22.猫、エレベーターを作る

 ぼくの考えているエレベーターの構想は、まさに今やった上下運動実験の規模を大きくしたもの。

 でっかいマグネライトを作って、片方を塔の上に、片方を塔の下――――昇降台の下に付ける。さすれば幻磁力によって台は上昇し、ピヨコの運搬も可能になるわけだ。


 下に降ろすときは、別セットのマグネライトを使えばいい。

 上昇用のマグネライトからは動力を切って、下降用のマグネライトにエネルギーを流す。すると昇降台は、今度は床下に埋め込んだマグネライトを目指して下降していくといった次第。


 動力の切り替えには【幻子スイッチ】を使う。これは【プラライト】、【マイナライト】という二つの人工鉱物と、【アダプター】を合成した装置だ。

 プラライトはプラス幻波を発生させる石で、このプラス幻波は幻子エネルギーを活性化させ、流動を促す作用がある。つまり、スイッチオンの状態。

 逆にマイナライトから発されるマイナス幻波は幻子エネルギーを沈静化させ、停止を促す。スイッチオフだ。


 ぼくはこうした装置を組み合わせ、繋ぎ、エレベーターを作ることにした。

 エントランスの円形の床の中にもう一個円形があって、そこが台座となり動く仕様だ。そしてその円形の中にさらに二つ、丸印がある。


 一方の丸はピンク色に塗って、上向きの矢印を描く。もう一方の丸は水色に塗って、下向きの矢印。

 上向きの矢印に乗ると屋上に取り付けたマグネライトが作動して、台が上昇する。逆に下向きの矢印に乗ると、塔の下層に埋めたマグネライトが作動して、台が下降する。

 矢印スイッチから降りると幻磁力は発生しなくなるので、降りたい階層まで来たらそこを離れればよい。そんな仕組みだ。


 これなら腕を持たないピヨコでも、簡単に使えるだろう。


 安全性を考慮して昇降台の周囲には鉄製の柵も取り付けたよ。

 この柵は普段は収納されているけど、矢印スイッチに乗るとしゅこんっと飛び出す。スイッチから降りれば、また引っ込む。

 なので、居住用のスペースを圧迫することもない快適仕様だ。普段は床と同化してるわけだからね。


 よーしこれで万事オッケー。あとは二階に干し草ベッドを運び入れれば、ピヨコを迎える準備も万端。

 ピヨコタワーの出来上がりである。


 ぼくは早速マシロとピヨコを呼んで、お披露目することにした。ピヨコはまあ、ここのところずっと塔の周りをうろうろと監視していたから呼び出すまでもないのだけれど、マシロは母屋でぐーすか寝てるからね。


 ふたりは塔の完成を褒め称えてくれた。

 もっとも、特びっくりしたりはしない。ぼくがこの塔を造っていたことは当然知っているし、こんな目立つ建築物、どっからでも作業の進捗が見られるからね。

 けど、ぼくが塔の内部で何を準備していたのかは、ふたりとも知らないはず。


 さあ見よ! ぼくの努力となけなしの頭脳の結晶、“マグネライトエレベーター”を!


「え!?」

「ぴよ~~~~」


 ひときわ露骨に驚きを表現したのは、マシロのほうだった。ピヨコはただただ喜んで塔の内部を駆け回っている。

 多分マシロのほうが、この大変さを分かってるんだと思う。

 だってエレベーターの仕組みとか、作り方とか、レシピにもDIYガイドブックにもどこにも書いてないのだから。ぼくが頭をうんうん悩ませてこの装置を作ったことを、マシロは理解しているのだ。


「これはもしかして、エレベーター……?」

「そうだよ、そうだよ。偉いでしょ。頑張ったでしょ」

「もしかしてこの前マグネライトを大量に集めていたのはこのため……? 雷幻石を欲しがってたのも、幻波による回路を組もうと……?」

「すごい、マシロ。ちょっと見ただけで仕組みまで分かっちゃうんだ」

「大体ね。……けど、凄いのはネムちゃんのほうだよ。いつの間に、ひとりでこんなことを考えつくまでに大人になっちゃって……」


 ぼくの成長に感動してか、マシロは目をうるうるさせている。

 ふふふ、褒めよ、称えよ。ぼくは仕事のできる一流のきゃりあうーにゃんなのだ。


「ぴよ! ぴよ!」


 そんなことより早く上に行こうよ~~、とばかりに、ピヨコがそばでぴょんぴょん跳ねる。まったく、せっかちさんなんだから。

 でも、ピヨコがひとりでエレベーターを使えるよう、ちゃんと教えなきゃね。


「ピヨコ、入口側に線が引いてあるでしょ。こっちから見て上向きの矢印、ピンクのボタンが上行き。下向きの矢印の描かれた水色のボタンが下行きだよ。試しにピンクの丸に乗ってみて」

「ぴよ……」


 ピヨコは恐る恐るといったかんじで、上昇スイッチに体重を預ける。するとしゅこんっと安全柵が周りを囲い、昇降台はぼく達三人を乗せてゆっくりと浮遊しだした。


「動きが安定してるし、スピードも丁度いいねえ。ピヨコが使いやすいように作ってあって、とってもユーザーフレンドリーだ」

「えへへ」

「ぴよぉ~……」


 マシロは感心しきりながら落ち着いていたけれど、ピヨコはちょっと怖がっている。エレベーターの操作も覚束ないところがあって、はじめは上手く二階で止まれないようだった。

 けど何度か繰り返している内に慣れてきて、二階で止まるときも綺麗に周囲の床に合わせられるようになった。


 それじゃあいよいよお楽しみ、最上階の鳥籠バルコニーへ出発だ。


「ぴよお~……!」


 今日はすっきり晴れていて、景色も抜群だった。鉄の柱をすり抜けて、涼しい風がぼく等を包む。

 時刻は日暮れ前。眩い光を放つお日様が、【侍山】の向こうへ沈もうとしていた。

 北の【丹頂岳たんちょうだけ】も、東の【沙氾湖しゃぼんこ】も、遠くにちまっとだけど南の【静寂の森】まで、見渡すことができた。


「ぴよ……」


 ピヨコはじっくり空と風を味わっているのか、柱のそばに佇んで目を閉じている。けどぼくの気配に気がつくと、その大きな体を寄せ、顔をもたげてきた。

 えへへ、くすぐったい。


「あっ、よくない。ぼくのネムちゃんにそれはよくないぞ」


 マシロがなんか言ってるけど、今は気にしない。やっとピヨコと、仲良くなれたからね。

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