24.猫、成長する
「うん。見てごらん」
マシロに促され作業台の操作パネルを覗くと、こんな文字が並んでいた。
名前:ネム
種族:ネムリネコ
性別:♀
主属性:心/闇
クラス:賢獣/マシロの眷属
【パッシブ】
・夢喰の宿り木
【スキル】
・縄張り
・お裾分け
これは……――――――!
いわゆる“ステータス”? ゲームとかでよく見るやつ。
けど、大分簡略なタイプだなあ。これだけ見てもよく分からない。
「えへ。僕、幻素鑑定はあんまり得意じゃなくって。でも、これで分かったことがいくつかあるよ。君の種族が『ネムリネコ』になってるでしょ? あと、属性に『心』と『闇』、クラスに『賢獣』、そしてスキル。この表記は、この世界に来たばかりの君だったらば有り得ないものだよ。はっきり言えば、君は僕から力を借りているだけのただの猫ちゃんだったわけだから」
「今は違うの?」
「そう。ネムちゃんは成長したんだ。エネルギー源の大半は僕だろうけれど、それだけじゃない。きっと色々工夫して一生懸命クラフトしてる内に、僕から取り込んだ幻素が君自身のものとして独自の働きを始めて、活性化したんだろうね。僕の性質を引き継いでいるところも多分にあるようだけれど、スキル【縄張り】に【お裾分け】――――これは僕から継承されたんじゃない、ネムちゃんだからこその能力に違いないよ」
よく分からないけれど……つまり、ぼくが凄いってこと? そう尋ねると、マシロはしっかりと頷いた。
「その通り。ネムちゃんは凄い」
それなら納得だ。
えへへ、ぼくはすごい。ぼくはすごいのだ。
「そしてその力が発揮された結果、彼女――――ピヨコに変化が生じたんだよ。スキルの項目をタップしてみるといい」
言われた通りにすると、こんな文章が表示された。
【縄張り】
クラフトしたものに自分の幻素を宿らせる。
【お裾分け】
クラフトしたものを媒介として、自分の幻素を他の存在に分け与える。
「『クラフトしたもの』――――――ってことは、もしかして……」
ぼくの視線は自然、ピヨコタワーに向かう。
「そう。ピヨコは、ピヨコタワーから力を得て賢獣化してるんだ。だから塔にいるときのみ、変化できる。ネムちゃんの力を、塔を介して受け取ってるんだ」
「ぴよ」
「お~」
正直ピヨコが人化できるようになったからといって、だからどうしたってかんじではある。けどピヨコ自身が満足気なので、とりあえずぼくは彼女に向けて祝福の拍手を送っておいた。
ところでこの作業台の鑑定機能、面白いね。ぼく以外の、他のひとにも使えるのかな。
「使えるけど、僕は測定不能だよ。体重計が自分の体重を量れないのと同じだね」
「ピヨコは?」
「ピヨコはできるよ。ああでもそれなら、折角だし塔の中で量ってみようか」
そっか。外にいるピヨコと塔の中にいるピヨコとでは、ステータスもまた変わってくるのか。
それで作業台を塔に運び入れた上で人型ピヨコを計測してみると――――――。
名前:ピヨコ
種族:アピル
性別:♀
主属性:風/水
クラス:賢獣
【スキル】
・核融合:特定の属性幻素を一か所に集約し、エネルギーを生みだす。
・バードウォッチング:上空の幻獣をいち早く察知する。
――――――ほんとだ! ピヨコも賢獣になってる。
スキルは【核融合】と【バードウォッチング】? 核融合なんて一見物騒なイメージあるけど、使いどころあるのかな。
バードウォッチングはピヨコの性質的にも、まあ納得。よくお空の鳥、睨んでるもんね。
「ゲームみたいで面白いね~」
「ぴよ~」
鑑定結果を見てきゃっきゃとはしゃぐぼくとピヨコ。一方マシロは神妙ぶった顔つきで、独り言を呟いていた。
「なるほど。これは使えるかもしれない」
******
俺の名はハヤブサ。
最近俺には気になっている存在がある。
『ハヤブサさん、すごいにゃ。強いにゃ。かっこいいにゃ』
そう言って、真っ白でふわっふわなお腹をさらけ出してきた、あのサバトラ猫。
潤んだ丸い目と、小さな三角の耳。短い四つ足と、ぽてっとした赤子のような体型。
