18.猫、ヒヨコを助ける
「近頃ユメクイ殿がこの辺りに居城を据えたとのお話を聞きかじりまして、ご挨拶に伺った次第です。私どももこの近辺、北の“
アワユキがすらすらと口上を述べ終えると、後方から巨大な鳥籠を担いだ男達が進み出てくる。
「ぴよ……」
中に入っているのは勿論あの黄色いヒヨコだ。ヒヨコはマシロを怖がっているようで、大きな体をできるだけ縮こめて、マシロとは目を合わせないようにしていた。
こいつ、手土産代わりだったのか……。ぼくは哀れみの視線をヒヨコに注ぐ。
「ユメクイ殿は食べることがお好きで、大変舌の肥えたお方だと聞き及んでおります。こちら“アピル”なのですが、実に食べ応えのある、且つ脂の載っていそうなよい
えっ、まさかの食用!?
「きっとユメクイ殿のお口にも合うだろうと、お持ちしました。どうぞお納めください」
それからアワユキはまた丁寧で頭に入ってこない挨拶をすらすら述べ、仲間と共に来た道を戻って行った。その間マシロは一言も喋らなかった。
ぼく等は去って行く白い隊列を見送り、後にはたった一つの鳥籠が残される。
「ぴよ……」
マシロが何も言わないのが気になって、ぼくはマシロの脇腹をぷにぷにつついた。するとマシロの瞳に光が戻る。
「……マシロ、もしかして寝てた?」
「え!? ね、寝てないよ、やだなあ。ちょっとぼーっとしてただけ。僕、ああいう頭の中が捩じれてる奴、苦手なんだ。つい防衛本能が働いて、身構えちゃって」
あ、よかった。やっぱマシロにもあいつ、性格悪そうに見えるよね。
ぼくはマシロの共感を得られたことにちょっとほっとして、それから奴等が残していったモノに目を向ける。
「ぴよ……」
「……こいつ、どうしようか?」
「んー。ま、タダより安いものはないからね。貰えるものはありがたく頂戴することにして、ペキンダックにでもしようか」
「え!」
「ぴよ!!」
ぼくとヒヨコはぎょっと顔を引きつらせ、マシロを見つめる。……いや、さすがに冗談か?
「え? どうしたの? あ、やっぱり唐揚げのほうがよかった? ネムちゃん若鶏の丸揚げにしたやつ、気に入ってたもんね」
「いやいやいやいや!」
「ぴよおおおぉぉ……!」
きょとんとしたかと思えば、ぼくが献立に不満があると勘違いしたらしい。
まずい、こいつ本気で言ってる! 本気でヒヨコを食べようとしてる……!
ぼくは鳥籠を背にして、マシロの前に立ちはだかった。
「ダメだよ! 食べるなんて可哀想だよ!」
「ぴよ……」
「え? だってネムちゃん、普通に鶏肉も牛肉も豚肉も食べるじゃない」
「食べるけど! それとこれとは別なの! だってこの子、幻獣でしょ?」
「幻獣も美味しいよ? っていうか、元々幻獣じゃなく普通の猫だったネムちゃんがそれ言うんだ……」
「じゃあマシロはぼくのことも食べるというの……? 油断させて、太らせて、食用にするつもりだったの……?」
「ええ!? そ、そんなことするわけないじゃない! 僕にとってネムちゃんは特別な存在だよ! お肉として見てるわけないじゃない!」
「それとおんなじだよ。ぼくはこの子のこと、お肉として見れない。主観、エゴ、詭弁、なんでも結構だよ。マシロの主張だってそうなんだから」
「むむむ……」
「ぴよ……」
しばしぼくとマシロの間で火花が飛び交い、ヒヨコが縮こまってそれを見つめる。
折れたのは、マシロのほうだった。
「分かったよ。じゃあネムちゃんの好きにするといい」
「えへへ。マシロありがとー」
ぼく等はハグし、仲直りする。
で、こいつをどうするかだけど……。
「……うちで飼う?」
「えー……」
「ぴよおぉぉ……」
マシロは嫌そうな顔をし、ヒヨコも怯えた顔をした。
「別にいいけど、こいつあからさまに僕を怖がってるからなあ。こいつ自身、嫌なんじゃない?」
「じゃあどうしようか」
「逃がしてあげたら」
「逃がして、この子ひとりで生きていけるのかな」
ぼくは改めてヒヨコを観察する。
デカさはあるけど、全然強そうじゃないし、臆病者っぽいし、野山でひとり逞しく暮らしていけるタイプにはとても見えない。
ぼく等の拠点の周りには乱暴者な鷹がいる。今日来た嫌味ったらしい鶴にまた捕まる可能性もある。大丈夫だろうか。
ぼくが心配になって悩んでいると、マシロはのしのしと鳥籠に近付いていった。「ぴょっ!」とヒヨコが青ざめる。
マシロはおもむろに籠を掴むと、べきべきと網状に編まれた竹を破り始めた。そしてヒヨコが通れるくらいの穴を開けると、少し離れたところに立つ。
「おまえが決めるといいよ」
「ぴよ……」
ヒヨコはしばらくマシロを警戒しているようだったけれど、やがてびくびくしながらも籠から出てきた。そしてあっと言う間もなく、ぺたこらさっさと、走って茂みの奥に消えて行った。
「大丈夫かな」
「さあねえ。でもあいつが自分で決めたことだから。ネムちゃんは過保護なとこあるなあ」
マシロは意外とリアリストなとこあるよね。そんなことを思いながら、ぼくはしばらく茂みの向こうを見つめていた。
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