15.猫、泣き疲れる

 晩御飯はみんなで食べた。今夜はイッパチ夫婦の好みに合わせて和食なんだそうだ。


「新鮮なお魚、沢山仕入れてきたしね」


 言ってマシロがでーんとテーブルに置いたのは、大皿に積まれた鉄火巻きのタワー。

 きゃっきゃとはしゃぐぼくとハチノジ。お魚だいすき。

 マシロが作ってくれた鉄火巻きは大き目の赤身がしっかりと詰まってて、食べ応えがある。それでもぴりりとしたワサビ醤油に付けて食べると止まらなくて、タワーはあっという間に平たくなった。


 焼いたホッケもでてきたよ。

 香ばしくてほくほく。今日の主食は鉄火巻きだけど、白い普通のご飯も食べたくなっちゃう。


 それから具沢山で熱々の豚汁。ごろごろしたこんにゃくや里芋で、お腹も心も満たされていく。ほっとする味だ。


 マシロとイチノジはおしっ……黄色い水を合間合間にぐびぐび飲みつつ、ホッケの身をちまちまのんびり崩している。イチノジ、自分のおしっ……黄色い水、飲めるんだなあ……。

 ぼくが微妙な視線を向けていると、それに気付いたイチノジは舌打ちした。


「チビには俺様の酒のよさなんぞ分からんだろうよう」


 あれ。イチノジなんか、雰囲気変わった?


「どーせ俺なんざ酒を造ることしか能のないハチのオマケよ」

「イチさん、そんなこと言わないでほしいのです。わたくしはイチさんのことをとっても尊敬しているのです」

「ふん、なーにが評議会だ。たかが獣が人間臭い真似しやがって。議員なんてくだらねえ。もうハチひとりでやってくれ」

「イチさんがいなくては、わたくしなんて何もできないのです」


 ハチノジはこそっと、ぼくに目配せする。


「ね、言ったでしょう? イチさんは少し気むつかしい人なのです」

「気難しいっていうか、めんどくさいよね~」


 口を挟むマシロ。


「イチノジ、もしかして酔ってる?」

「酔っているというか……」


 ハチノジはイチノジをちょっと潤んだ瞳で見つめ、肩を竦めた。


「あれも、イチさんというひとなのです」


 よく分からないけど、酔っているというのなら、もしかしてこの黄色い水は本当におしっこじゃないのかもしれない。

 ビールというものは勿論知っている。

 飲んでみたい気持ちはあるけれど……今はまだ、勇気がでないなあ。あんまり好きなにおいでもないしなあ。


「イモリ酒は配合次第でとっても飲みやすくなるよ。今度甘いカクテルにしてだしてあげよう」


 そうして夜は更け、お休みの時間となった。


「イチノジとハチノジはどこで寝る?」


 そう言うと、イチノジはにやりと笑ってイモリ化した。


「そんなん、決まってるじゃねーか」


 そして井戸の底に、ひょいと落ちていった。


「それではマシロさん、ネムさん、お休みなさいませ」


 ぺこりとお辞儀をしたハチノジも、赤い小さなトカゲの姿に変じる。

 吸盤の付いた大きな手足に、長い尻尾。尻尾の先っちょが“8”の字に結ってあるのが可愛い。


 彼女は石壁を伝いつつ、するするとイチノジの後を追っていった。




 翌日、ぼくはマシロのお腹の上で目を覚ました。

 マシロはいつも通り「ふすー、ふすー」と変な寝息を立てながら、気持ちよさそうに眠っている。

 ぼくはマシロの沈むお腹をふみふみ踏み締めて作業場の床に降り立ち、真っ先に井戸に向かった。


「ハチノジー、イチノジー。朝だよー」


 井戸の穴を覗き込んで、呼びかけるぼく。しかし返事はない。


「ハチノジー、イチノジー」


 何度呼びかけても、ぼく自身の声が反響して返ってくるのみ。

 ちょっと心配になったぼくは、縄梯子を垂らして井戸の底に降りてみることにした。すると――――――。


「――――――いない……」


 ランタンをかざして目を凝らしてみたけれど、静かな井戸底では透明な水が昏々と湧き出ているのみ。黒いトカゲの姿も、赤いトカゲの姿も、どこにもない。


「ネムちゃん、どしたの?」


 遥か上方、井戸の縁から、マシロが白い頭を覗かせた。


「マシロ、ハチノジとイチノジがいない。消えちゃった」

「ああ。帰ったんじゃない?」


 淡泊なその言葉に、ぼくはがーんとショックを受ける。


「ふたりはこの井戸に永住するんじゃなかったの?」

「えいじゅ……!? う、うーん、あいつらはあいつらで普通に棲み処があるからなあ……。一族をほったらかしてここに来るのもむつかしいんじゃないかなあ……」

「そんなあ……」


 じゃあぼくのことはほったらかしていいと言うのか!?

 ぼくは悲しみと怒りで涙をぽろぽろ流しながら、縄梯子で地上に戻った。そして猫化して、マシロにひしとしがみつく。

 マシロはぼくの体を抱き上げ、よしよしとあやした。マシロの白い毛が、ぼくの涙で濡れていく。


「さよならも言ってくれないなんて……」

「一生会えないわけじゃないんだから。友達ってそんなもんだよ。またすぐにひょっこり顔を出すだろうさ」


 ともだち……。


 ぼくはマシロの言葉を反芻しながら、彼の腕の中で泣き暮れた。

 そして、いつの間にか泣き疲れて眠りに落ちていた。

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