26.猫、沼に別荘を建てる

「あいつ、悪い奴じゃないんだ」

「ぼく等にこんな迷惑かけてるのに?」

「うん。だから何か理由があるのかもしれない」

「そうなんだ」

「とはいえ、あいつ、話が通じない奴でもあるんだ」


 納得しかけたけど、雲行きはなんか怪しくなってきたぞ。


「じゃあどうするの?」

「………………待つしかないかな」


 言ってマシロはその場に座り込む。

 いや、座るどころじゃない。

 こいつ木を背もたれにして完全にリラックスモードだ! 昼寝体勢だ!


「ましろー! 寝ちゃやだー!」

「だって寝る以外やることないもの。さあネムちゃんもおいで。おねんねしよ」

「ぼくはまだ全然眠くないもの。活動力に満ち溢れてるもの」

「ネムちゃんは元気だなあむにゃむにゃ……」


 最後には変なうわ言を呟いて、マシロは完全に落ちてしまったようだった。むー、と顔をしかめるぼく。


 まったくマシロは、こういうとこ悪いよな。眠気と食い気にはひたすら貪欲なんだから。

 けど、マシロを置き去りにしてぼくだけ進むわけにもいかない。

 ぼくはマシロのお腹をクッションにして体育座りをしつつ、考える。さて、どうしようか。


 マシロ曰く、ぼく等はヌラリボッチとかいう幻獣に惑わされているとのこと。なんだろ、幻覚でも見せられてるような状態なのかなあ。

 話が通じる奴ではないので、向こうの気が済むまで待つしかないらしいけど、ほんとにそうなのかな。

 物は試しで、ぼくは虚空に呼びかけてみた。


「おーい!」

「ヌラリボッチー!」

「なんでこんなことするんだよー!」

「ぼく等はただ天鵞絨密林に行きたいだけなんだよー!」

「きみに危害を加えるつもりとか、全然これっぽっちもないからー!」


 返答はなく、ただぼくの声が静かな世界にこだまするだけ。


 こうなってくると、ほんとにヌラリボッチなんて生き物が存在するのかどうかも疑わしくなってくる。

 滅茶苦茶へんてこな名前だものな。マシロがたった今適当に考えた名前って言われても、普通に納得。

 あいつまさかただ眠たいがために、ぼくに雑な嘘吐いたんじゃなかろうなあ。


 けど、ヌラリボッチの存在が本当であろうとなかろうと、結局のところ状況は変わらないのがもどかしいところ。

 こういうときのマシロはてこでも起きない。ヌラリボッチの気が済む以前に、ぼくはマシロの気が済むのを待たねばならないわけだ。


 まず、一時間二時間の待機では済まないだろう。それどころか、一日二日でもまだましなほう。

 下手したらぼく、一週間くらい、この風来沼で暮らさなきゃならないかもしんない。

 食べ物とかは【夢現鞄】に十分入ってるからいいんだけど……――――――。


 ぼくは何気なく曇った空を見上げる。


 ――――――……家猫ならではの性格なのかな。やっぱり野宿は嫌だよう。


 で、あるなら。

 こうなった以上、自分が必要とするものは自分で拵えなければならない。マシロは使い物にならないからね。


 ぼくは夢現鞄から【作業台】を取り出し、湿った地面に置いた。

 こういうこともあろうかと、拠点に置きっぱなしの作業台以外にも、予備の作業台を幾つか用意してあるんだ。ぼくってばなんて賢いにゃんこなんだろう。

 いいさ、屋根がなければ建てればよいのだ。ここ風来沼に、ぼくが別荘を造ってやる。




 さて、折角“沼地”なんていう独特のフィールドで建築するとなると、やっぱりその景色ならではのものを造りたくなるよね。

 ということで、ぼくが選んだステージは、沼、まさにそのもの。少し離れれば視界に収まるくらいの丁度いい大きさの水場を選んで、そこの真ん中にお家を建てることにした。


 まずは埋め立て作業から始める。

 こんなときに役立つのが、水中作業用のツール、【水着】と【ゴーグル】である。この二つを身に着けていれば、空気が確保され、視界も保たれ、水の抵抗もほとんど感じずに仕事ができる。


 デザインもリボンやフリルが付いてて可愛いんだよ。

 用意してるのはマシロだから、マシロの趣味って思うと複雑な気持ちになるけどね。

 しかもぼくがこんなにカワイイかっこしてるというのに、あいつ寝てるしな。ふんっ。


 埋め立ては、護岸を造るところから始める。

“護岸”っていうのは、島の土台となる土砂が流れていかないようにするための、カバーや堤防みたいな役割をするものだ。島のガワってかんじ。

 これをまーるく、石を積んで形を作っていく。


 沼の中に護岸ドーナツの輪っかができたら、その穴に土砂を投入だ。

 今までの整地作業で、【土】や【砂利】ならいくらでも夢現鞄に入ってる。ぼくは水上に足場を生やして、そこから土砂を放り込んでいった。

 これで水上に、ぽっかり丸い小さな島が出来上がった。ここに家を建てるんだけども、その前に。


 まずは道のほうを整備しよう。このままじゃ沼のお家に行くには泳いで渡るしか手立てがないからね。

 ぼくは島と本土を繋ぐ木橋を設置することにした。デザインは桟橋とかによく見る、支柱と板を組んで作るやつ。

 静かで鬱蒼とした沼地にぴったりの、何となくわびさびが感じられる橋が出来上がった。


 さあこっからはおかでの作業だ。

 選んだレシピは、円形の外壁と円錐型の屋根を持つ、一階建ての小屋。八畳くらいの一室があるだけっていうミニマムなサイズ感と、ぽつねんとしたシンプルな形がぴったりだと思って。


 サポートワイヤーを生やしたら、早速石積み作業。石壁は上から【漆喰】で白く塗っていくよ。


 周りの景色がミステリアスなかんじがあるから、ここはエキゾチックな要素を取り入れたいな。ということで、お家の構造そのものは洋風なかんじがあるんだけど、アクセサリーとしてアジアンなテイストを足していくことに。


 まず、屋根には【いぶし瓦】を使う。

 これは【黒土粘土】を素材とする瓦で、【窯】の燻化機能を使っていぶしてある。和風建築によく使われる灰色の瓦だ。

 そして窓には幾何学模様の中国格子と、木製の窓枠を採用。

 うん、これだけで大分異国情緒の感じられるお家になった。中国格子は、正面のアーチ型の扉にも覗き窓として取り付けておこう。


 扉の横に角灯を取り付け、あとは庭に緑を生やす作業。

 玄関周りは花を植えて、ちょっと彩りを添えておく。

 その辺に生えてた紫陽花やクレマチスをわさわさと。しっとり華やかなかんじで。


 よーし、できたー!

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