12.猫、必殺技を使う

 オッケー。これですべての材料が揃った。

 さあさくっと帰ろう。


 しかし、元来た道を辿って外に出ると、ぼく等を呼び止める声が響いた。


「おい、小さいの。今日はあのデカいのは一緒じゃないのか」


 とても大きな影が被さる。見上げると、マシロと同じくらいのサイズの巨大な鳥が、挑発するようにぼく等の周りを旋回していた。

 トリは大きくて鋭い爪と嘴を自慢げに見せびらかし、いたずらに近くに降り立っては岩塊を砕いて飛び去るのを繰り返している。わあー、とっても喧嘩売られてるっぽい。


「マシロなら、今日はいないよ。今日はハチノジと一緒なの」

「ふん、小さいのが小さいのをお守りにしてどうする。俺はハヤブサ。この山を統べる賢獣なり」

「ハチノジ、賢獣ってなに?」

「王獣の劣化版が星獣で、星獣の劣化版が賢獣なのです」


 ぼくはこそっと聞いたつもりだったのだけれど、ハチノジは堂々はっきりと答えた。まるで相手にわざと聞こえるように言ってるみたいだ。

 大人しいかんじの子だと思ってたけど、ハチノジって結構負けん気の強いタイプ……?


 そして案の定ハヤブサは気分を害したようだ。砂塵を立ててぼく等の目の前に舞い降りると、威嚇するように「ぐわああああっ」と咆哮する。


「俺を侮辱するか、小さいの。いや、貴様等はどうやら端からそのつもりのようであるな。何しろこの俺様の城に無断で立ち入り、穴なぞ開けて荒らし回っているのだから。この間もそうだった」

「私達はこの広大な山脈の麓で、大地の恵みをほんの一滴頂戴したに過ぎません。あなた方の棲み処ということであれば、この山のずっと奥、遥かに高いお山の頂上であるはずですが。いずれにせよ、わたくし達幻獣の間で領地の境界を主張することなどナンセンスなのです」

「然様。我々の間に条約などはない。あるのは明確な力関係のみ。つまり……、どういうことか分かっておるな、小さいの」

「ええ、よく分かりました、あなた様の器の小ささ。弱く見えるものには力の差を誇示して威張り散らかし、強きものを相手取るとあらば姿も見せないその矮小な気質。マシロさんが一緒だったなら、あなたはそんな態度で出てくるはずがないのです」

「貴様……! 貴様あ……っ!!」


 ハヤブサは子どもが地団駄を踏むように、大きな足で地面を踏み荒らしている。全くその通りなので、言い返すことができないようだ。

 とはいえこの状況はまずいとぼくは思う。口論においては明らかハチノジに軍配が上がっているし、彼女はやたら強気だけれど、力の差はハヤブサの言う通り歴然なのである。


 ぼく等はちっぽけでか弱き娘っ子二人であるのに対し、向こうは強大な賢獣。マシロよりは弱いというが、ぼく等が歯向かって敵う相手ではないだろう。

 それに、ハヤブサのほうは仲間も沢山、数十、数百といる。


 はっきり言って、ぼくはそんなにプライドが高いタイプではない。にゅーるのためなら初対面の客人にも易々と媚びへつらうものであるし、ぼくの愛らしさが兵器であることもぼくは重々承知している。

