第23話 ヒーローは、悪人がいなくても成立するが、凡人がいなけれ成立しない。

 人間関係というものの煩わしさは、生きていれば誰だって感じたことがあるだろう。

 悪意に呑まれたり、善意に打ちのめされたり、人が人を嫌いになる理由は多種多様で、人付き合いにおいて万人に当てはまる公式など存在しない。

 十人十色とも三者三様とも、あるいは千差万別とも言えるように、全く同じ人間なんてクローンでもなければありえない。しかし差異はあれど共通点もあるのが当たり前で、円滑に生きるためにはこの両方を理解する必要がある。


「暴力はもう飽きた。殺すのも、殺されるのも」

 そういって息絶えたレニーロンド・ロウシスは、血まみれのままでひどく悪臭を放っていた。流石に耐えられないと言うことで、メリットとモメが水を汲みに行った。

 僕は監視役として、この開けた場所に寝っ転がっている。

(ねぇ、ミキはさ〜、なんでそれを抜いたのよ?)

 冀望剣の精霊、ジィが僕に言う。それと言うのは七星剣のことだろう。

「なんで、って言われても。そうせざるを得なかったから、そうしただけなんだけど」

(それで、ミキはその選択をしたことで人生はどう変わった?好転した?それとも後退した?)

「………………何が言いたいの?」

(いやいや、簡単なことだよ。とーっても簡単なこと。もしも君が、ミキが今の生き方に疑問を抱いているのなら、ジィはそれを解決してあげてもいいよ)

 アイはただ黙って聞いている。

「疑問って?」

(殺すことに慣れていないね。その刀は別。ジィのと違ってしっかりと、ただ殺すためにある。だけどそれを使う貴方は違う。殺すための訓練をしてきてない。騎士かもしれないけど兵士じゃない)

 ニヤニヤと、見透かしたような言葉。

「そうかもね。だけどどうするの。確かに戦うだけが生きることじゃないけど、戦えるなら戦わなくちゃ────」

(そう、それがおかしいのさネ。だってミキは戦える、そういう選択肢を、その剣を手にしたことで手に入れた。選択肢は増えたはずなのに、道は一つに絞られてしまっている)

「それは………」

(どんな過程が、境遇があったのかなんて知らない。ただその在り方が気持ち悪いから、直してあげてもいいヨってこと)

 それが善意からくるものなのか、それとも気まぐれからなるものなのか。どちらにせよ、今この剣を手放すわけにはいかない。

 力に責任が伴うのかは分からない。だが、力がなくとも争いには巻き込まれる。であれば、その争いに対抗できる手段は持っておく必要がある。

「今はダメなんだ。少なくとも、モメをここから出すまではダメだ」

 決意を込めた気持ちを伝える。が、それはジィの想定内だったようで、むしろこれを引き出したかったのかもしれない。

(分かった。じゃあここから先は、ジィとロウシスがモメを守るよ)

 死んだままのロウシスの頬に、ジィの唇が優しく触れる。

 白く人形のようになっていた肌に血が通う。開いたままの虚な目に生気が灯る。

 思わず刀に手が伸びる。ロウシスの纏う雰囲気が先程までとは全く違うものになったからだ。

「………ジィ、やるよ」

(世界を救っちまおうZE)

 ジィが笑うと緩む縄。欠けた人体は瞬きの間に元通り。

 生える翼は蝶のもの。青く白く光る鱗粉を散らしながら、ロウシスは空高く飛び上がった。

 

 空が赤黒く染まる。それは見えてる空全域に広がるのかと思われたが、ある場所を境に停止する。どうやらメルデンより外には広がっていないようだ。

 あの壁は、このためにあったのかと理解する。


 赤い空に青い翼。

 黒い夜に白の光。

 冀望剣ジィはいつもと同じでつまらないと思った。だがロウシスの気分は上がっていた。今までとは違い観客がいるからだ。

「──────聚斂しゅうれん銀河ぎんが

 膨張する宇宙が如く、掲げた冀望剣から溢れる星々が天を覆い尽くす。一瞬の輝きの間にあの異様な光景は、輝く満天の空へと変貌する。


 翼をながらロウシスが降りてくる。冀望剣は先ほどまでの輝きを失い、ただの西洋剣に見えた。

「これが私たちのチカラ」

(ほとんどジィの力!)

