6.猫、素敵な家を建てる
さて、マシロは資材を『貼り付け』ると言っていたか。
どんなものかと、ぼくは網状の“型”をちょい、と触ってみた。すると、ちょっとぺたぺたしていた。
型には接着能力があるようだ。これはありがたい。
あとはこの型の外側から、資材を並べていけばいいというわけか。
ぼくは先程加工しておいた板材を取り出して、型に沿うように縦に並べていった。窓に当たるところや型からはみ出した箇所はノコギリでカットしていく。
あれ、これじゃあ釘なんて基本使わないな。
ま、いっか。だって簡単なほうが一億倍よいからね。
そんな作業をしている折に、ぼくはふと思い出した。
似たような作業風景を、そういえばぼくは目にしたことがある。お爺さんがジオラマ用のドールハウスを作っていたとき、確かこんなかんじだった。
お爺さんは薄い板材をぱきぱきと小さな長方形にカットして、そこに接着剤を付け、土台用の厚紙にぺたぺたと規則正しく貼り付けていたんだ。そんなふうにして、壁や床を表現していた。
そう思うと、マシロが用意してくれたこの作業システムにも納得がいった。
これはドールハウス作りなんだ。ぼくがあの日やりたかったことを、マシロは確かに実現してくれたんだ。
嬉しさも増して、ぼくは夢中で“工作”に励んだ。
壁の次は屋根を張って、木枠と窓を嵌め込んで、扉を取り付ける。
石煉瓦を積んで、竈と大きな煙突も作ったよ。煙突って、お家のとっても可愛いアクセサリーだよね。
高所の作業には足場を使った。
これも家の設計図と同じシステムで、セットになってる【足場の種】を設計図と同じ場所に植えると、お家の周りににゅっと足場が生えてくるんだ。
外観を確認したいときは、種を掘り起こせば足場も消える。実に便利である。
壁を白く塗り終わり、少し離れた丘から眺めてみる。屋根は何色にしようか。
暗い色のモミの木と霧に覆われたシジマの森に、ぽつねんと存在している白い家。周囲の景色から浮かないように、やっぱり緑色の屋根がいいかな?
いや、あるいは――――――。
ぼくはあることを思いつき、作業場に舞い戻った。
鞄から取り出したのは、整地の際の副産物、【ヤドリゴケ】。素材図鑑の役目も果たしているガイドブックに、この苔は『生命力がとても強く、湿気のある場所では木でも金属でも繁茂する』って書いてあった。
この苔を屋根に敷いて、ネイチャーライクなお家にしよう。
「傷みやすくなるかな」
「傷んだらまた造ればいいんでない?」
それもそうだ。造るのがこんなに簡単なのだから、屋根を張り直すくらいならもっと簡単だろう。
「それにサポートワイヤーに強度があるからね。仮に腐ったとしても、崩れ落ちる心配はないよ」
「あの針金のことかな。窓のところのは切っちゃっても平気? 見栄えが悪くなるから」
マシロは手で丸を作った。腕が短いから全然丸には見えないんだけど、多分あれは丸のつもりなんだろう。
じゃあ窓や扉に当たる部分のワイヤーはちょきちょきして、後で内側からも壁を張っていかないとね。
とりあえず土が付いたままのヤドリゴケを、屋根板の上に敷き詰めていく。するとヤドリゴケはすぐに付着して、ちょっと指でつついたくらいじゃ取れないほどになった。
緑のふかふかの屋根。いいかんじ。
そうだ。より森の家らしさをだすために、屋根の上に木を植えよう。
ぼくは煙突付近の屋根板を一部四角く切り取って、そこに板材でプランターを作ることに。土を入れ、その辺に生えていた【クロモミ】の若木を二本、植えてみた。
「どうかな」
「グッドだよ。根が張らないからこれ以上成長することはないだろうけど、寧ろこのくらいのバランスで丁度いいんじゃない」
マシロのお墨付きも貰えた。
あとはねばねば樹液と水を煮て作った【ニス】で、外壁をコーティングする。ワイヤーなどが見えないよう内装も床と壁を整えて――――――。
「できたーーーー!」
マシロに向けて胸を張ると、彼はぱちぱちと拍手してくれた。まあ彼の手の平は毛に包まれているので、ぽふぽふというかんじだけれど。
時刻は日暮れ時。っていうか何気に多分、ぼくが仕事を開始してから既に二回ほど日は暮れている。
ぼくは夜目が利くので視界に問題はなかったし、不思議と全然眠くならなかった。それだけ寝だめしていたからかな?
でも集中力が切れたのか、さすがにここにきて疲れが押し寄せてきた。隣で家の出来栄えを眺めているマシロの体に、ぼくは寄りかかって顔を埋める。
「おつかれさま、ネムちゃん。でも寝る前にご飯を食べようか」
言ってマシロはぼくを家の中に導き、体内から取り出したダイニングテーブルの席にぼくを座らせた。
そのままうとうとしていると、竈のほうから何かを切ったり、炒めたりと、料理する音が聞こえてくる。やがてニンニクや魚介のいい香りがしてきて、ぼくの意識は覚醒した。
そこでやっと、自分が腹ペコであることに気付く。
人化したマシロの骨ばった手が、テーブルに食器や料理を並べていく。カリッと焼けたガーリックトーストに、黄金色のドレッシングがかかった生ハム入りサラダ、レモン水、そしてお魚の入ったチーズリゾット。
「食べてもいいの?」
「食べても大丈夫。人化してるときなら熱いものも食べられると思うよ」
わーい!
ぼくはスプーンとフォークを握り締め、並べられたご飯をがつがつと平らげていった。
おいしい、おいしい。天上の味がする。
特にこのとろとろあつあつのリゾット。ニンニクとバターとコンソメの旨みが溶け合って、胃の腑にするすると落ちていく。
使ってるお魚は
食事を終えると俄かに眠気が襲ってきて、ぼくの視界は急激に低くなった。体はもとのサバトラ毛皮に戻ってて、お腹はぽんぽこりんに膨れている。
「おねんねしようね」
片付けを終えたマシロが、いそいそとぼくの体を抱き上げた。
ああ、どうせならお家作りのついでに、ベッドも作っておけばよかった。朦朧とした意識の中でそんなことを思ったけど、それは無用の後悔だった。
マシロのふかふかのお腹が、ぼくの寝床になったから。背中に添えられた手は、温かい毛布になる。
沢山動いて、沢山食べて、もう何も言うことのない夜である。あとは眠るだけ。
ぼくはずぶずぶと、夢の世界に吸い込まれていった。
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