9.猫、ちょっと意識する

 玄関に当たる正面のところには階段を設置することに。こっちは切り出した石ブロックを使って、丁寧に段を形作る。

 うん、オッケー。これで土台は完璧。


 あとは建物部分だね。今回のデザインは、二階建ての石造りの小屋。

 一階の三分の一くらいは壁がなく柱だけ、吹きさらしの玄関ポーチみたいな空間を広く取っている。ここに作業台や窯を設置する予定。

 で、奥まったところに入口があって、中を倉庫にするつもりだ。

 全体的な形はL字で、片っぽの棒の上――――作業場を含む区画の上にだけ二階が設置されるデザインとなる。


 前回のお豆腐ハウスよりか大きくて、ちょっとだけ凝った形である。

 とはいえぼくがやることはあまり変わらない。骨組みに沿って、素材を積んでいくだけだ。

 膨大な量の単純作業だけれど、ぼくはこういうの好きな性分みたいで、黙々とできちゃう。


 マシロはダメみたい。

 あんまり何もしないでぐーたらしてるものだから、一回誘ってみたんだ。けど石を数個並べたところで「今日はこの辺にしておくよ」って言って、またぐーたらしだす始末。


 まあぼくも猫だし、何もしないでうつらうつらする楽しさは分かる。

 でも今は全身をマシロパワーが漲っている。ぼくは恐らく猫界働き者ランキングの頂点に立っていることだろう。

 むおお~~、石積むぞ石積むぞ石積むぞ~~~~。


 建材に使っている主な切り石はだいぶ大きいものを使っていて、一つ一つがおおよそ人化したぼくの顔の三、四倍はあるかんじ。で、隙間を埋めるのに小さめの石ブロックを詰めている。

 窓は数か所開けてあるけど、ガラスや格子は嵌めず、自然の空気がダイレクトに吹き込むようにした。

 雨と強風? その時はその時考えるのだ。


 作業場兼玄関には、石を細い柱状に加工して、柵も付けてみたよ。あとは三角屋根に瓦を並べて、と。


 うむ。ある程度の規則正しさを残しつつも、武骨で存在感のある小屋が出来上がったぞ。

 けど、このままだとちょっと新築のぴかぴか感が周りの景色と剥離しているな~、と思うぼく。


 そんなときの万能素材がこちら。てってれ~、【ヤドリゴケ】~。

 この苔様、すっかりぼくのお気に入りになっちゃった。

 ぼくはバランスを見つつ、石垣や階段、小屋にぺたぺたと苔を茂らせていった。他にも、整地の際採取していた小さな草花やシダなどを周りに植えていく。


 上手く自然に溶け込んでくれて、とってもいいかんじ! 時間が経てばもっと森に馴染んだ、味のある建築になることだろう。


「できたよ」とぼくはマシロに胸を張る。マシロはぽふぽふと手を叩く。


「できたからには、分かっておるな?」

「はいはい」

「我はとっても疲れたぞ。美味しいご飯を所望する」

「それ、シジマの真似? 似てないなあ」


 作業場の空いたスペースに、マシロはテーブルセットや調理道具を設置していく。

 ぼくのお仕事は終わったので、あとはマシロにお任せだ。

 ぼくは椅子に座って足をぷらぷらしながら待っていればよい。その内食材の香りが次々変化していくのを楽しめる。


 ダイニングテーブルの上には、マシロが取り出したランタンが置いてある。日暮れ時の森の中、ちろちろと灯りが揺れていて雰囲気がある。

 ぼくもこういう灯り、屋内の据え置き用にいっぱい欲しいな。今度鉄を掘りに行こう。

 そんなことを考えながら炎の影や人化したマシロの背中を眺めていると、やがて今晩の料理が出来上がったようだ。


「パエリアだよ」


 そう言って、マシロは大きくて平たいお鍋を机の上に置いた。

 中を覗くと金色のお米が敷き詰められていて、その上に海老や貝、彩り鮮やかなパプリカなどが豪快に盛られている。海鮮に紛れて、ちょっとめかし込んだ異国の香り。

 これはきっと王様の食事に違いない。


「今回は資材集めから沢山頑張ったもんね。いっぱい栄養補給しなきゃね」


 にこにこなマシロが次に卓上に置いたのは、大きな鶏の塊肉――――多分半身かな?――――を丸ごと唐揚げにしたもの。

 半身にしても随分大きい。お醤油の焦げたぱりっぱりなきつね色が食欲をそそる。

 さっきじゃぼおーーんじゅわわわあーーーーってすっごい音が聞こえたのは、これを揚げてる音だったか。

 他に新鮮なサラダとハーブティーを並べて、今日の食卓は完成。


 ぼくとマシロは向かい合って座り、一心不乱にご飯を食べた。

 パエリアは米ひと粒ひと粒に弾力があって、口の中が楽しい。海鮮出汁と香辛料が風味豊かな味わいを引き出している。

 こんなに沢山あってもぺろりと食べれてしまう、飽きない味だ。


 唐揚げは若鶏なんだって。とっても柔らかくてジューシー。

 骨がそのまま付いてるからちょっと食べるのに時間がかかってしまったけれど、それでも綺麗に二人で平らげたよ。面倒臭さも何のその、夢中で食べてしまう美味しさだった。


 並んだお皿を空にしたぼく達は、ハーブティーを飲みながらしばしまったりする。

 陽は暮れて、静かな夜の森の中。ここ、作業場として作ったとはいえ、こうやってテーブルとランタンなんか置いておくと、お洒落なバルコニーみたいな雰囲気もある。


「なんだかロマンチックだねえ」


 思ったことを素直に呟くと、なぜかマシロは動揺した。「そ、そうだね」と頷く顔は赤く、もじもじしだす。

 普段なら「また変なこと考えてるんだろうな~」としか思わないんだけど、この時のマシロは人化した姿だった。で、ぼくも人化した姿だった。

 まるで人間のカップルが仲睦まじくデートしてるみたいだなあ。ふとそう思った瞬間、どういうわけかぼくもちょっと恥ずかしい気分になった。


 かああっ、と熱が顔に上ってくるのを感じた瞬間、視界が低くなる。

「ふふっ」とマシロが嬉しそうに笑ったのが聞こえた。


「お眠だね、ネムちゃん」


 一瞬でももじもじしてしまった自分を誤魔化すため、ぼくは「にゃー」と鳴いた。久しぶりにこてこてな猫声を使ったためか、大分ヘタクソな鳴き声だった。


 そうして今夜も、ぼくはマシロのお腹の上で眠る。ふかふかと、すやすやと。

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