14.猫、井戸を完成させる

「初めは呼び水を入れるのです」


 ハチノジ曰く、最初はポンプに少量水を入れる必要があるんだって。原理は分からなかったけど、言われた通りにやってみる。

 そしてハンドルを数回、上下に動かすと――――――。


「すごい! でた!」


 ポンプの口からじょぼぼぼぼ~、と容易く水がでてきた。出始めは濁っていたけれど、何度もハンドルを動かしている内に、水は澄んだ、綺麗な色に変わっていく。

 これは達成感も一入ひとしおだなあ。


 それじゃ最後の仕上げに、日除けの屋根を付けよう。


「素敵なのです。涼しいは正義なのです」


 井戸とセットで成長した東屋あずまやっぽい骨組みに沿って、ぼくは木を組んでいく。

 木材は灰色味の強い【グレーオーク】を使ってみた。屋根はこの間の倉庫造りのときに余った赤土の煉瓦を並べて、っと。


 あ、このままだと白いサポートワイヤーが丸見えだ。かといって建造物の構造上、壁など作って隠すわけにもいかない。

 そんなときにはこれ。この間マシロに貰った【透明の薬】の出番なのだ。これはその名の通り、塗ったところが透明になる液体である。

 これをワイヤーにぺたぺたと塗れば万事問題なしである。


 最後の仕上げ。隣の倉庫に合わせて、ちょっとヤドリゴケや植物を茂らせておめかししてみる。

 そうだ、屋根から柱にかけて蔦も這わせておこう。

 整地作業で入手した【ヤドリヅタ】は寄生植物で、木や苔などの上からすぐに根付くことができるらしい。これをヤドリゴケを生やしたところに植えてみた。

 ついでに瓦や柱をヤスリでちょっと擦ってみたりして、なんちゃってアンティークメイク。


 完成! 古びた井戸の出来上がり!


 ぱちぱちぱちぱち。と、背後で拍手が鳴り響く。

 その数の多さに気付いて、ぼくは振り返った。ハチノジと、マシロと、あともう一人、知らない男の人。

 とりあえずぼくはマシロに抱き付きに行く。


「マシロ、おかえりー」

「た、ただいま、ネムちゃん」


 マシロは抱き止めてくれたけど、人化した姿だったので正直微妙な感触。やっぱマシロはふわふわに尽きるな。

 それからぼくは、マシロの隣の知らない男の人に目を向ける。彼はハチノジよりちょっと背が高いけれど、ぼくよりちょっと背が低いくらいの小柄な青年だった。

 ハチノジと似たような形の黒い和装姿で、やはり頭巾を目深に被って顔を隠している。頭巾や袖元から見える裏地が赤いのが面白いなと思った。


 ハチノジと格好が似てるってことはもしかして――――――。


「――――――ハチノジの、旦那さん?」


 首を傾けて尋ねると、彼は朗らかな声で笑った。


「いかにも。俺の名はイチノジイモリ。ハチのコバンザメさ」

「イモリなのに、サメなの?」

「ハチのおまけ、くっつき虫ってことだよ」


 ハチノジは旦那さんのことを『気むつかしい』と言っていたけれど、ちょっと話したかんじでは全然そんなことなさそうだ。気さくで明るい人だと思った。

 そうか、マシロが旅のお伴に連れてったのは、ハチノジ旦那さんだったんだな。


 いずれにせよこの状況は話が早くて助かる。ぼくは井戸を手で示し、胸を張った。


「イチノジ、見て見て。井戸だよ。ぼくが造ったんだよ。どう? すごい? 気に入った?」


 ふんふんと頷いて、イチノジは井戸に近付く。そして井戸の周囲を回ってじっくり眺め、積んである石を撫でたり、ポンプを実際に動かしてみたり、蓋を開けて穴の底を覗いてみたりする。

 やがてイチノジはこちらに向き直り、にかっと笑った。


「よい井戸だ。洒落ているし、大きさも丁度よいし、屋根があるのもありがたい。これは快適なねぐらとして使えそうだな」


 ぼくお家としてこの井戸を作ったわけじゃないんだけどな。そう思ったものの、彼が“イモリ”だと聞いてしまったからには異議を唱えようもない。


 イチノジはおもむろに井戸の縁に腰かける。かと思いきや、その上体は仰向けに傾いだ。

 頭から落ちちゃう! と身構えた瞬間、彼の体は小さく小さく収束していき、一匹の黒いイモリの形に化す。

 イチノジは赤いお腹を空に向けたまま、穴の底に吸い込まれていき、見えなくなった。ぽちゃん、と水が跳ねる音が、聞こえたような聞こえなかったような。


「イチさん、いかがなのです?」


 ハチノジが井戸の底を覗き込んで語りかけると、小さな声が返ってきた。


「悪くないねえ。暗くて涼しくて快適だ。悠々泳ぎ回れる広さもある」

「ネムちゃんは水幻石をご所望なのです」

「お、そうかい。ほんじゃ井戸水を汲んでみるんだな」


 マシロが無言です、とバケツを差し出してきたので、ぼくは訳も分からずそこに水を汲んだ。

 すると……あれ、なんか黄色くない? においも変。


「イチノジ、おしっこしたでしょ……」


 ぼくがげんなりと咎めると、「失敬な!」と井戸底から非難の声が上がる。


「そいつは俺の生成した酒だよ。普通に飲める。そいつに幻石を浸して一晩待ちな。そうすりゃ水幻石の出来上がりだ」


 本当かなあ。ぼくはバケツの黄色い水に疑いの眼差しを向ける。

 でもマシロもハチノジも「ネムちゃん、汚くないから大丈夫だよ」、「イチさんは嘘なんて吐かないのです」と言うので、ぼくは渋々バケツに幻石を入れてみた。試しに一個だけ、ね。


「さあご飯にしよう。今日は上質なビールも飲めるね。嬉しいなあ」


 言っていそいそと黄色い水を汲むマシロに、ぼくはちょっと引いた。

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