 そしてぼくは平和主義者である。喧嘩なんてしたことない。

 故にぼくは人化を解いて、猫の姿に戻った。そして手足を折り畳んで、ハヤブサに向けてははーーっと平伏した。


「ハヤブサさん、ごめんなさい。きみ達のお城を荒らすつもりはなくて、ちょっと素材が欲しかっただけなんだ。素材は返すね。穴も元に戻します」


 そう言って、ちらっ。先方の顔色を窺う。


「む……」


 ハヤブサはぼくを見つめて、鼻白んだ。

 ぼくは内心でほくそ笑む。ふふん、どんなに凶暴な獣とて、ぼくの愛らしさの前には手出しできまい。

 さあトドメだ。ぼくはごろんと、白いお腹を見せて寝転んだ。


 必殺・服従のポーズ。


 弱さをさらけ出した敗者のポーズじゃないかって? ザンネンでした、必殺・服従のポーズは自分ではなく相手を服従させるポーズなのだ。

 ぼくの穢れなきふかふかのお腹に魅せられて、ハヤブサは最早ぼくに乱暴を働く度胸など持てるはずがないのだ。


「ハヤブサさん、すごいにゃ。強いにゃ。かっこいいにゃ。この通りだから許してほしいのにゃ」

「ぐふうっ……!」


 ハヤブサは体を仰け反らせると共に、奇声を発した。同時に、岩陰から成り行きを見守っている沢山のトリ達の間にも動揺が走る。

 イチコロなのだ。


「わ……分かった……。き……貴様がそこまで言うのなら、じ、譲歩してやろう……。素材も、そのまま持って行っていい。我等は別に使わんからな。穴も、その、何だ、あのくらいならどうってことはない。貴様が反省していると言うのなら、仕方あるまい。許してやろう」

「わーい! ハヤブサさんありがとう! ハヤブサさんとっても優しくてステキ!」


 ぼくは光の速さで立ち直り、ゆらゆらと尻尾を揺らした。ふん、口ほどにもないわ。

 さ、帰ろっかー、ハチノジ。さっさと帰って井戸作ろー。


 ――――――がしかし、ハヤブサはぼく等が立ち去るのを許してはくれなかった。「待て」と呼び止められる。

 とはいえその表情は不機嫌そうなわけではない。寧ろ機嫌はよさそうだ。


「猫、気に入ったぞ。特別におまえを俺様のペットにしてやろう」

「え゛」

「今後おまえは俺様の眷属となり、ここ侍山の俺様の城で暮らすことになる。そして日々俺様に癒しを与えるのだ。あと最近首の付け根が凝っているので、俺様にマッサージを施す権利もやろうぞ。大変光栄なことと弁えよ」


 ええーー!!


 ぼくは顔を引きつらせた。さすがにこの展開は予想していなかった。

 ハヤブサめ、思った通りに単純な奴だった割に、思った百倍めんどくさい奴じゃないか。


 勿論、ハヤブサのペットになるなんてごめんだ。

 だってあいつ、顎元くらいしかふわふわしてなさそうだし、風切り羽は逆に鋭そうだし、なんか汗臭そうな雰囲気あるし。美味しいご飯だって作れないに決まってる。

 マシロの足元にも及ばぬ男である。


 だからぼくは必死に言い訳を考える。けど、その必要はなかった。

 ぼくの目の前に立ちはだかるは、白い素足。ハチノジだ。


「賢獣ごときがマシロさんの奥方を愛玩にする、ですって? 身の程知らずもいい加減にしてほしいのです」


 うっそりとした、仄暗い声音が彼女の口から迸る。頭巾の奥で憤怒の炎を燃やしていることは、見なくても分かった。

 その異質な妖気を感じ取ったのか、ハヤブサも若干たじろいでいる。


「な、なんだ? 俺はおまえには話しておらん。おまえのことなどどうでもいい。去ね」

「あなたはさっき、憤慨しておられましたねえ。自分の城を踏み荒らされた、と。あなたにとってこの山は、“家”は、たいそう大事なもののようですねえ」


 刹那、ハチノジの足元から赤い光の筋が放たれた。一瞬のことだったので目の錯覚だったかもしれないが、光はさざ波のように岩山の向こうへ押し寄せ、広がり、消えていく。


「何を訳の分からんことをほざいておる。自らの棲み処を重んずるのはどの種族でも同じことだろう」

「であればわたくしの不興を買ったこと、後悔するのです」


 ハチノジがそう言い放った直後、遥か彼方、お山の頂上付近で、黒い斑模様が立ち上った。

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