23.猫、異変に驚く

 完成記念ということで、夕餉は鳥籠バルコニーでパーティーを開くことになった。パーティーもパーティー、ぱーちー中のぱーちー、本日は餃子ぱーちーである。


 フライパンの丸型に敷き詰められたこんがりジューシーな餃子を、マシロがどんどんお皿に盛ってくれる。

 焦げ目はかりっ、皮はもちっ、肉汁じゅわっ、なアツアツ餃子だ。ラー油を垂らした酢醤油に浸せば、餃子のみならずご飯も止まらない。


 ちょっと口をさっぱりさせたいときには、合間合間に三つ葉のお浸しを食べる。加えてイモリ酒を配合して作られた、マシロ特製レモンとライムの爽やかカクテル。

 これで無限食欲機構の完成である。


 締めはピヨコの卵で作った、おだしの効いた茶碗蒸し。贅沢にもエビが入ってるよ。

 餃子でぽんぽこりんに膨れたお腹にも、つるつると入ってしまう。


 なんか素敵なロケーションに合っているとは言い難い食事ラインナップだったけれど、まあお腹に収めてしまえば一緒なので。餃子とお酒で火照った体を夜風が冷ましてくれて、丁度いいと言えば丁度いい。


 ピヨコは熱いものは食べられないようだけど、冷めていれば何でもイケる雑食らしい。自分用のボウルに入れられた餃子やら野菜やらを、ぱくぱく食べていた。

 もっとも、ぼくやマシロほど食に対する執着はないもよう。特に好きも嫌いもない様子で、自分の分をさっさと食べ終わると、バルコニーの端で夜空を眺めてうっとりしていた。


 けれどその眼差しが、ふいに鋭くなる瞬間があった。暗闇に煌々と浮かび上がる満月の前を、一匹の鳥の影がすいっと横切ったときだ。

 マシロもそれに気付いたらしく、ピヨコの隣に立って空を睨む。食事のときは大抵そうなのだが今宵の彼も人化した姿だったので、いつもより若干きりりとした雰囲気があった。


「あいつ、最近よくいるんだよ」

「ぴよ」

「おまえもあいつが嫌いかい?」

「ぴよ」

「……何か手を打たないとね」


 マシロとピヨコが、深刻な空気を装って何か語り合っている。仲良しってかんじではないけれど、まあ最初の関係を考えれば、ふたりの間に何かしらの絆が生まれたらしいのは悪くないことだ。

 ぼくはカクテルで頭をぽわぽわさせながら、そんなふたりの背中を眺めていた。




 その三日後、ぼくがご飯を持ってピヨコタワーを訪ねると――――――。


「ぴよ」


 ――――――……なんか、知らない女の子がそこにいた。


 ぼくはパンや野菜を入れたボウルをぎゅっと抱えたまま立ち竦み、女の子を凝視する。


 彼女は西洋風の、おとぎ話にでも出てきそうな可愛らしい子で、優しい色合いの豊かな金髪を持っている。歳は7、8才だろうか、ふりふりのブラウスと、ふわふわの黄色いスカートを身に纏っていた。

 けど何というか、こちらをじっと見つめる眼差しには妙な圧がこもっている。大きくて丸い茶色の瞳なんだけど、じろ、というオノマトペがぴったりな鋭さを感じた。


 ぼくはその目力にたじろぎつつも、とりあえず尋ねる。


「……えと、ピヨコは?」

「ぴよ」

「ピヨコっていうのは、でっかい黄色いヒヨコでね? ここに住んでるんだけど」

「ぴよ」

「きみはピヨコと喋り方が似てるね。ピヨコのお友達かな」

「ぴす」


 ダメだ、埒が明かない。マシロなら、この突然の来訪者について何か知ってるかもしれない。

 そう思って踵を返すと、「ぴよ!」と一際甲高い鳴き声が聞こえたもので、ぼくは足を止めた。振り返ると、塔の入り口の前に黄色いデカヒヨコ――――ピヨコがいた。

 ぼくはほっと胸を撫で下ろす。


「よかった、いたんだね。ねえ、あの子何者? きみの友達?」


 ……って、あれ? ピヨコの巨体を避けて塔の中を覗いたぼくは、目を瞬かせる。

 そこにいたはずの女の子の姿が、忽然と消えていた。


 おかしいな、確かにいたはずなんだけど、とぼくが目を擦っている間に、ピヨコが大きな水かき足で一歩下がった。ピヨコは消えた。代わりに女の子が出現した。

 今度は女の子が小さな足で一歩踏み出す。塔の入り口の、いわゆる敷居に当たる部分――――境界線を跨ぐ。

 女の子は消える。代わりにピヨコが現れる。


 え? え?

 どういうこと? ピヨコは女の子で、女の子がピヨコだった?


「マシロおおおお~~~~!」


 混乱したぼくはボウルをピヨコに押し付け、助けを呼びに行った。




「わあ。なるほどね。賢獣化したか」


 ぼくと違ってマシロは冷静だった。

 けど、驚いてはいるようだ。それもピヨコが女の子になったこと自体にではなく、ピヨコが塔にいるときだけ・・・・・・・・女の子になることに。


「賢獣化すると、人化するの?」

「人化できるようになる。塔の中なら戻ることもできるでしょ? ピヨコ」

「ぴよ」


 マシロが言った通り、女の子になったピヨコは塔の中でデカヒヨコの体に戻った。ぼくやマシロがするように、自力で変えられようになったんだ。


「言っても賢獣やら王獣やらって言葉は後付けで、ぼく等が指標として使ってるだけだけど。とりあえず人化できるくらいの力を持つようになった幻獣を、ぼく等は『賢獣』と呼んでる。……なんだけど、ピヨコの場合はまたちょっと話がややこしいみたいだ。君は塔の外に出ると力を失うようだね?」

「ぴよ」

「つまり、力が成長したのは……」


 言ってマシロはピヨコタワーと、ぼくとを見比べる。


 彼はおもむろに脇腹ポケットから大きなテーブルを取り出した。あ、これぼくがいつも使ってる作業台とおんなじやつだ。

 何をするのかと思いきや、マシロはひょいとぼくの体を持ち上げた。そして作業台の上に載せる。

 その状態のまま、マシロは作業台のパネルを操作する。一瞬、ぼくの爪先から頭にかけての全身を、光の輪がすり抜けていった。

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