第2話 セイなる剣とリンゴの決意
終わった戦いの後、意識は消えた僕が天井のないある家のベッドに寝かされてから、村の生き残った人たちが僕のことを訪ねたらしいが、当然のことながらその記憶はなく、僕は一人で空を仰ぐ。
(一人じゃないんですけど!)
………失礼、二人で空を仰ぐ。
「二人じゃないわ」
声のした方向。
僕は二人の女子に囲まれている。黑無垢の少女と魔法少女は僕のことをじっと覗き見ていた。照れる余裕もないくらいの筋肉痛が体を襲ってたけれど、僕は平然とした顔で彼らを見返す。
「傷は平気?」
「えぇ、なんとか。あなたは?」
「大丈夫、なんともない」
(全身筋肉痛だから魔法か何かをかけてやってくれ)
「分かったわ」
なんと、無理していることがバレている。
魔法が効いたのか、全身の痛みが鈍くなっていく。
「ありがとう、えーっと」
僕が言い淀んでいると、彼女は察して
「ミルよ。ミルって呼んで」
「分かった。改めてありがとう、ミル」
「貴方のおかげで追い返せたのだから、お礼をいうのはむしろこっちの方よ」
(うちが戦ったんだけどな!)
ドヤる少女は胸をドンと叩いてみせた。しかし、そうだ。この娘の存在は不思議で仕方がない。
「君は………?」
「貴方のその刀、七星剣の精霊らしいわよ」
(なんで言っちゃうのさ!)
いちいちリアクションが大きい少女はむ─っと頬を膨らまして見せた。僕はそんな少女を見てやはり疑問に思った。
その服が僕達よりの服だからだ。ミルの着ている服は、どこか中世の西洋の雰囲気を思わせるそれであったが──最も、世界史選択である僕だが、中世の人間がどんな服を着ていたかは全く知らない──その少女は黑無垢を着ているのだ。
結婚式でもみる白無垢とは色だけが異なる、少女が着るには不相応な、あるいは背伸びをしたようなその服であるが、どうしてかしっくりときていた。
なんとなく、むくれた少女のことを無性に撫でたくなって、頭に手を伸ばすとなんの抵抗もなく黒い髪の毛一本一本の感触が手に伝わった。暖かい感覚で少女が生きているように感じた。
「精霊ってのは触れるんだな………」
「認識さえできればね。そういえばあなた達の名前を聞いていなかったわ。教えてもらえるかしら」
いつの間にか取り出したリンゴの皮を剥きながら、彼女は僕達二人を交互に見た。
「僕は
「変な名前ね。それがフルネーム?」
「君だって短いじゃないか」
「私の名前、フルネームはミルベルボルン・オーアエン・ネイロヴィアーヌ・ファストノートよ、覚えられる?」
なるほど、だからミルなのか。
「それで、貴女の名前は?」
剥き終わったリンゴをむしゃむしゃと自分で食べ始めた。僕のために向いてくれているのかと思ったが勘違いだったらしい。
(アイだよ!)
そういえば言っていた。戦いの前にアイと。それを思い出すと殺人の瞬間も思い出して気分が悪くなった。
「そう、アイちゃん。アイちゃんはどうして剣がこの人に抜けたか分かる?」
(え、あ、いや、分からないけど)
明らかに動揺するアイを見て、ミルはジトっとこっちを見た。その目はどこか軽蔑や侮蔑が含まれているようで落ち着かない。
そしてこう言った。
「貴方って、ヤリまくり?」
「………………………は?え?なんで?」
「いや、だって、ねぇ。え、もしかしてその記憶もないの?」
ミルは面倒臭そうにそう言って、二つ目のリンゴを剥き始めた。そこからは長くなる説明を聞いた。
第一に、この世界が魔法の存在する世界であること。
第二に、魔法を使える『魔法使い』がいること。
第三に、魔法を使えずとも魔力を用いて戦う『騎士』がいること。
そして何よりも驚いたことはこれ。
第四に、この世界では性的接触を繰り返すことで魔法や魔力の能力が向上すると。
「魔力ってのは自然に近いものでしょ。それに対し人間は自然から少しだけ離れた場所にいる。魔力、魔法っていうのはこの世界の基盤みたいなもので、それはある意味で森羅万象有象無象。あらゆるものが混ざり合ってできている。だから人間が少しでも魔法に近づきたいのなら体液の交換を繰り返すの。あらゆる素材を体内に取り込めば、自然と同じくらい複雑怪奇な存在になれるから。だから逆説的にいえば、魔法を最初から使える人間っていうのは体の構造が最初から複雑なんでしょうね」
(さっぱり分からないな!)
