13.猫、井戸を掘る
斑点は広がり、数を増し、こちらへ近付いてきているようだ。同時に、ぎゃあぎゃあという騒々しい鳥の喚き声も。
それが、今ここに集っているのとは比較にならないほど数の多い鷹の群れであることを判別するのに、時間はかからなかった。
彼等の内の大きめの一羽が、ハヤブサのそばの岩棚にとまる。
「何事だ! 何の騒ぎだ!」
「お頭、それが俺等にもよく分からないのだが、突然俺等の巣に大量の蟲が発生しだしたんだ!」
「なんだと……? いや、そんなことで我等誇り高き鷹の一族が心を乱してどうする。蟲くらい、食って腹の足しにでもすればよかろう!」
「そうもいかんのです! なんせ蟲の多くが毒持ちだもんで……!」
「はあ!?」
「それに蟲だけじゃないんだ! どういうわけか巣に急速にカビが生えだして……! あっという間に腐り落ちちまったところもある! あんな場所、もうしばらくは棲み処として使えねーよ! お頭、とにかく今すぐ見に来てほしい!」
言って、報告を持ってきたトリはハヤブサの返事も待たず、上空へ舞い戻って行った。
ぎぎぎ、とハヤブサの太い首が錆び付いたような鈍い動きで回り、ハチノジを捉える。そんな視線も何のその、ハチノジはかがんでぼくの体を抱きかかえた。
「……貴様が、やったというのか?」
「これに懲りたら、ネムちゃんにもマシロさんにも二度とちょっかいはかけないことです。わたくしの怒りは
ぼくを抱いて静かに歩きだす彼女の背中で、ハヤブサの恐れと怒りの入り混じった叫びが轟く。しかし、ハチノジが振り返ることはなかった。
「おまえまさか……っ! 聞いたことがあるぞ! 王獣の中でも最も陰湿な性格の持ち主、気に入らない相手の根城を非情に滅ぼし尽くす、その名も――――――ハチノジヤモリ……!!」
「わたくしが滅ぼすのではないのです。わたくしの歓心を失ったので、その巣は最早カタチを保ってはいられなくなるのです。あなた方が次に造るお家は……そうならないとよいですねえ」
「あのような矮小な性質の者に媚びへつらうというのは、ネムちゃん自身とマシロさんの尊厳を貶める行為なのです」
拠点に帰ったぼくは、ハチノジからお説教を受けていた。ハチノジはぼくがハヤブサに謝ったりお腹を見せたりしたことが気に入らないらしい。
「あんなことしなくても、ネムちゃんはわたくしが守るのです。お忘れですか? わたくしはマシロさんに頼まれてネムちゃんの見守り役をしているのです。あの程度のコトリに、遅れを取るなどと思ってもらっては困るのです」
「うーん、ごめんね。ぼくから見たハチノジは、か弱い女の子にしか見えなかったからさあ。次からは気を付けるよ」
言ってぼくはハチノジの前でごろんと横になり、お腹をだした。
「ハチノジ、許してほしいのにゃ。お腹撫でてもいいよ」
「……!」
ハチノジは一瞬固まり、指をわきわきしながら手を伸ばしてきたのだけれど、途中ではっと我に返り、ぶんぶんと頭を振る。
「ま、またそんなことをして! ネムちゃん、誰でも構わずそんなことをやってると、マシロさんは悲しむのです」
「え? そうかなあ。別に気にしないと思うけど」
「それに、ハヤブサにあんなに下手にでておいて、次に会ったときどうするつもりだったんですか。マシロさんと一緒にいるときにばったり会ってしまったら? 絶対面倒臭いことになるでしょう。ああいう輩には最初から力関係をはっきりさせておいたほうがよいのです。侍山には、どうせ素材採取でまた訪れることになるでしょうし」
「でもあいつ、マシロと一緒のときは出てこれないみたいだからさ。次からはマシロと一緒に来て、何食わぬ顔で素材貰ってけばいいかなって」
「~~~~~~」
ハチノジはしばらくの間難しい顔で何か言いたげにしていたが、やがて怒りを収めたらしい。
「その強かさやよし!」
そう言って、自分を納得させるようにうんうんと頷いている。何はともあれ許されたようだ。
それでは本日のメインディッシュ、井戸作りと洒落込もうか。
あれ、でもそういえば、好きなところを掘ったとして、そこに水脈があるとは限らないよね。先にその手の調査もしなきゃいけないかんじ?
「それなら主人にお任せなのです。とりあえず好みの場所に井戸を掘れば、主人が水を引っ張ってきてくれるのです」
へー、ハチノジの旦那さんってそんな職人芸ができるんだ。ハチノジも凄いひとみたいだけど、旦那さんも凄いんだな。
ハヤブサはハチノジのことを『王獣』って言ってたっけ。旦那さんも王様なの?
「その通り。わたくし達は二匹で一つ、“イッパチ”として議席を与えられているのです。主人は賢く教養豊かなひとなのです」
ハチノジは得意げに語る。旦那さんのことが好きなんだね。
そんな他愛無い会話を交わしつつ、ぼくはさくさくと穴を掘っていった。
場所は倉庫の左隣、作業場からすぐのところ。掘りながら、内壁を石で固め、補強していく。
穴の大きさは大体直径80センチくらい? で、8メートルほどの深さまで掘り進んだところで、なんと普通に湧き水がでてきた。
ハチノジ夫の職人芸を見てみたい気持ちがあったので、少し残念でもある。掘り過ぎだったかな。
スプーンでスイカの果肉を掬うがごとく簡単な作業だから、無限にできちゃうんだよね。掘った土や石なども夢現鞄に勝手に吸い込まれていくし。
まあ目的は果たせたわけだし、これはこれでいいか。
というわけで一先ずぼくは垂らしておいた縄梯子を使い、地上にでる。
そして井戸の設計図を穴に落とした。にゅっと現れた円筒形の骨組みに従って、石を積んでいく。
よーしできた。これぞ、ザ・井戸ってかんじ。
それじゃ、次は水を汲み上げる道具を作ろう。
作業場に行って、まずは窯で鉄鉱石を熱する。同時に、【ねばねば樹液】と【アースオイル】と砕いて粉末状にした【銀塩】を混ぜたものも入れておく。
少し待つと、【鉄インゴッド】と【銀塩鋼】が出来上がった。作業台で鉄は【手押し井戸ポンプ】に、銀塩鋼は【パイプ】に成形したよ。
ポンプは赤銅色に塗ろう。
ヤスリでわざと風化したかんじを演出するのは、お爺さんの真似~。アンティークな空気感がよいでしょ。
あとは穴を塞ぎポンプを支えるための、台板が必要だね。
するとここでハチノジからリクエストが。
「穴の蓋はしっかり固定しないで、簡単に開けられるようにしてほしいのです。じゃないと主人が入れないのです」
「えっ、ハチノジ夫、井戸に入るつもりなの? プールとは違うんだよ? あんまり水は汚してほしくないなあ」
「主人はとっても清潔だから大丈夫なのです。寧ろ主人が入ったほうが水が清らかになるくらいです」
彼女はそう言って譲らないので、仕方なくぼくは折れた。いざ作るとなるとつい自分の拘りがでちゃうけれど、元はと言えばハチノジ夫のため、延いては水幻石のためだものね。
それでベージュ色の木材で、載せるだけの簡易な井戸蓋を作った。風が強い日は、上に重石でものっけておこう。
あとはポンプと台板、パイプを合体させて、井戸穴に通す。
よし、これで井戸本体はオッケーなはず。試しに使ってみよう。
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