 ジィはぽんぽんと、ロウシスの背中をぐーで叩きながら言う。

 二人が飛び上がってから、こうして降りてくるまで、僅か1分足らずのこと。しかしその短時間に起きた出来事は、個人の活動としての限界をゆうに超えるもので、格の違いというものを見せつけられた気分だった。

 だが、アイは特にこれといった反応を示すわけでなく、蝶が風に流れているのを見るのと同じような瞳を彼女らに向けていた。


 あの大規模の異変に気が付かないなんてことはあり得ず、モメとメリットが息を切らしながら戻ってきた。

「………はあ、はあ、、、、、今のなに?」

 水の入っていない桶をモメは持っていた。

 その横でメリットは、荒く整わない息を、その根っこを止めることで整えていた。

(今のが不純魔力、このメルデンに満ちた、世界を殺すSAIYAKU)

「私たちがここにいるのはそういうこと。あの壁もそういうこと。あなた達を出すことが出来ないのも、万が一にもアレが外に溢れ出すのを防ぐため。私とジィは、世界を守っているの」


 不純魔力の性質について、モメは誰よりも詳しい自負がある。それゆえに先ほどの規模の事象が及ぼす影響について想像が及ばないはずがなく、〝世界を守っている〟という言葉の重さを誰よりも理解していた。

 同じようなことを、モメは聞いていた

「………ね、ねぇ、ロウシス。貴方は師匠を知ってるんじゃない。リストがどうなっ

(あぁ!お前、リストの知り合いか!)

 ジィが乗り出してぐいっとモメに顔を近づける。モメはびっくりして後ろに倒れ込み尻餅をついた。

「リスト、ね。もしかして彼に会いたくて来たとか?」

「違う………とは言い切れないけど」

 歯切れの悪いモメに対してメリットはこうなったかと、少しだけ面倒に感じていた。

「彼は、リストメデウはこの壁を構築するためにその身を犠牲にしたの。あの人のことを知っている貴方なら、もう諦めてくれるかしら」

(ここから出るっていうのは、アイツの犠牲を無駄にするってことなんだネ!)

「ジィ、そんな言い方しなくても」

(だって事実じゃん)

 リストの名前を出されると弱いのか、モメは少しだけ考える。

 リストが死んでいると聞かされて、気持ちがブルーになる。

「師匠が死んで、それが世界を守るためで、アレを封じ込めるためなら、モメにはもう………」


「いやいやいやいや、冷静に考えれば簡単なことでしょ。あの空の原因を突き止めて、起こらないようにすればいい。そうすればリストの目的にも反しないし、俺たちの目的も完遂できる」

 メリットのその発言に対して、ジィは言う。

(それができれば苦労しないんだがっ!)

 現実を知らない子供の荒唐無稽な夢を馬鹿にするように笑う。事実その通りで、それが困難であることをジィはよく知っている。自分にできることできないことを、何でもできる剣の精だからこそ分かっている。

「どうやって実現するの、それ」

「それはこれから考えるというか………」

 メリット自身に策があるわけではない。彼は死なないだけで、能天気で楽観主義なだけで、力はない。

「アイならどうする?」

 黙っていたミキが刀に問う。

 ミキが黙っていたのは、彼女達の会話について理解できない部分があったからだが、アイの思考を考えていたからでもある。


 僕も、そしておそらくメリットもモメも、ロウシスの先ほどの戦いは別の次元のものだと考えているだろう。空の汚染を星々で覆い尽くし、封じ込めた。そんな芸当はミルにだって出来るか分からない。

 だが、アイだけは、なんてことがないかのように見ていた。

 その真意が、ミキにはかっていたので黙っていた。

(アイなら─────)


 アイが答える前に再び異変が起きる。

 銀河を突き破り、先ほどの赤黒い魔力が垣間見えたのだ。再びロウシスに翼が伸び勢いよく飛び上がる。違う点があるとすれば、ロウシスの足をアイが掴んでいると言うこと。

(って、七星剣がついて来てるぞ〜!!)

 ジィに言われるまでもなく、ロウシスはそれを肌にかかる圧でわかっている。

「理由は不明だけどもう一回!」

 しかしもう一回は訪れない。

 ミキの体を操作しているのはアイだ。ミキはアイを信じていたから、アイはスムーズに憑依できたのだ。

 銀河が溢れるよりも先に、ロウシスの背中を足場にして跳躍する。

「かっこいいっ、名前はっ、ないけども!!!」

 ロウシスほどの派手さはなく、効果があるのか一目では分からない。

 だが、それを切ったミキとアイは手応えを感じていて、ロウシスもジィも目の前で起きていることが信じられなかった。

 赤黒い空が消え、銀河の隙間から夕焼けが覗く。

 ロウシスに手を掴まれながらミキとアイは降りて来た。


 そしてミキから抜けたアイが、先ほどの質問に答える。

(アイならアレ、切れるのよ)


 このアイの一太刀によって、希望もくてきが見えた。

 今この場にいる全員が、あの正体不明の異常を、解決可能性のある問題であると認識し、共通の目標を得た。

 殺し合ってしまった時はどうなることかと思ったが、少なくともアレを何とかするまでは、おそらく問題ないだろう。

 難しいことを考える必要はなく、ただ共通の目的を持つことが、人間関係においては大切で且つ手っ取り早いと、ミキは思った。

 

 

 

 


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童貞にしか使えない聖剣を引き抜いた僕は、世界と貞操を守ることになりました。 咲崎見合 @PoLianes1223

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