「間違いない」
長い長い説明の中で分かったこと。つまりこの世界は性に関して奔放な世界だということだ。
「つまり、今後。貴方は多くの女性に誘われることになるってこと。貴方みたいな聖剣を引き抜ける人間の体液なら、きっとその影響は大きいから」
「マジですか!?」
(声でけぇ………)
「………………………」
女性陣のドン引きの目がきつい。
「ちなみに私は興味ないから安心して」
(魔法使いなのに?)
この話を少女であるアイの前でするのははばかられるが、そもそも人間ではないし見た目通りの年齢でもないのだから気にするだけ無駄だと気がついた。
「そう、見てこの杖。詳しくは分からないんだけど、魔力を汲み上げるのに特化してて、これを使えば誰よりも上手く魔法が使えるの。この村の壁だって私一人で築いたんだから」
そう言って見せられた杖は単なる木の棒にも見えた。というより木の棒だ。
そんなことよりも気になるのはどうして自分に七星剣が抜けたのか、だ。ミルは僕の経験人数が多いと推測した。
つまりミルはこう考えたのだ。僕が経験豊富な騎士であると。しかしそれは正しくない、だって僕は元の世界ではほとんど病院暮らしのチェリーボーイだ。
であれば理由が気になる。アイがミルの問いに対して口籠ったのも気になる。
「ちょっとアイと話したいことがあるから、その、いいかな?」
ミルは分かったと言って、三つ目のリンゴを丸齧りにしながら部屋から出ていった。
「それで、僕が七星剣を抜いた理由………僕に七星剣が抜けた理由を聞いてもいいかな?」
(あは、気になる?)
「もちろん。教えて」
アイは少しだけやっぱり言いづらそうに顔を背け、あははと空笑いをする。そんなアイを見つめること数秒間、アイは躊躇いながら言った。
(………ていだから)
「なんて?」
(ミキが20歳になっても童貞のままだからさ!)
………なるほど。ミルの前で言わなかったのは僕への配慮だったのか。
(多分、貴方がそういう行為をしたら使えなくなるわ。これは聖剣、穢れを嫌うから)
「ただいま〜。リンゴ買ってきた」
ミルがいくつかのリンゴを携えて部屋の中に入ってきた。出て行ってから1分も経っていないだろう。
「で、どうするの?」
「あぁ、じゃあ一つだけ貰おうかな」
「そうじゃなくてこれからよ。貴方はどういう立場でどういう行動を取るの?」
先ほどまでの童貞のふざけた雰囲気はどこに行ってしまったのか、真剣な空気が漂う。
だから、僕も少しだけ真面目に考えることにした。
見たくもない現実を、直視することにした。
「どうして襲われたの?」
「ここはハルガ地方。二つの国家に囲まれて、そのどちらもが領有を主張する、魔力に溢れる地域だから」
「………今日みたいなことってよくあるの?」
「私が壁を張ってたから今まではなかった。だけど、それももう破られた。次はもっと強固なやつを作る予定だけど」
「今日のでどれくらいが死んだ?」
「一割、村の一割よ」
「ミルはどうするの?」
「戦うわ。生まれ育った場所だし、何よりこの村が好きだからね」
人が死んだ。それは現実らしい。ここが異世界であったとしても、それは悲しいことだ。遠い国で戦争が起きても何も思わなかった。しかし死んだ人を目の当たりにすると、どうしようもなく悲しくなる。
正義がどこにあるかは分からない。なんで争っているのかも詳しくは知らない。誰の思惑でここにいるのか。なんのためにここにいるのか。どうしてあの時森に逃げ、七星剣を引き抜いたのか。全てが不明で全てが曖昧だ。
だけど、そんな状況不明の今であっても、やるべきことは明確だ。
それが例え偶然であったとしても、守れる力を手に入れたのなら
「────戦うよ、人が死ぬのを見たくない」
そう応えるとミルは満足した顔で、リンゴの一つを僕に渡した。
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