10.猫、倉庫を整える

 本日、ぼくは倉庫を完成させるため、【夢現むげん収納ボックス】を大量生産していた。

 夢現収納とはぼくの言うところの宇宙収納のことである。マシロがこう呼んでいたので、ぼくもオリジナルを採用することにした。


 作り方は簡単で、まず木材と金具で普通の【収納ボックス】をつくる。で、ボックスの底にマシロから渡された【夢水ゆめみず】を浸せば出来上がり。


 余談だが、夢水って何だろー、と思ったぼくはDIYガイドブックを開いて調べてみた。すると何と、【ユメクイの涙】を水で薄めたものだというじゃないか。

 ぼくはマシロを心配した。


「ぼくのために、こんなにたくさん涙をだしたの? 大丈夫? 痛いことしてない? 悲しいこといっぱい思い出したりしてない?」


 しかしマシロは目を逸らしてなんだか微妙な反応。「うん、まあ、別に……」と言葉を濁している。

 気を遣っているとかどんよりしているふうでもなかったんだけど、そんな煮え切らない表情をされるとこっちとしてもいよいよ不安になってくる。ぼくは瞳を潤ませて謝った。


 マシロ、マシロ、ごめんね。

 辛かったね。苦しかったね。

 ぼくが我が侭言ったせいでごめんね。まさかそんなことまでして材料を用意しているとは知らなかったんだ。


 するとついにマシロは白状した。


「……涙って、唾液でも代用できるんだ」


 その顔には、ありありと“罪悪感”と書かれていた。

 一瞬で、すんとするぼく。自然、視線は、先ほど夢水を注いだ、出来立てほやほやの夢現ボックスに向かう。

 ………………つまりこれって、マシロの涎?


「う、薄まってるから! めちゃくちゃ水で薄まってるから、別に汚くないよ! 変なにおいもしないでしょ!? しないよね!? しないはず!」


 恐る恐るボックスの中をくんくんと嗅いでみると、確かに箱に使った木やニスのにおいしかしない。【夢水】は箱の底を覆った瞬間宇宙に変わったし、まあ、……許容範囲か。


 ほ、ほらあー! マシロは安堵した顔でそう言ってから、慌ててぼくを箱から引っぺがした。


「じろじろ見ちゃダメって、言ってるでしょ!」


 それから勝手にちょっと落ち込んでもいた。


「ネムちゃんに僕がユメクイだってこと、ばれちゃった……」


 マシロはどうやら隠していたつもりらしい。別にぼく、きみがユメクイだってこと、最初から知ってたけど。


「えっ、そうなの? 知っていながら、僕とケッコンしてくれたの?」

「うん、まあ……」


 どうせ死ぬと思ってたから、ノリと勢いでつい……。そんな言葉は飲み込んで頷くと、マシロはぱああっと顔を輝かせ、ぎゅ、とぼくを抱き締めた。


「大好きだよ、ネムちゃん」

「うん……ぼくも……」


 今のこの気持ちは本物だし、別にいいよね? ささやかな狡さを胸に秘め、ぼくはマシロのお腹に顔を埋めたのだった。


 とまあそんなこともありつつ、ぼくは原材料に対する複雑な思いには蓋をすることにして、黙々と夢現ボックスを作り続けた。


 因みに現在、マシロは出かけてここにいない。何でも人間域に食糧を調達しに行くんだそうだ。

 マシロはこのためにたびたび人間域を訪れることにしていて、ぼくと出会ったあの時も、仕入れ旅行の最中さなかだったらしい。うっかり人間に捕まっちゃって、しかもお腹が空いて弱ってたから、なかなか逃げられないでいたんだって。


 そんな話を聞かされると、今回も大丈夫かなあ、って心配になる。ぼくも付いてくって訴えたんだけど、マシロは許してくれなかった。

 だからぼくはお留守番だ。ちぇー。


「ネムちゃんのお陰で、最近のぼくはいつもお腹いっぱい元気いっぱいだから、捕まるなんてことは絶対ないよ。それに今日は他に旅のお伴がいるんだ。そうだ、ネムちゃんにもお留守番のお伴を頼んであるから、安心してね」


 そう残してマシロは出かけていった。

 お留守番のお伴とやらは、昼前にはこっちに来てくれるらしい。

 誰とは言ってなかったけど、多分シジマかな? マシロ、シジマ以外に友達いなさそうだもんね。


 などとあれこれ想像を巡らせている内に、倉庫整備の作業が完了した。

 棚を付けて、ボックスを運び入れて並べ、中の物がすぐ分かるよう、素材のマークを書き入れてっと。うむ、完璧。

 取り急ぎ物置として整えたためお洒落さは全くないけれど、機能性はバツグンだろう。何てったって、沢山モノが入るからね。


 するとぼくが室内の出来栄えを確認しているところで、ふいに鈴を転がしたような声が響いた。


「素敵なお家ですねえ。風が吹き込んで、適度に湿度があって、涼しくて薄暗い。とても居心地がよいのです」


 振り返ると、部屋の隅に小柄な女の人が佇んでいた。人化したぼくよりもさらに背が低いのだけれど、妙に大人びた雰囲気のある人だ。

 フード付きの着物のような赤い服を纏っていて、足元はなぜか素足。頭巾で目元は隠れているのだけれど、形のよい赤い唇といい、顎元で切り揃えた艶々の黒髪といい、すらりと伸びた白い脚といい、大層な美人さんに見える。


「初めまして、ネムさん。わたくしはハチノジと申します。ハチとでも、はっちゃんとでも、ご自由にお呼びください」

「きみが、お留守番のお伴に来てくれた人?」

「はい。ユメクイさん――――――じゃなくて、マシロさんなんでしたっけ。マシロさんに頼まれまして、参りました。マシロさんにはたびたび、主人共々お世話になっているのです」


 マシロにこんな美人さんな友達がいるとは思わなくて、ぼくはびっくりたまげた。しかも『主人共々』ということは、この人の旦那さん?も友達なのか。

 マシロ、『怖がられてる』とか同情誘っておいて、これじゃファッションぼっちじゃないか。見損なったぞぷんぷん。


「マシロさんは怠け者ですし人の話聞かないですし不真面目ですが、王獣にしては極めて温厚ですし平和主義ですので、評議会ではそこそこ好かれているのです。位階の低い獣にとっては、マシロさんは極めて近づき難い存在なのです。これは仕方のないことなのです」

「マシロは王様なの?」

「はい。とはいえ人間社会の王とは少し違うのです。権力のある存在というよりかは、力のある存在と言ったほうが正しいのです」

「尊敬されてはいないけど、とっても力持ち、みたいな?」

「大体そんなかんじなのです」


 へー。つまり、“マシロ”ということか。

 ぼくは納得した。

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