第20話 継続は力なり、中断は決意なり。
メリットの命を賭した調査で分かったことは、ある境界を超えた瞬間から世界が一変するということだ。それは文字通りの意味ではなく、単に過酷になるというニュアンスらしい。
「変な魔獣はやばいし、不純魔力だっけ?それも強くなってるんだ」
そこで問題になるのがモメがどこまで行けるかだ。僕はほとんど無影響だし、メリットは死んでも蘇るから問題ない。が、メイド服でどこまでいけるのか。
「いや、それなら大丈夫だと思う。ここら辺の書類読み漁れば、バルノスケーツ改が作れそう。前任者たちは不純魔力の問題は解決してたんだね。だからこそ死んだんだろうけど………」
問題を解決したら、新たな問題を求めて次に進むことしかできない。それが学者の悲しい生き方だ。
バルノスケーツ改を作った魔法使いたちは、不純魔力という問題を解決してしまったから、その先に進み、そして帰らぬ人となったわけだ。
(獣くらいなら何とかなるけど、魔法関係のトラップとかは自信ないなぁ)
ちなみに、メリットはアイのことを認識出来ているが、そのためにしたことはモメの時と同じなので記憶に封印しておきたいと思う。
モメはいつの間にかメイド服を脱いでその改造に着手していた。しかし色気は全くない書類の服で体を覆っていた。僕は一番いいところを見逃していた。
「なぁメリット。モメはいつ着替えてた?」
「アンタが俺とキスしてた時。あぁ頼むからこの記憶を思い出させてくれるな」
(体のラインがくっきりする今の方がむしろそそる)
「「確かに」」
モメは僕らの視線も会話も気にすることなく目の前の改造に集中している。
「ていうか、モメの幼馴染っていうには凄く子供に見えるんだけど」
この小屋に来るまでの会話の中で、モメの年齢が16であることを聞いている。しかしこの不死の少年はどう見たって11とか12とか、そこいらにしか見えないのだ。
「不死の代償ってやつ。これのせい」
そう言ってメリットが取り出したのは、手のひらサイズの丸いもの。
「モメンの作った運命時計。これのおかげで俺は死なないし、これのせいで俺は歳を取らない」
その時計は針が数え切れないほどあって、中には反時計回りしているものもあった。
(モメも同じのを作って持てばいい話じゃないのか?)
ハルガの深森に入ることが死に直結するのであれば、その運命時計のデメリットを加味しても十分に持つ意味はあるだろう。そもそも不老がデメリットなのかどうかについては議論の余地はないようにも思えるが………。
「同じことをモメンに言ったらこう答えたよ。『蘇生できるからって無抵抗に死ぬのは嫌』って。モメンは死にたくないだけで生き残りたいわけじゃないんだ」
(その違いって何なのさ)
アイは複雑怪奇な運命時計を眺めながらメリットに尋ねる。
「俺の幼馴染は、明日を生きるために生きてるんじゃなくて、今を楽しむために生きてるんだって」
モメの所有する研究はいくつもあるが、そのうちの一つである『不純魔力に関連した事象』についてはセルシア国立魔法異化学発明所の一歩先にある。
バルノスケーツの雛形は発明所が開発したものだが、その完成にまで至ったのはモメの助力があってのことだ。もちろん雛形であっても十分の効力で、第一拠点のペルにまでは来れるものではあったが、完璧でなかったため回数による制約があった。具体的にはプロトタイプでは7回までしかこのペルに訪れることは許されていなかった。
しかし、(今現在、わざわざハルガの調査に乗り出す研究員などいないが、)その制限は取り払われている。なお、そうは言っても限度はある。回数ではなく領域的な意味で。
ペル以降の領域を研究所ではメルデンと呼んでいる。メルデンは全く未知の領域で、基本的なデータすらないが、不純魔力がより濃くなっているのは間違いなく、なかなか調査は進んでいなかった。