――――――ああ、こいつが巣にいて好きなだけナデナデできたなら、どれだけ日々の疲れが癒されることだろう……。
あの日から、あいつの姿が脳裏にこびりついて消えない。気付けばあいつのことばかり考えている。
『ハヤブサさま、お帰りなさいませにゃ。ご飯にするにゃ? それともナデナデするにゃ?』
『肉球マッサージしてあげるにゃ。ハヤブサさま、毎日お疲れ様にゃ』
『寝付けないにゃ? じゃあぼくが一緒に眠ってあげるにゃ。あったかくして寝るにゃ』
陰湿ヤモリに滅ぼされた巣の復興に、フクロウどもへの牽制、嫌味な鶴との外交、コウモリとの縄張り争い。俺の仕事は膨大で多岐に渡り、ストレスも多い。
ユメクイが何だ。王獣なんぞ糞食らえ。
我はハヤブサ、空を統べる猛禽なり。欲しいものはこの鉤爪で掻っ攫うまでだ。
とはいえ俺とて慎重さを失ってはいけないことは分かっている。一旦まずは敵地視察と洒落込もう。
それで最近ユメクイが根城としている山まで行くと、なんといつの間にか石積みの立派な“城”ができていた。しかも、それを造っているのはあの猫であるようだ。
奴め、俺のペットを扱き使いやがって。あのぷにぷにな肉球が、荒れてがさがさになってしまったらどうしてくれるというのだ。
しかしそう憤慨するも、なかなか猫誘か……ではなく、救出のチャンスは訪れなかった。
ユメクイはいつもべったり猫のそばにいるというわけではなかったが、俺には分かる。
猫にはユメクイの息――――即ち幻素が宿っている。たとえ離れていたとしても、猫に何らかの異変があれば、ユメクイは即気付くだろう。
仕方なくどこかに隙が生まれないかとじっくりストーカ……ではなく、様子を窺っていると、あいつめ、今度は根城に新たに“警備兵”を配置しやがった。
警備兵はでっかいヒヨコ――――【アピル】である。
はっきり言って雑魚、【コメットファルコン】にして賢獣の俺様にとっては取るに足りない存在であるが、あいつ、目と勘だけはいいようだ。遠くから猫を眺めていると即座に気付き、ガンを飛ばしてきやがる。
しかも次に偵察に赴くと、何とアピルごときのための城が一つ、また増えていた。他の二つの城よりもでっかい、立派なやつである。
ユメクイめ、あんな雑魚のためにこんなものを拵えて、一体どういう魂胆なんだ。
おまけにあの生意気なアピル、最近猫と仲がいいようで、よくいちゃついていやがる。
この間なんて人化した猫にブラッシングをさせていた。本来ならばその位置に収まるのはこの俺様なはずである。
けしからん実にけしからん。
そんな恨みも胸に、俺は今朝もユメクイの根城の上空を巡回する。この時間帯ユメクイはまだ眠っているが、よく猫がひとりで起きてきて、日光浴などしていることが多いのだ。
今はまだ奪還のチャンスを掴むことができないが、せめて目の保養だけでも得ようと城を遠巻きに旋回していたその時。
「――――――っ!?」
殺気を感じ、間一髪。素早く高度を落とした俺の背中の上を、鋭い風の塊が掠めていった。
明らかに今のは、ただの自然発生した突風などではなかった。意図的に生み出された、幻素エネルギーの弾丸。
俺にはそれが分かった。
そして数キロ先の獲物も逃さぬ俺の双眸は、殺気の主をすぐに捉える。
「……ぴす」
鳥籠の形をした洒落た塔の屋上で、ひとりの幼女が睨みを利かせていた。
奴が手を添えているのは、大きな穴の開いた変な装置。その空洞から、硝煙が立ち上っている。
あれはまさか、人間の使う武器、“大砲”というやつでは……?
しかし、観察を続けている余裕はなかった。
「ぴよ……」
幼女が変な声でメンチを切ると共に、砲身の先に緑色の光が収束していく。ばちばちと火花を飛ばす光は大きさを増していく。
――――――あれはヤバい。
身を翻して戦略的撤退を選んだ俺の翼の切っ先を、風の砲丸が刈り取っていった。
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