19.猫、ヒヨコを案じる
翌日、ぼくは母屋の屋根を張り終え、お家の外装を完成させた。
マシロを連れてぐるりと回り、確認&悦に入る作業。
外壁は白やベージュを基調とした石積み仕立てで、屋根は黒っぽい大きめのスレートを張っている。窯と煙突も付けたよ。
二階建てで、二階へは外の階段を使って入る仕様。一階が三部屋で、二階が一部屋。
とりあえず窯のある部屋はキッチンにするとして、他の部屋の使い道はまだ未定。
少なくとも寝室は欲しいけど、どこにしようかな。
マシロにおっきいベッドも作ってあげたいんだよね。ぼくにはマシロというベッドがあるからいいけど、マシロはいつも床とか地面で寝てるから。
あとは庭と、それから倉庫兼作業場に続く道を作る予定。
ここ、作業場からは少し離れた位置に造ってるんだ。建物としての雰囲気が倉庫とお家でちょっと違うから、外観重視で敢えてちょっとだけ場所をずらしたのだ。
すぐ見える位置にはあるんだけど、行き来がしやすいよう道は整えたいな。
そんなことをマシロと話しているさなか、ふとぼくは視線を感じて振り返った。
違和感の正体はすぐに分かった。緑の森の中で茂みに隠れているとはいえ、あからさまに景色から浮いている大きな黄色があったから。
「ぴよ……」
昨日の巨大ヒヨコが、草むらから頭だけだして、こちらを窺っていた。
「きみ、まだいたんだ。どしたの? 忘れ物?」
「ぴす……」
ぼくが近付くと、ヒヨコは一定の距離を置いて後ろに下がる。けど、昨日みたく一目散に逃げ出したりはしない。
ぼく等に近付きたくはないようだけど、去ろうという気もないみたい。変な奴。
埒が明かないし、あいつの目的も分からない。まあいいか、ほっとこう。
そう思って踵を返そうとしたところで、ぼくは足元の違和感に気付く。
丁度ヒヨコがさっきまで蹲っていた場所――――草むらの中に、ゴロンとした丸い物体が転がっていた。大きさはサッカーボールくらいで、ちょっとくすんだ
「え……これまさか、きみの……?」
「ぴよ」
「きみ、女の子だったのか」
「ぴよ」
ぼくが不毛な対話を試みていると、マシロが何を思ったかのしのし近付いてきた。
ヒヨコはさっきの二倍、距離を置いてこちらを見つめる。とはいえやはり、逃げはしないもよう。
「あ、アピルの卵だ、わーい。じゃあ今日はオムライスにしようか」
「ダメでしょ! あいつの赤ちゃんだよ!」
「え? こんなところにほっぽってあるんだし、どうせ無精卵でしょ。違うの?」
マシロが首を傾げて尋ねると、ヒヨコは「ぴよ」と鳴いた。怯えたり、嫌がっている表情ではないので、どうやら本当にそうらしい。
「もしかして、ぼく等にプレゼントしてくれるの?」
「ぴよ」
「ほらほら、いいんだって。アピルの卵って濃厚でクセがなくて美味しいんだよね~」
言ってマシロはひょいと金色卵を持ち上げ、うきうきで母屋のほうへ戻っていく。全く、食いしん坊なんだから。
ぼくはほんとにいいのかなあ、ってちょっと心配してたから、しばらくの間ヒヨコの様子を観察する。けれどヒヨコはその場にとどまったまま、遠ざかるマシロの背中を見つめるばかりだ。
「ぴよ」
その顔は見ようによっては満足げでもある。逃がしてあげたことへのお礼だったんだな、とぼくは納得し、マシロの背中を追った。
アピルの卵で作ったデミグラオムライスは、ふんわり甘くてとろとろで、とっても美味だった。
それからというもの、ヒヨコは拠点のそばに頻繁に姿を現すようになった。彼女はこの周辺で暮らすことにしたらしい。
で、三、四日に一回、卵を産んでくれる。
ご飯は、母屋のそばのクロモミの木の下に専用の食卓を作って、そこにマシロが野菜とかパンを千切ったやつとかを、適当にボウルに放り込んでいる。
マシロったら、ヒヨコが卵をくれるって分かった途端、積極的にご飯与えたりするんだもんな。現金な奴である。
ヒヨコはぼく等がそばにいないときを見計らって、ぱくぱくご飯を食べていく。
警戒心は解けていないようでずっと一定の距離間はあるんだけれど、どういうわけか彼女はぼく等との共存を選んだようだ。
けど確かにマシロの近くにいれば、他の外敵からの危険はほとんどないようなものだもんね。賢い判断と言えるのかもしれない。
ぼくはヒヨコを“ピヨコ”と呼ぶことにした。ヒヨコのようなアピルなので、ピヨコである。
ぼくはピヨコの気配をそばに感じつつ、無理に近付こうとはしなかった。怖がらせて、ストレスを与えるようじゃ悪いと思ったのだ。
けどある日のこと、雨が降った。
結構な土砂降りだった。この時期この地域では、霧とか小雨はあってもしっかりした雨っていうのはあんまりないので、珍しいことだ。
さすがにぼくはピヨコのことが気になって、彼女の巣を確認しに行った。
巣の在処は先日発見済みである。ピヨコがせっせと草を集めている様子だったので、後でこっそり覗いてみたら、茂みの中に丸い寝床ができていたのだ。
けど、あそこはある程度木の枝葉が屋根になってくれるとはいえ、この強い雨じゃ用を成さないだろう。あんなところにいたらびしょ濡れになって、風邪引いちゃうよ。
それでぼくはピヨコの様子を見に行ったのだけれど――――――いつもの寝床に、彼女の姿はなかった。
さすがに、もっと安全な場所に避難したのかな? ぼくは拠点の周辺をうろうろ探した。
ピヨコはすぐ見つかった。あの図体と色じゃ、目立つからね。
彼女は作業場の軒下で体を丸めていた。凍えている様子はないけれど、やっぱりちょっと濡れている。
ぼくは決めた。よし、ピヨコにお家を作ってやろう。
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