20.猫、オリジナリティをだしてみる

 ピヨコのお家を造るに当たって、まずはピヨコの好みを知らなければならない。ぼくは道を整備したり庭を造る作業の合間に、ピヨコをこっそり観察することにした。


 ピヨコはどんな場所、どんな形のお家が好きなんだろう? 一応口頭で聞いてもみたんだけれど、彼女は「ぴよ」か「ぴす」しか言わないもので、コミュニケーションは難しい。

 それでピヨコの行動や仕草から、彼女の性質や趣味嗜好を読み取ろうと思った次第だ。

 するとぼくは二つ、彼女の興味深い所作を見つけた。


 一つ目。ピヨコは時折、突拍子もなく小さな翼をばたばたさせて藻掻いていることがある。


 はじめこれを見たときは、何か変な物でも食べて苦しい思いをしているのかと心配になった。けど、どうやらそういうわけではないらしい。

 一頻り翼をぱたつかせたり、足をぴょんぴょんさせたりして暴れたのち、ピヨコは何事もなかったかのようにスンとする。

 ぼくに見られていることが分かると、すっと目を逸らしたりする。ちょっと恥ずかしげであるようにも見える。


 いずれにせよ、体に異常があるわけではないようだ。しばらくぼくはこのキッカイな行動の意味が分からなかったのだけれど、それは二つ目の発見により解消されることとなる。


 というわけで、ピヨコの変な行動その二。

 ある日珍しいことに拠点の上空を一匹の鳥が横切ってったことがあるんだけど、ピヨコはそれをじっと睨んでいた。その目付きはちょっと攻撃的にも見えたんだけど、同時に羨望が滲んでるような気もした。

 そしてその後に、またあの妙な運動をしだしたのだ。

 そこでぼくはぴんときたわけ。


「きみ、もしかして空を飛ぼうとしてる?」

「ぴよ……」


 ピヨコは恥ずかしそうに、且つ無念そうに俯いた。そうか、あのばたつきは空を飛ぶ練習だったんだね。

 ……けど、【アピル】ってそもそも、空を飛べる種族なのかなあ?


「あはは、むりむり。練習とか成長とか、そういう問題じゃないよ。賢獣になれるくらい幻素コントロールに長けてれば話は別だけど、この体つきにこのちっちゃい羽じゃあ、物理的に無理」


 ぼくはこそっと聞いたつもりだったけど、マシロは本人を前にしてデリカシーもなくすっぱり言いきった。

 ピヨコが顔を赤くして震えている。怒っているものの、マシロに対して言い返すことができないようだ。

 ピヨコって意外と、警戒心は強い割に自我はしっかりしてるっぽいんだよね。


 でも、そっか。ピヨコはお空が好きなのか。

 それじゃあ、よし。ピヨコが少しでも空に近付けるよう、高い高い塔のお家を建ててみよう!




 建築場所に選んだのは、母屋よりも高いところ、山の頂上付近。できるだけお空に近い、見晴らしのいいところに建ててやろう。


 まずは整地作業から。それから作業台で円形の、灯台にも似た塔のレシピを設計図化する。

 平らにした場所の真ん中にレシピを埋めると、サポートワイヤーはぐんぐんと、頂点が見えないくらいに上へ上へと伸びていった。高さでいったら、多分母屋の二、三倍ある。

 これから、今までぼくがしてきたどんな建築をも上回る膨大な作業が待っている。気合を入れるべく、ぼくはふんすと大きく息を吸った。


 最初はやはり、骨組みに沿って延々と石を積んでいくところから。足場も生やして、モルタルを塗りながらベージュ色の石をずんずん組み上げていく。

 さすがにこの量の仕事となると、石積みだけでも一日では終わらなかった。


 二日目、ぼくが朝から働くために出て行くと、塔のそばまでピヨコが来ていた。彼女は作りかけの塔のてっぺんをじっと見つめている。

 ぼーっとしていたのか、慣れてきたのか、ぼくが近付いても今日は距離を取らなかった。


「これはきみのお家だよ」

「ぴ?」

「ぼくがきみをお空に連れて行ってあげる」

「ぴよ……」


 それからというもの、ピヨコはたびたび塔の建築作業を覗きに来た。ピヨコも完成を楽しみにしているようだ。

 俄然やる気のでてきたぼくは、熱心に建築作業に打ち込むのだった。


 さて、塔本体のおおよその形は出来上がった。通気窓が幾つか付いた、シンプルで古風な石の建造である。

 レシピ通りにいくなら、あとはてっぺんに円錐型の屋根を作ればオーケー。けど、今回はここでオリジナリティをだしてみることにする。

 ぼくはてっぺんを、吹きさらしのルーフバルコニーみたいな場所にしたいんだ。


 どんなデザインにしようか。と、ぼくはDIYガイドブックや色んなレシピを眺めつつ、考える。

 すると、一つのレシピが目に留まった。

 これだ。これがいい。

 でも、できるかな。どうやればいいだろう。


 ぼくはマシロを呼んで、アドバイスを求めることにした。


「マシロ、これをおっきくしたやつを塔の一番上に建てたいんだ。できるかな?」


 マシロは作業台に映されたレシピ画像を見て、目を丸くした。


「え? これを付けるの? あの塔の上に?」


 ぼくが示したレシピは、【鳥籠】だった。

 ピヨコが連れて来られたときに乗ってたやつみたいな、簡易な作りの竹籠じゃないよ。

 もっと西洋風の、お洒落なやつ。鉄製のワイヤーが交差する、ドーム型で、装飾なんかも施された、アンティークなバードケージ。

 この鳥籠を模したデザインで屋根や柵を作って、屋上に空を目一杯楽しむ空間を設けたいなって思ったんだ。


「ぴよ! ぴよ!」


 後ろから作業台を覗き込んでいたらしきピヨコが、ぱたぱた小さな翼を動かして盛り上がっている。よかった、ピヨコも賛成みたい。

 マシロが近くにいるのも構わず興奮しているから、よっぽど嬉しいみたいだ。


「ネムちゃん、きみはあーちすとだなあ。そうね、できないことはないけれど……でも、今までの物作りと比べて、大分めんどくさいと思うよ」

「頑張る! ピヨコも楽しみにしてることだし」

「そっか。それじゃあ、まずは巨大鳥籠の設計図を作るところから始めようか。設計図作成ツールに、拡大機能があってね――――――」


 そうしてマシロは、巨大鳥籠バルコニーの作製手順を教えてくれた。

 まずはレシピから設計図を取り出し、作業台機能でデカサイズに拡大する。で、それを塔の屋上の床下に植えて、巨大鳥籠のサポートワイヤーを生やす。


 と言っても、これですぐに理想的な骨組みが出来上がるわけではない。

 大きさも塔とのバランスも、ある程度目星を付けて設計図を調整しているとはいえ、やっぱり実際に生やしてみないと合っているかどうかは分からない。

 そして勿論、一回挑戦して一発オーケーというわけにはいかない。


 参考にしているレシピは飽くまでただの“鳥籠”であって、“鳥籠デザインのバルコニー”なわけではない、というのも注意が必要なところだ。

 網に見立てた柱は見晴らしがいいよう数を減らすべきだな、とか、ケージの入り口部分はいらないな、とか、色々調整が必要である。


 そうして設計図を描き直してまた骨組みを生やしてバランスを見て、ということを何度か繰り返したのち、やっと次の作業に入ることができた。いよいよ本番、建築である。

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