第17話 人の数だけ物語があるが、主人公の数は物語よりも少ない。
パーティが開かれた。それはハルガの独立を祝ってのもので、そのために奔走した僕たちを労ってのものだった。例の襲撃から時間も経っていない中での独立ということもあり、対外的にもその衝撃は凄かったらしく、想定よりも多くの人が、会場であるハルガのクラッスェ教会に来ていた。
戦争に貢献した人間というのは、結局のところ一番殺すことに貢献したということであるのだから、決して素直に喜べることではない。だから僕は、豪華絢爛とはいえないまでも、僕たちのために開催されたとも言えるこのパーティには本当は参加したくなかった。
だが、エアさんに「ミキくんはこの一連の流れを作った人間の一人なんだから絶対に参加しなくちゃダメ。別に何か特別なことをしろっていうわけじゃないから。そっちは私たちの仕事だから」と、割と真面目に言われてしまったので、僕は参加することに決めた。
しかしながら、決して大勢の人と話すことに慣れていない僕は逃げるように、教会にある花の公園に来ていた。エアさんは男漁りをすることはなく、村長の娘としてその役割を全うするかのように、訪れた多くの人と談笑していた。
そんな彼女を見て、僕は自分の行動の意味をよく考えてみた。どうしてこの世界に来たのかは分からない。突然のことで、その先にあったのは残虐な光景。正義感なんてものが働いたのかどうかは不明だが、何かが僕を突き動かした。剣を引き抜けたのは結局、僕が女性に慣れていないからで、僕が特別だったわけじゃない。しかしながら、僕が童貞であることで救えた命があるように、消えた命もあるのだから、世界というのは、異世界というのは不思議なものだ。
「………よくわからないな」
なんとなく、僕がぼそっと呟いた言葉を聞いていた人がいた。
「何がわからないのよ」
聞き馴染みのある落ち着く声。ミルは真っ赤なワイングラスを片手に、僕の後ろに立っていた。
「辛気臭い顔してどうしたの。楽しいパーティなんだから、あなたも少しはハメを外しなさいよ」
純粋に笑うその顔が、僕には羨ましかった。こべり付いて離れないのだ、人を殺した感覚が。こうして平和になると後悔する。戦いの中で死んだ方がマシだったかもしれない。僕は、背負えない。僕が殺した人たちの分の人生を生きることはできない。そこまで僕の精神は、まだ壊れてもなければ頑丈でもない。
果たしてミルはどうしているのか。どう切り替えているのか。殺人者である自分と、救世主である自分を。
「………ミルはさ、帝国で何人も殺したんだろ」
だから、つい言ってしまった。
それに対してミルは
「え、なに?よく聞こえなかったからもう一回言ってもらえる?」
それが、果たして本当に聞こえなかったのか、それとも聞こえなかったふりをしてくれていたのか。僕には知る由もなかったが、僕は思わず言ってしまった。
「どうしてミルは、大勢の人間を殺したのに、そうして笑顔でいられるの」
流れる空気は最悪だった。これは自分に対する苛立ちを、意味もなくミルに押し付けているだけだ。だけど、そんな子供な振る舞いを見せる僕に対して、ミルは冷静だった。
「自分のためだから」
彼女はそう言って、ワイングラスを傾けた。赤い液体が唇に触れる。
「私たちは確かに、ハルガの独立という大義名分の下に行動して、そして成し遂げた。だけど、その行動がどんな影響を与えるのか、私は考えてないの。誰かのことを考えるとミスをする、他人を想うと間違える。だって関係っていうのは相対的なもので不安定なものだから。だから私は自分のために行動する、決して揺らぐことのない自分のために」
「そんなの、自己満足じゃ無いか。1人の人間に依拠した行動なんて、それこそ危ない気がするけど」
そんな適当な僕の言葉に呆れたように、ミルは言う。
「………もしも貴方がそのままで、自己犠牲に酔えないなら、自己満足に浸れないのなら、あなたは正義の味方にはなれたとしても、誰かの味方にはなれないでしょうね」
ミルは、空になったグラスを僕に押し付けて教会から離れていく。僕はその手を掴むことも、去る背中を追うこともできなかった。
(あーあ、何やってんのさ)
「さぁね………」
アイが出てきたのはミルの姿が月の光から隠れてから数分経ったところだ。アイは僕とミルの会話を聞いていたようだが、それに対して何か言ってくることはなかった。だからこそ、僕は気になった。アイが人を殺すときに何を考えているのか。僕の代わりに、人殺しを担当している彼女が、どういった心持ちで刀を振るっているのか。
「アイはどう思ってるの?」
(………別に、、、、何も?)