このメルデンにバルノスケーツを着用させ、擬似的な受容体を搭載させた人形を投入し回収したところ、バルノスケーツは機能を喪失し、模擬受容体も致死的な損傷を受けていた。このことから、発明所は職員のペル以降の侵入を原則として禁止している。一般人については、そもそもバルノスケーツを有しておらず、ペルに来ることすら不可能なので無関係である。
星が空を覆い隠す。時計はなくとも夜であることは明白だ。
ミキは外で見張りのために眠る。最近になってミキ自身分かったことだが、彼が寝ている間には、アイが代わりに体を操作することができるらしい。
イルカやクジラみたいだと、ミキは思った。
小屋の中には、モメとメリットの二人になった。
「モメンが人を信頼するなんて珍しいな」
メリットが地べたに座り込み剣を研ぎながら、改造を続けるモメに話しかける。
剣はとうの昔に尖れ切っているが、それでも続けているのは手持ち無沙汰だからだ。
「そうかも。まさか、アンタ以外に助けを求めることになるとはね」
「お前が信頼してるのは俺じゃなくて、この時計だろ。結局のところ、自分以外は信用していない。だからこそ、今回のあの何処の馬の骨ともわからない騎士を同行させたのは何か深い意味があるんじゃないかって思ってる」
「そんなことない。むしろその時計をあげたことの意味を考えて」
「呪いだよ。確かに死にたくないって言ったけど、ここまでの異物を渡されるとはね。ローソク部隊の中でもこれじゃあ目立ちすぎるくらいだ」
「それは言い過ぎ。聞いた話だけど、貴方の隊長って異星人なんでしょ」
「らしいって噂だな。けどみんな半信半疑さ。それを証明する術なんてないし、何よりも外縁帯がある以上………ってこんな話、今更モメンに聞かせるものでもないな」
「いや、気になる。外縁帯が何?」
「あれがある以上、外からも中からも、ここには入れないだろ」
「それは今の天球の技術ならでしょ。それ以上の何かがある外の星からなら、必ずしも不可能じゃない」
「そんな可能性よりも、隊長が異星人じゃない可能性の方がずっと高い………とは言えないな。異星人であることを否定し切れないのがあの人のやべーところなんだよ。知ってるか、あの人。お前が前まで働いてたあの有孔観測所の有害指定を解除したぞ。全ての毒素を取り払ったらしい」
「ホルトバルトの?」
「そこ以外に有孔観測所はないだろ。だから別に、研究がしたいって言うんなら発明所にこだわる必要も、もうないぜ。そうそう、忘れてたけど、本当はそれを伝えたかったんだ」
思い出せてよかったと、メリットは言う。
しかし、命令されたからというだけではない。無論、その指令が下ったからモメは行動しているし、それがなかったならきっとここには来なかっただろう。いくらモメが不純魔力に関する研究を行っているとはいえど、彼女の興味の対象はそれだけではないからだ。加えて、当然のことながらモメも命は惜しい。
だが、契機でもあった。モメが問題を起こした結果、ペル以降の侵入が許された。そしてたまたまではあるが、適正十分の騎士の協力を得ることもできた。
揃ってしまったのなら、もう引き返せない。
「………忘れるつもりだった。もういない人のことを考えても前には進めないから。だけどその人が
モメをここへと送った所長の意思は、単に死ねと言うものだけではない。死のリスクがある研究など星の数ほどあるが、その中でもハルガに行かせたのはある事情からだ。
「リストのことはもういいだろう。俺も世話になったが、いつまでも引きずる価値のある男じゃない」
「師匠のことなんて何も知らないくせに、適当言わないで」
「その師匠を殺した組織で成り上がれば満足なのか?
いや、今までだったらそれでよかった。だけど今回は違う。その任務のために、お前自身が死ぬかもしれないんだぞ」
メリットは心配していた。
自分は死なないが、周りは違う。死を誰よりも経験してきたからこそ、人間の脆さを知っている。
「死ぬことよりも恐ろしいことがあるの。何か分かる?」
その質問は、誰よりも死を経験しているメリットにも答えられなかった。
「尊厳を失うこと。師匠の
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