5.猫、家造りを始める
「君の願いの一つは、人間のような器用さで街を作ることだったね。さあ、その鞄を開けてごらん」
マシロはふんすと鼻息を荒くして、ドヤ顔である。
ぼくは自身の肩に提がったレザーバッグの蓋を開けた。
すると鞄の口から、色んな道具の取っ手と思しきもの達が、にゅっと飛び出してきた。まるでそれぞれが「さあ僕を使え!」と主張しているかのようである。
スコップにツルハシにノコギリと、種類は多岐に及ぶ。
「どれでも好きなものを取り出して、使ってみるといいよ」
試しにぼくは斧を手に持つ。
全然重くは感じなかった。この細い手からは想像できないくらいに、ぼくは力持ちみたいだ。
手近な木の幹に打ち付けてみる。木は一打目で四分の一くらい切れ目が入って、三打目のあとにちょいと幹を押すと、簡単に倒すことができた。
「資材は鞄の口を開けておくと簡単に回収できるよ」
言われた通り鞄の口を開けて倒木を持ち上げると、木はにゅるにゅると鞄に吸い込まれていった。鞄の中にはマシロの脇腹と同じように、宇宙が広がっているようだ。
どういう仕組みなんだろうと見つめていたら、「こら」と叱られた。やっぱり女の子がじろじろ見てはいけないものらしい。
残った切り株はスコップでほじくり返した。「根を残しておけばまたすぐ生えてくるよ」とのことだったが、この辺りは一旦更地にしたいところ。
切り株はまた他のところに植えるのもありかもしれないと思い、それも鞄に入れておくことにした。
同じ要領で、ぼくはごりごり木を切っていく。根っこもさくさくほじくり返していく。
単純だけれど楽しい作業だった。
やがて、庭付きの小さな家屋が一軒建つくらいには余裕な空間が出来上がった。スコップで地面をならしていく内に、土や石、植物なども鞄に収まっていった。
木材も沢山手に入ったことだし、さあここから家を建てるぞ。と、思ったところで、途方に暮れる。
ぼく、家の建て方とか知らないんだけど。
マシロ~。
「まずは作業台や窯をだして、資材を加工するといいよ。何をすればいいか分からなくなったら、鞄に入ってるDIYガイドブックを読むといい」
マシロは休日にテレビを見るぐうたら親父スタイルで答えてくれた。
こんなに楽しい作業だというのに、彼には興味がないようだ。草の上に寝転んで、のんびりとぼくの仕事を見守っている。
まあぼく、こういうの一人で黙々とやるほうが好きみたいだから、別にいいけど。
えーとそれじゃ、作業台。
鞄の口からぴょこぴょこ主張している足を引っ張って、地面の上に設置する。それから先ほど切り倒した木の内の一本を、上に置いてみる。
すると台の表面の綺麗な木目が波紋のように揺らいで、次の瞬間には機械の液晶画面みたく文字やパネルを映しだしていた。
パネルには完成品サンプルと思しき図柄と共に【板材】だとか【丸太材】だとか【薪】だとか書かれている。わあい、親切設計だね。
ぼくは【板材】のところをぺしっと叩く。すると木の皮がしゅるしゅる剥がれていって、すぱぱぱっと野菜のようにカットされ、数枚の長方形が出来上がった。
よしよし、これで家が造れる。
他の資材は、えっと、ガラス、煉瓦、ペンキ、釘、こんなところかな。
煉瓦は整地する際に集まった石を、作業台で【石煉瓦】にすることができた。
ガラスはまず砂を作業台に置いて、【ガラスの素】を作る。DIYガイドブックによると、これを鍋に入れて窯にぶち込んでおけばよいらしい。
燃料には【薪】をセット。少し待ったら、【液体ガラス】が出来上がったよ。
これは作業台を使って窓にしたり容器にしたりと、好きな形にできるもよう。とっても簡単だね!
あとは釘とペンキ。釘には【鉄鉱石】が、ペンキには【白鉱石】と【ねばねば樹液】が要るそうだけど、ぼくは持ってない。
マシロ~。
「んー、鉱石は鉱山地帯、ねばねば樹液は湿地帯にあるんだけど、ちょっと遠いね。あとはまあひたすら地下を掘り進めれば石系は見つかることもあるけれど……少しだけなら僕の手持ちにあるし、今はこれをあげよう」
言ってマシロは脇腹ポケットからぽいぽいぽいっと素材を取り出してくれた。わーい。
ぼくはそれらを窯で加熱していく。鉄鉱石は単独で、白鉱石はハンマーで砕いて【白顔料】にしたのち、ねばねば樹液と一緒に。
ガイドブックを眺めながら数分待つことしばし。
【鉄インゴッド】と、【白ペンキ】が出来上がった。インゴッドは作業台で【釘】にする。
“作業台”と“窯”って、とっても万能なんだね。
それじゃいよいよ組み立てだ。ガイドブックにはまず、作業台で設計図を作りましょうって書いてある。
「はい。それじゃあ君に紙をあげる。最初の内は作業台のアシスト機能からレシピを選んで、設計図を作るといいよ」
マシロに貰った大きな紙を作業台の上に置くと、建造物のサンプル画像が色々現れた。なるほど、ここから好きな形を選べるのか。
一番最初だし、シンプルな家屋でいいかな。それにぼく、トーフハウスも嫌いじゃないし。
ってなわけで、一階建て、三角屋根の四角いお家を選んだ。
間取りは二部屋みたい? まあ中身は何だっていいや。
目当ての画像パネルをぺしっと叩くと、紙に図案が浮かび上がる。ガイドブックによると、この設計図を建てたい場所の地面に植えると、そこを中心としてお家の土台が出来上がるんだって。
ぼくは「大きくなーれ」と願いを込めて、設計図を埋める。そして少し離れた場所から、体育座りをして、お家が芽をだすのを見守った。
やがてにゅる、と、白い針金のような棒状のものが、地面を突き破って育ち始めた。
針金は幾つもあって、上にもどんどん伸びていくし、枝葉を付けるようにして横にもどんどん伸びていく。隣の針金と手を繋いだりもして、最終的にお家の形をした“網”が出来上がった。
ぼくはマシロのほうを振り返って尋ねる。
「これがお家の土台?」
「そだよー。あとは型に沿って資材を
「建物って基礎とか柱とか組んで造るんじゃなかったっけ」
「だって簡単なほうがいいじゃない」
なるほど。確かに簡単なほうが一億倍よい。
ぼくは光の速さで納得した。
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