25.猫、沼へ行く
ある日の朝、お日様の光を浴びようと庭に出て行くと、母屋の前に変なものが落ちていた。
茶色っぽくて細長くて、縦の大きさは人化したぼくの背丈くらいある。
板か何かかな? お家、どっか壊れちゃったかな。
しかし近付いてよく見てみると、なんとそれは巨大な鳥の“羽”だった。こんな立派な風切り羽、初めて目にするものだ。
羽一本でこんなに大きいのだから、本体の鳥さんはもっと大きいってことだよね。侍山さんちのハヤブサ君とか、このくらいかも。
ぼくがしげしげと落ちている羽を観察していると、そこにふと影が差した。
「ぴよ」
「ピヨコ。おはよー」
「ぴよ」
なぜかピヨコはえっへんと胸を張る。その視線は、ぼくが手に取った羽とピヨコタワーの屋上を、行ったり来たり。
そういえば鳥籠バルコニーには今、四方向にむけて、当初はなかった突起が存在している。マシロが勝手に変な装置取り付けたんだよね。
美しい外観が若干損なわれるからぼくは嫌がったんだけど、「ストーカー対策だよ」ってよく分かんない理由で押し切られちゃった。
ピヨコは気にしていないようだし、寧ろ熱心に謎の装置のレクチャーを受けていたので、まあいいかってなったんだけど。
で、この羽とピヨコタワーが何か関係あるのかな?
「ぴよ」
そっかそっか偉いね~。
ぼくはピヨコの首元のほわほわを、雑に撫でておいた。後でブラッシングもしてあげよう。
それはさておき、今日はマシロと【
今回の目的は素材集めだけじゃなくて、何と“勧誘”もあるのだ。即ち、密林に棲む【シルビアモス】さんに声をかけて、「うちの近くに住みませんか~」ってお誘いするの。
なんでそんなことを思い立ったのかって話なんだけど、まずお家を建てたはいいけど内装が侘しいなって感じてまして。
で、今のインテリアに足りない主要且つ必要なものって何だろ~って考えた末、やっぱ“布物”だよなって結論に至ったのだ。
カーテンとかクッションとかもそうだし、前から欲しいなって思ってたベッド。これも布や糸がなければ始まらない。
レシピを調べると、動物性素材から植物性素材まで幾つか候補がでてきた。その中で一番手っ取り早そうだったのが、【シルビアモスの繭】から採れる繊維だったわけ。
シルビアモスっていうのは蚕の幻獣で、自分の寝床として定期的に繭を作る習性があるんだって。それでその繭を分けてほしいなーって思ったんだけど、多分そういう繊維素材ってこれからもいっぱい、継続的に必要になるでしょ?
【
となると、必要になったその都度いちいち採りに行くのもめんどくさくって。
だったらぼく等が頻繁にそっちに行くんでなく、あちらさんにこっちに住んでもらったらいいのでは? と、ぼくは思いついたのだった。
因みに案の定というか何というか、マシロはぼくの提案に消極的だった。
「今の棲み処を離れて、わざわざ嫌われ者の僕のそばに住みたいって言うような変人がいるとは思えないけどなあ」
だって。
まあぼく自身も、そうそうすんなり上手くいくと考えてるわけではない。実際マシロとどこかへ出かけても、生き物は一匹たりとも寄ってこないのが現状なわけだし。
けど、ピヨコみたいなパターンもあったわけでしょ? 最初は警戒心ばりばりだったけれど、今じゃ一緒になって何か悪巧みするくらいの仲にはなれてる、みたいな。
きっとそういうふうに分かり合える
そう演説すると、マシロは「まあネムちゃんの好きにするといいよ」と言ってくれた。興味はなさそうだけど、元より反対する気もなかったみたい。
えへへ。マシロのそういう尊重してくれるところ、大好きなんだ。
というわけで、ぼく等はピヨコにお留守番を頼み、まずは拠点の北西にある【
天鵞絨密林までの最短ルートは丹頂岳を突っ切ることなんだけど、あそこを縄張りとする鶴の一族が面倒臭そうなんだよね。
侍山さんちのハヤブサ君なんかはぼく単体だとあれこれケチ付けてくるものの、マシロがいればさっと気配を消す。だからゴリ押しで行っちゃえ~ってなるんだけど、アワユキ達はそうもいかなそうで。
だってまだ何も接点なかった状態にも拘わらず、この間ピヨコを携えて向こうからアクション取ってきたわけでしょ。ぼく等があいつらのテリトリーまでやって来たことが知れれば、絶対何か言ってくるだろうなって。
それがいちゃもんだろうと媚びへつらいだろうと、どっちにしろめんどくさい。
風来沼には丁度【粘土】を採りに行きたいと思っていたところもあり、ぼく等はこちらの迂回ルートを選んだのだった。
で、一頻り欲しい素材の採取も終わり、さてそろそろ密林のほうへ向かうか~って、思ったはいいんだけど……――――――。
「ねえマシロ」
「うん」
「あの、ちっちゃい沼のほとりの、削れてる部分さ。さっきぼくが粘土を掘った場所だよね」
「うん。そのようだね」
「ぼく等、同じところをぐるぐる回ってない?」
「そのようだ」
「つまり、道に迷ってる……?」
「うーん……」
そうなのだ。
この湿地帯は一つの大きな沼がでーんと存在しているわけではなく、大小様々な水場が無数に散らばる、山あり谷あり森ありな変化に富んだ広い地域となっている。
だからこの辺りの地理に明るくないぼくとしては、目標地点に続く目印を見いだすことも難しい。ゆえに特に何の疑問も抱かずマシロの後を追っていた。
けれど先ほどぼくがぼく自身の手で作った目印を見つけてしまったからには、黙ってもいられない。
「道に迷っているというよりかは、道に迷わされているようだなあ……」
マシロは腕を組んで立ち止まる。そして東にそびえる丹頂岳を見つめて呟いた。
「【ヌラリボッチ】が、僕等の行く手を阻んでいるようだ」
「ぬらりぼっち?」
「風来沼の主だよ。この辺りじゃなかなか力のあるタフガイだ。僕には及ばないけども」
「そいつが邪魔してるから、ぼく等は道に迷ってるんだ?」
「『邪魔』……うーん……」
「やっつけないと!」
ぼくはファイティングポーズを取って、マシロを焚きつけようとした。でも、彼には何か思うところがあるようだ。
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