをモメはよく知っていた。

 ゆっくりと蘇生したメリットが、自らの心臓に刺さった剣を引き抜く。

 再び死に、そして蘇生する。

 その後何も無かったかのように「ミキ起こしてくるわ」と、女騎士から自分の剣を引き抜き、少し離れた場所で気絶しているミキを起こしにいった。その間に、モメは女騎士の身包みを引っ剥がした。


 バルノスケーツ、それも改良版。魔法も使えるようだったし、この人の自作かもわからない。だけどかなり古い。ふと、顔を見る。目は開いたまま絶命している。脱がされた下に来ていたのはなんて事ない白の布ペラ一枚だ。青い髪の毛は頭蓋から溢れた液に濡れている。

 自分で作ったバルノスケーツ改はもって20日だ。なのに、彼女は(推測に過ぎないが)何年もここで生きている。彼女の着ているモノの方が優れている。

 さて、殺してしまったがどうしよう。選択を誤ったとは思わないけど、より良い道もあったような気もする。

「あ、服返して!」

 腹筋の力だけでばっと起き上がる目の前の死人に驚く事なく、服を取られないようにパッと後ろに隠す。しかしモメを抱き締めるようにして死人は服を掴む。

「このまま締め殺してもいいんだよ?」

 モメの華奢な腰に圧がかかる。いかに女性とはいえど、剣を振り回しミキとやり合えたのだから、弱いはずがない。

「綺麗な人の腕の中で死ねるなら、それってとっても幸せな事じゃない?」

 モメは軽口を叩く。それはただの強がりだったが、

「ホントに!?」

 腕に力が籠る。モメは自己再生の術式を起動して、少しでも生存率を上げようと試みる。しかし、それは杞憂に終わった。

 ぎゅーっと抱きしめられたまま、内臓が破裂することもなければ、体が二つに分断されることもなかった。

「ねぇ、貴方の名前を教えて?」

「………モメ」

「そうじゃなくて、ちゃんとしたやつ」

 モメは、叫んでミキを起こしに行ったメリットを呼び戻そうかとも思ったが、発声の瞬間に殺されてしまうかもしれないので、ここは時間を稼ぐことが賢い選択だと判断した。

「人の名前を聞くのなら、まずは自分からじゃない?」

「………それもそう。私はレニーロンド・ロウシス。貴女は?」

「モメン・キィーヴァ」

「ねぇ、モメ。私も貴女のこと可愛いと思う」

 もしも好意というものが目に見えたなら、自分の視界はそれでいっぱいになっていただろうと、そう思えるくらいの感情が向けられているとモメは気が付いた。

 好意に対して好意で返すのは簡単だ。しかし今は命の奪い合いの最中。そうでなくとも恋は駆け引きだ。そして殺し合いも駆け引きで、そこに違いはない。

 だがそんなに話し合いをしている時間はなかった。二人が歩いてくる。その足音が聞こえてくる。

「………なんで抱きつかれてるんだ?」

 なんて、この状況を見たら誰であろうと抱く、至極当然な疑問は思考を開始することなく切断される。

 頭が割れて倒れるメリット、ロウシスはモメから離れ、戦闘要員を制圧することを決めた。しかし、それに反応できないアイではない。

(っぶな!)

「よゆーよ!」

 ロウシスはメリットを殺してすぐ、その隣にいたミキの首元めがけて剣を振るったが、瞬時にミキに入り込んだアイが大きく距離をとった。

 ロウシスは躊躇うことなく踏み出した。広げた距離はゼロになる。刀で打ち合うが、そうなれば先ほどと同じだ。ロウシスは先の闘いを再現することで、再びミキを倒そうとする。

 だが、それこそがミキとアイにとっての勝ち筋だった。

 ロウシスは剣を振るいながら、ミキに魔法をかける。ロウシスが多用する睡の魔法。睡眠とは人に必要な機能であり、人体に馴染みやすい。眠気は悪意ではなく、むしろ体を休めるという意味では善とも言える。だからこそ逆らえない。無論そうは言っても単純なものではなく、なんのアクションもなしにこれが使えるのは、彼女が手練の魔法使いロウシスだからである。

 戦いの最中に眠ってしまえば、決着など付いたもの同然だ。戦えなければ即ち死。だが、ミキとアイは違う。彼らは戦える。事実、昨夜はミキが眠っていながら、アイが体を操作しペルの警備を行っていた。

 だから、あとはタイミングだった。

 魔法がかかる。それよりもほんの少しだけ早く、アイはミキに身体を譲る。魔法は避けることはできず、ロウシスの剣は先ほどとは違い、容赦無く命を取りにくる。

 だがそんな魔法、避けられなくて問題ない。眠ってしまったのはアイではなくミキなのだから。

 首を断たんと薙ぐ剣。アイはたちまちにしゃがんで、相手の伸び切った肘を下から蹴り上げる。相手の腕がへし折れたのを、その感触から確信する。今が好機だ。

 しかし、どうしてか、落ちた刀に気を取られる。アイは思わず手を伸ばしてしまう。その行動には相手の武器を奪うなんて合理的な理由はなく、反射的とも直感的とも言える本能からの命令だった。

 結論から言えば、その行動は正解だった。

(うわ〜!ローシスー!死ぬなー!)

 アイが見たのは幼女だ。白のドレスを纏った幼女が薄っぺらい涙を浮かべながら叫んでいる。

「ジィ、うるさいよ………」

 言いながら、ロウシスは剣を取り返そうとするが、腕が折れているので動きは緩慢で、隙だらけのアイであったが容易に避けられた。

 暴れられても面倒だと、アイは七星剣で折れている右肘を貫き、奪った剣でもう片方の手を叩き切った。そしてそのまま左の関節部分を剣で貫き、背後の木へと座らせるように固定する。

 苦悶の表情を見せることなく、ロウシスは飄々としていたが、額から流れる汗の量が尋常ではなく、自然そうに振る舞っているものの体の異常は明らかだった。


「ねぇ、この剣って何?」

 目立った装飾はない。至ってシンプルで見た目は普通。だけど違う、何かが違う。いや、同じなのかもしれない。同じだから違和感がある。見たことないのに知っている。知っているから気味が悪い。

 ロウシスが答えるよりも前に、ジィと呼ばれた幼女が答える。

(アタシこそが冀望剣、そしてローシスこそが最強の騎士!)

「ジィ、負けたんだよ。刀無しじゃ戦えない」

 左手もないしね、ロウシスは言う。

(負けてないYO!だって生きてるYO!)

 アイは親近感と嫌悪感を同時に抱いた。

 そこで思い出した。いつの日か、カルディナールが話したことを。

 願いを叶える冀望剣。それは七星剣と出自を同じくするものだ。


「待って、冀望剣ってあの『どんな願いも叶える』っていう?」

 モメはしゃがんで、ロウシスと目線を合わせた。ぼんやりとしてきた視界であったが、ロウシスは気恥ずかしくなって目をそらす。

「………そう、私はその剣に不死を願った。だから私を殺すことは誰にもできない。ねぇ、諦めて死んでくれない?」

 レニーロンド・ロウシスは、そう言って失血多量で死に、そして再び蘇った。

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