僕は立てかけておいた刀を携えて、この教会から離れようと思った。ここにいることは、僕の精神衛生的にも良くないし、何よりこの雰囲気をこれ以上壊してしまうのは忍びないことだ。エアさんとはまだ話していないけれど、それも仕方のないことだ。
そうして足を、明るい雰囲気とは別の方向に向けると、僕の仮初の家路に続く教会にある花の庭に、真っ白のドレスを着た褐色の女性がいるのを見た。いや、見たというよりは、見られており、その視線に気がついたと言った方が正しいかもしれない。
「ねぇ、旦那様」
軽快な足取りで、その人は僕の前に立った。妖艶な雰囲気を纏っている彼女は僕の目をじっと見つめた。
「今夜はお暇かしら?」
「あ、うん。暇だけど」
「そう、じゃあ、いいわよね?」
ほっそりとした右手が僕の下腹部を撫でる。布越しに感じる人の体温に胸の鼓動が少しずつ早くなり、顔が赤くなるのを感じる。体と体が接触するのは今までに経験したことがない興奮を呼び起こし、気がどうにかなってしまいそうになる。
(おい、ミキ。お前めっちゃ狙われてるぞ)
「わ、わかってるよ」
見えないエアへの返答は、他人からしてみれば気が違ってしまったような挙動なので、当然のことながら彼女は僕に対して何らかの不和を感じたようで、
「………………?」
と、首を傾げていた。
エアのおかげでわずかではあるものの理性を取り戻した僕は、内から溢れ出す劣情を抑え込んで、務めて冷静に彼女を引き剥がした。
(いや、分かってない。よく見ろ)
暖かなふくらみに未練を残しつつ、彼女の横をすり抜けようとしたが、その先には、というか、この花の庭の周囲にはすでに
「ミキ様、私と」
「いえ、私と」
「ウチと!」
「順番でしょ、ワタシが一番最初にここにきたのよ!」
「ミキ様って本当にかっこいい!」
「もうみんなまとめて性蝕しちゃえばいいじゃん!」
息の荒い女性たちが僕のことを狙っていた。
(おい、ミキ。わかってるよな?)
「………もちろん」
何とも魅惑的で、据え膳食わぬは何とやらというように、これほどまでの女性を前にして何もできないことが悔しくて仕方がないが、それでもこの刀を手放すことはできないから、僕は彼らを振り払う為に走った。
後ろから「逃がすな」だとか「絶対に
しかし、どうにも上手くいかない。お酒を飲んでいないのに体が重い、それに熱い。
「あ、やっと効いたぁ」
ニヤニヤと集まってくる彼女らの目は、紫色に光っていた。なんの魔術かはわからないが、この目にやられて体の自由が効かないのだろう
(殺す?)
いや、流石にそれは短絡的すぎる………が、最悪の場合はそうなるのか?
僕は動かない足のせいで倒れ込んだまま、持っている刀を振り回して彼女らを牽制するが、なんら威嚇になっていないようで、おそらくその目には子羊の最後の抵抗にしか映っていないのだろう。
声も掠れて上手く出ない現状では助けを呼ぶこともままらない。
しかし、ヒーローというものはどこにでもいるようで
「なーにやってんのさ!」
リリンと、鈴の音が聞こえた。それは脳に直接注がれるかのように、頭の中で反響する。すると、彼女らの目に灯っていた光は消え、虚な眼差しで宙を眺めたまま立ち尽くしていた。僕の体は自由になった。
僕を囲んでいた女性らを押し除けて、その少女は現れた。
「ホコロビ・ミキだよね?」
地面に座り込んだままの僕を
「………そうだよ、君も僕と性蝕したいのかい?」
年齢は僕よりいくつか下だろう。おそらく16とか17とか。一瞬であの大勢の人間を無力化したことから、結構な魔法の使い手だと見て取れる。
「モメの年齢じゃまだ性蝕は認められてないんで」
「じゃあどうして助けてくれたのかな」
「そりゃあもちろんギブアンドテイクが大切だからさね。モメは貴方を助けた。だから貴方もモメを助けてくれるよね?」
その問いかけに応えるように、僕は差し伸べられた手を握って立ち上がった。
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